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光とビートの文化に再び出会う日まで

フレデリック『されどBGM』が繋ぎ止める僕の音楽人生

最後にライブハウスの扉を開けたのはいつだったか。
ステージのライティングや触れ合うオーディエンスだけでなく、煙草の臭いやリストバンドなんて些細なものまで既に懐かしい。

テクノロジーの進歩で、家に居ながらもアーティストのパフォーマンスを見ることができるし、なんなら新曲だって聴けてしまう。これは大変嬉しいことだし、ミュージシャンをはじめ、それに関わる全ての関係者へ感謝をしたい。
しかし、ライブハウスやクラブの感覚を忘れて久しい僕は物足りなさと寂しさを抱えている。配信で喜んでいても、どこか空元気になっている自分がいるのだ。
もう、ネットとサブスクを追うのもやめてしまおうか。私生活だって楽じゃない。とても日常とは言い難い日常にやられて、情熱すらも冷めていく気配を感じはじめた。

2020年7月8日に配信となったフレデリックの新曲『されどBGM』。宅録から生まれた楽曲というのが今らしさを感じる一方で、軽く聴いた限りではそんなことは感じないクオリティだ。

フレデリックの楽曲は進行パターンが概ね決まっている。ワンパターンと言うと語弊が生まれてしまうが、そうではなく飽きが来ないアレンジの絶妙さ、土台を活かすハイレベルな曲作りがどの曲にも宿っている。
この曲はシンセサイザーとビートを前に出して、ダンスミュージックに振り切っている。構成やフレーズの言い回しからフレデリックだと分かるのに、いや、分かるからこそ方向性の違いがはっきりと響き渡る。

歌詞に出てくる「BGM」「文化」「今」というワード。否が応でもパンデミックの世界を想起させる。曲で語られる懐かしい景色とそれに届かない様子が生々しくもある。
「ダンスミュージック」「揺らせ」など、踊りをイメージするワードも多い。音があるところに踊りは生まれる。いつだったか聞いたそんな言葉を思い出した。
人の身体が動く限りは消えることのない踊り、それと切っても切り離せない音楽もまた絶えることはない、ということを歌っているのだろう。

『だから絶やさずに 絶やさぬように 耳を澄ましてみてくれないか』

こちらが諦めなければ、音楽があり続けることを提示している。
冷静に考えればその通りである。繰り返しになるが、こんな状況下でもライブ映像や新曲を楽しむことができるのだ。
この曲は応援歌ではないし、説教をする歌でもない。けれど、リスナーの耳の指向性が弱まっていないか?と呼びかけている。耳を塞ぐなんてもってのほかである。
 

こんな世界も悪くない、なんてことは言えない。どう考えても今の世界は最低最悪だ。
それでも、溢れる音楽たちを、単なるBGMにするほど冷めてはいけない。まだ情熱を手放してはいけないのだ。

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