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100回吐いても世界は続く

100回嘔吐が描く生きる理由の一つとしての諦念

「100回嘔吐?変な名前〜」
人に彼の曲を聴かせて名前を教えた時の反応は、おおかた、まぁこんな感じだ。昨今のなにがしかの意味がこめられているのか、ただ思いついた言葉を並べただけなのかは分からないがインパクトの強いものが多いアーティスト名においても、彼の名前はひときわ異彩を放っている。「名義に嘔吐って…」と思う人もいるかもしれないが、この名前こそが彼を彼たらしめているものであり、彼の楽曲たちの普遍のテーマなのだ。

最近、音楽雑誌において彼の名を目にする機会が何度かあった。それもそのはず、異例のスピードで急成長を遂げ、新曲が上がるごとに業界を賑やかせている「ずっと真夜中でいいのに。」の楽曲に、度々アレンジャーとして参加しているからだ。有名なところで言うと『脳裏上のクラッカー』『蹴っ飛ばした毛布』さらに新曲の『MILABO』など、ずとまよを代表する楽曲たちのMVに彼の名前が載っていたりする。ここまでだと、彼個人を知らない人たちには「ずとまよのアレンジャー」として認識されるかもしれないが、100回嘔吐はもともとボカロPとして同名義で作詞作編曲の活動を行っている。私がサブタイトルで言いたかったことは彼のボカロ楽曲につまっているので、ここからはボカロPとしての魅力について綴っていきたい。

彼の楽曲との出会いは2015年に投稿された『生きろ』であった。調べてみるとボカロPとしての活動は2012年頃に始めていたので決して早すぎる出会いではなかったが、この曲には一瞬で心を掴まれ、すでに上がっている曲を全部聴き漁った。曲調はポップでエレクトリックないかにもボカロ!というもの。しかし歌詞に入った途端

《結局抗えない 心臓が脈打つなら》-『抗心病』
《ただ僕に明日がやってくる 》-『絶望なのかもしれない』

…この人、諦めの感情だけで生きているんだろうか?
そう思った。この世界に本当は絶望しているけど、それでも命ある限りは生きるしかないという諦め。とにかく、この人の曲は絶望・諦念・開き直りを丁寧に描きつつもなにも解決しないまま終わっていくのだ。美しいと思った。変に「前向きに生きていこう!」みたいな歌詞で片付けるよりもよっぽど信用できた。でも、生きていくためには自分で小さな幸せを見つけていくしかない。彼の曲にはしっかりそこも描かれている。

《だってご飯美味しいし なんかもうそれで良くない? 中華そばたべたいな》-『NANIMONOにも成れないよ』

先程は「小さな幸せ」と書いたが、よくよく考えるともう一つの意味でもとれる気がする。それは「自分に今の生活が幸せだと言い聞かせている」ということだ。本当に幸せだと感じているかもしれないが、生きるしかないという諦念でできた世界観においては、それにより自分を無理やり奮い立たせているともとれる。それでも、無理やり奮い立たせていようとも、彼は私たちに”生きる理由の一つ”を提示してくれた。近年、自殺などで自らの命を終わらせてしまう人も少なくない。日常的に死にたくなるほど辛い目にあっている人たちにとっては綺麗事だと感じられるかもしれないが、それでも命ある限りは生きなければいけないのだ。100回嘔吐の名義の由来は「100回吐いても世界は続く、そんな物語を。」。自分の身にどんな辛いことがあろうとも、明日は来てしまうし、命は続く。「仕方がないことだから、明日も生き抜くしかないな」という諦めが後ろ向きなことであっても、それは十分生きる理由の一つだ。私は齢18歳にして彼の曲からある程度のことには折り合いをつけて生きていくことも必要なんだなと学んだ。

《それまで 生きて 生きて 生きて 生きるしかないのです 100回嘔吐したとしても 》-『生きろ』

これからも彼の活動を追うために100回吐いてもでも生きてやろうと思う。

p.s.彼は自身のボカロ曲のセルフカバーも何曲か出しているので、彼の曲を気に入った人やボカロの声が苦手だという人はぜひそちらも聴いてみて欲しい。中性的な声と刺々しい歌詞との化学反応が楽しめる。

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