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嵐の中の涙と『バラ色の日々』

THE YELLOW MONKEY 吉井和哉の歌声に、生きていこうと決めた日。

泣くつもりなんてこれっぽちもなかったのに、その歌を聴いて、気がつけば涙を流していた。
 

2000年の、第1回 ROCK IN JAPAN FESTIVAL。

2日目の8月13日は近づく台風の影響をモロに受けていた。初日の青空からうってかわって、朝から雨が降ったり止んだり、しかも真夏なのに肌寒い。

それでも一つ前のスピッツの時には、雲の切れ間から陽が差し込み、フィールドがぬくもりに包まれたりもしていたのだ。

だが、THE YELLOW MONKEYの登場前に再び雨も風も強くなる。

メンバーがステージに登場する頃には、雨が強風に吹き上げられ、霧のようになっていた。
 

当時の私は、THE YELLOW MONKEYについて、いくつかの有名な曲と、とてつもなくかっこいいロックバンドだれけど、すこしややこしい状況らしい・・・程度の予備知識しかなかった。もちろん、生で彼らのステージを観るのはこの日、初めてだった。

大荒れの天気の中、メンバーと共にステージに登場した吉井和哉は、短髪にブルーのadidasジャージと大きなサングラスという出で立ちだった。

「この頃のマインドは最悪だった」と後に本人がラジオ等で語っているとおり、それは、THE YELLOW MONKEYにさほど馴染みがなかった私にも、なにかちぐはぐなものに見えた。ファンならなおさら、違和感をもって見ていたのではないだろうか。吉井はジャージ姿であることを「サッカーの帰りだから」とかなんとか言い訳をしていたように思う。
 

実は、この日以降、私はしばらく吉井和哉のことを、華奢で小さい人、だと思いこんでいた。後に、身長は183センチもあると知ってとても驚いたのだが。

こんなことを言ったら、ファンの方々の気分を害してしまうかもしれないけれど、この日、横殴りの雨になぶられながらステージ上で歌っていた吉井和哉の姿はとても小さく見えたのだ。

途中、MCで、ますます酷くなる天候を「今のバンド状態みたい」と言ったと思う。

雨も風も本当に酷い状態になっていた。もう完全に嵐といっていい。ステージ上のメンバーも、フィールドの観客も、みんな濡れ鼠だった。PAの調子も綱渡りだったし、楽器も何度かトラブルが起きていたはず。
これが、今のバンド状態だというのなら、THE YELLOW MONKEYはどれだけ困難に直面していたというのだろう。
 

そして『バラ色の日々』

ずぶ濡れになった吉井和哉が、同じくずぶ濡れの私達に向かい、何かを問いかけるように歌いはじめた。「バラ色の日々よ」と繰り返す。私達も繰り返す。

<< 追いかけても追いかけても逃げて行く月のように 指と指の間をすり抜けるバラ色の日々よ >>

この前年の1999年12月。
とても身近で大切だった人がこの世界から突然いなくなって、あたりまえに続くと思っていた日々は、私の指の間からすり抜けてしまった。

貴方はまだ若いのだから、人生は長いのだから、不幸なことは忘れてまた幸せになりなさい。そう周りの人は口を揃えて私に言ってくれたけれど。

<< 雨の中を何も見えずに走るのは とても深く生かされるのを感じたような だけど茨が絡みついて偶然の生贄 試されているのが悔しいね >>

笑うこと、悲しむこと、嘆くこと、怒ること、喜ぶこと。
夢をみること。夢をかなえようとすること。別の人を愛すること。そして愛されること。

彼は死んだのに、自分が生き残った意味は何なのだ?生かされている理由は何なのだ?

毎日、今日は何を思うのが正しくて、明日は何をするのが正しいのかわからなかった。わかろうはずもなかった。自分に起きた「不幸」にがんじがらめになっていたのだから。

この頃の私は、ただ、死んでいないだけだった。

<< 砂漠の荒野に倒れても 長い鎖につながれても 明日は明日の風の中を飛ぼうと決めた バラ色の日々よ バラ色の日々よ >>

バラ色の日々を、ほんとにあるのか、と吉井和哉は問うていたのだと思う。

ボロボロの自分。嵐のようなバンド状態。
けれど、なおそれでも、吉井和哉は空を睨みつけ歌う。THE YELLOW MONKEYとしての音を鳴らし続ける。
こんなにも不利な、向かい風の中にあっても、明日は明日の風の中を飛ぼう、と歌う姿を前にして、私の心の中のなにかが弾け跳んだ。
 

唐突に涙が溢れてきた。泣くつもりなんてこれっぽちもなかった。けれど、雨と涙でいつの間にか頬の上はぐちゃぐちゃになっていた。

フィールドの観客は見渡す限りずぶ濡れで、空に腕を振り上げ、大合唱していた。ステージのTHE YELLOW MONKEY 吉井和哉は見事だった。全身雨になぶられて、青いジャージ姿なのに。

バラ色の日々なんて、ほんとにあるのかわからない。でも、生きるなら、追いかけずにはいられない。どんなに不幸のどん底にあっても、幸せな未来を夢見ていい。生きる力を、夢を、喜びを、バラ色の日々を、望んでいい。あの嵐の日のステージで、THE YELLOW MONKEY 吉井和哉は、そう歌っているように感じた。

私は、高く振り上げた両腕で、誰にも気付かれないように雨と涙を拭い、この先も生きると決めた。
 

あれから、20年。

ほんの少し訪れる、バラ色の瞬間をあの日雨と涙を拭った頬に感じながら、今も『バラ色の日々』を追いかけ生きている。

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