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切り裂くナイフと「新しい物語」

CuBerry『ニューストーリー』レビュー

 CuBerry(キューベリー)について書かれた記事を読むと、その殆どに、或いは全部と言っていいのかもしれないが、メンバーのKanacoとYuikoの父親についての記述がある。「村八分」が90年代に再結成された時のギタリストであり、一時期CuBerryのサポートメンバーでもあった彼(こばやん)の影響の大きさはメンバーも認めるところだが、その点ばかりを強調されると、日本人の異様な二世(ミュージシャン・タレント・政治家)好きを、インディー音楽の世界に於いてさえも、改めて確認させられるかのようで、余りに安直過ぎやしないか?と疑問を感じずにはいられないし、何より彼女達の音楽の良さを直截的に説明するものになってはいない。それよりは、このデビューアルバムのタイトル曲冒頭部で、やや間の抜けた(それは意図的なものだろうが)「ワン、ツー、スリー、フォー」という掛け声の後に続く、ギャング・オブ・フォーのような鋭角的なギターの音色について書くほうがCuBerryの音楽について余程雄弁に語れるのではあるまいか。この印象的なフレーズを伴うギターは、有名人である親について言及すれば手っ取り早く伝えられると錯覚するメディアの怠惰を切り裂くナイフなのである。

 もう一点、彼女達の音楽性とアティチュードを考える上で興味深いのは、メンバー自身が考えたという、そのプロフィール文 ―― <脈々と続く京都シーンの系譜に現れた明らかな才能! 次世代を担う大注目株! 同級生+姉妹+従姉妹で構成される新星アートユニット/ライオット・ガール・バンド>
 「ライオット・ガール」というムーブメントはご存知だろうか? 1990年代に勃興した、パンクでDIYな音楽性にフェミニズムやジェンダーという視点を持ち込んだ一連のバンド達の活動を指す言葉で、アメリカではビキニ・キル(Bikini Kill)、イギリスではハギー・ベア(Huggy Bear)などが代表格だが、同時期に現れたホールやL7といった、よりポップでグランジなバンドの方が商業的に成功し、音楽的な評価も高かったため、ムーブメントとしては比較的短命に終わってしまったのだが、2020年にこの言葉を持ち出すバンドが登場してきたことは注目に値する。カナ表記だと分かりにくいが、「Riot Girl」ではなく「Riot Grrrl」であり、それは「Women」を「Womyn」と綴るのと同じく、フェミニズム思想に由来している(「ANTENNA」というウェブメディアに掲載されたインタビューの中で、ビキニ・キルなど「ライオット・ガール」の影響や、音楽や映像を通して社会問題や「共生」について考えたい、というメンバーの発言が読める)。メロディアスなインディー・ギターポップを奏でる若い女性4人組ということで、「キュート」「カワイイ」「ポップ」などという形容詞で(またしても)安直に飾り立てられることに対して、CuBerryは賢明にも予防線を張っているのだ。

 尤も、アルバムの中にはもう少し分かり易く他のバンドからの影響を聴き取ることができる曲も収録されている。「TWINE」にはダイブ(DIIV)の「Under the Sun」に似たリフが顔を出すし、サイケデリックな「Mr. Postman」は、タイトルから想起するビートルズからというよりは、テンプルズのような、60年代の音楽に影響を受けた現代のバンドの又聞きのような影響が感じられる。更に加えるならば「Mr. Postman」のアイロンビーズを使ったユニークなPVは、ミシェル・ゴンドリーが監督したホワイト・ストライプスの「Fell In Love With A Girl」を思い出さずにはいられない(映像/アートワーク担当のSetsukaによる一連のPVは、CuBerryの多彩な音楽を、同様に多彩かつ優れた映像で置き換えている)。しかし、これでは前述の、親に言及して説明した気になっているメディアと同じ穴の狢ではないか。実際、CuBerryの曲を完全に理解するまでにはかなり時間が掛かった。「聴き過ぎた」ロック・ファンの典型の如く、他のアーティストや曲との類似点ばかりが聴こえてきて、なかなか本質へと辿り着くことができないのだ。当たり前だが、誰もが誰かの影響を受けている。オアシスの「Live Forever」の出だしはローリング・ストーンズの「Shine A Light」をパクったものだということはノエル・ギャラガーも認めているし、ジョン・コルトレーンの「Blue Train」とアート・ブレイキーの「Moanin’」とマイルス・デイビスの「So What」の関係性を考えると頭がこんがらがりそうだ。だが、そんなものは「で、何だって言うんだ?(So What?)」である。

 浮遊感と不安定の狭間で、痒いところに届きそうで届かないようなCuBerryのメロディ感覚は、両刃の剣とも言うべき、彼女達の音楽の魅力でもあり、同時に少しばかりのウィークポイントでもある。鮮烈なイントロ(ギタリストのKanacoは印象的なリフ作りの達人である)、そしてAメロ、Bメロ・・・あれっ、サビは?と思ったら、Bメロだと思っていたのがサビだった、という曲が何曲かあった。そのBメロだと思ったサビを確認するために楽曲をもう一度リピートしながら、聴こえてくるはずのない、もっともっと魅惑的な旋律を期待してしまうのだ。100点満点で言えば大体80点くらいの楽曲であることが、もしかしたらYouTubeで散発的にリリースされていた時点では今イチ理解できなかったもう一つの理由かもしれない。しかしながら、こうして30点でも60点でもなく、80点クラスのナンバーが9曲ずらっと並べられてみるとなかなかに壮観である。曲単体ではなく、アルバムを端から端まで聴いてみないと分からない「ストーリー」があるんだな、と納得されるような気がした。後半の「ラララ〜」コーラスと共にそれまで鬱積されてきた感情が爆発する「雨の歌」、そして続く「青い城」がこのアルバムのハイライトだ。2分33秒で一気に駆け抜けるラストナンバー「青い城」の潔さに、アルバムが終わった後の余韻の中に、このバンドの大きな可能性を見出すことができる。
 

それでもなぜか/物足りないの/あなたに羽が生えるのは/いつなの/海の向こうまで飛んで/光の街まで
(CuBerry「Aライン」)
 

 ロック/ポップ・ミュージックの世界では、若いということはハンディキャップにならないのと引き換えに、それをエクスキューズにすることも許されない。ザ・ジャムでデビューした時、ポール・ウェラーは19歳だった。アークティック・モンキーズの「I Bet You Look Good on the Dancefloor」がUKチャートのナンバーワンになった時のアレックス・ターナーも19歳だった。1stアルバムが最高傑作であるバンドなんて枚挙に暇が無い。だから、「まずまずのデビューアルバム。未だ若いバンドであるから今後に期待しよう」なんてお茶を濁したようなことは書きたくないし、CuBerryのアルバムについて、そんなレベルで思い煩う必要性は全く無かったことを本心から喜んでいる。それでも敢えて言わせてもらえるならば、「届きそうで届かない」、その先のメロディをリスナーに幻聴させるのではなく、彼女達自身の手で確かに掴むことができたとしたら、そこから本当の「新しい物語」が始まるのではないか。

CuBerry 1st Album『ニューストーリー』(AFRO D RECORDS)

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