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米津玄師と「美しさ」を追い求めながら

「美しい世界」と「日常の世界」が重なった場所にあるものとは。

「美しいもの」に出会うことは、そう頻繁には無いと思っていたけれど、その考えは違うんじゃないかということを、最近よく考えている。

この前ちょうど、米津玄師を初めて聴いてその音楽に衝撃を受けていた頃のメモ帳を見つけた。確か12歳の時だ。

たいして上手くもない絵だとか、気に入った歌詞だとかが何の脈絡もなく書かれていたけれど、その中の端っこに、きっと米津玄師の世界から帰ってきた直後に書かれたであろう殴り書きのメモを見つけた。
「米津さんへ」と書かれた後にその文は短く続いていた。

「どんなに「嫌いだ」と思った世界でも、音楽を重ねれば全て美しい世界へと変わります。全部キラキラして見えて、ワクワクします。そんなことに気づかせてくれたのは米津さんです。本当にどうもありがとう。」

こんなところに書いたって本人に届くわけないだろと、過去の自分を嘲笑しながらも、バカにして浮かべたその笑みはどこかひきつっていた。

その殴り書きの言葉は、確かに未来の自分の心を動かしていた。
 
 
 
 
 
 

「美しさを追い求める」。
そんなことをする余裕が、心の余裕が、最近の私には無かったのかもしれない。

人間不思議なもので、どれだけ救われたり感動したりした過去があっても、自分自身の心を蝕む汚れた言葉や世界の歯車を見つめすぎてしまうと、その過去をどうしてか忘れてしまう。

それでも人々が生きてきたのは、それを救うことができる、もしくは、その過去をまた鮮明に思い出させてくれる「何か」があったからだ。そして、「何か」の中のひとつが「音楽」なのではないか。そんなことを、夏の積乱雲を眺めながらぼんやりと考える。

そのぼんやりとした思考を丁寧になぞっていけば、「音楽」はやっぱり素敵なものだなと、漠然とだけどひしひしとそう感じる。
あれほど人をワクワクさせることができて、あれほど心を揺さぶり抱きしめることができるのは、他にないんじゃないかと思う。

そのことに気付いたのは米津玄師の音楽を触れた時からだった。当時私は初めて「美しさ」というものに出会った。

米津玄師の音楽に流れる「美しさ」が私にとって衝撃的なものだったことは間違いないことで、そしてそれは本当に、ありえないほど美しかった。
 
 

『アイネクライネ』に流れる、誰かを思うその切なすぎる繋がりに纏う、揺らぎながら光るその煌めきに、その美しさに、ただただ感動して、儚くなって、知らないうちに涙が零れていたことを今でも思い出す。

そして、その切なさがのるメロディーも。ピアノでその旋律と滑らかに響く複雑な和音をなぞれば、音符が静かに儚く踊り、鳴り響く光の中で、私は愕然とその美しさを眺めてしまう。
 

《消えない悲しみも綻びもあなたといれば
 それでよかったねと笑えるのがどんなに嬉しいか》
―『アイネクライネ』
 

また、『乾涸びたバスひとつ』に佇む、不思議な世界に見える大きくて深いトンネルの前にある2つの人影と、繋がれた手に浮かぶ何よりも強い勇気に、手の届かない切なさと微かな懐かしさを感じて茫然と立ち尽くしてしまった記憶は、今でも脳にこびりついて離れない。
 

《知っていた 恥ずかしくなるようなこと
 心もいつか灰になること
 それでいい ありのままで幸せだ
 小さなバスは 海へ落ちていく》
―『乾涸びたバスひとつ』
 
 

特に、初めての米津玄師のライブは、いつもは頭の中で出来上がるその美しい世界がそのまま視覚化されたようなものであったため、その能動的で奇跡的な空間を、いつかの歌詞にもあったように私は受け止めきれず、ただ涙を流すことしかできなかった。
 

私の目の前で歌われた『amen』の、あの薄暗さと不気味な雰囲気と米津玄師の溢れ出る見えないオーラが、重なり、混じり合い、気付けば息をスッと止めてその世界に落ちてしまいそうになっていたノスタルジックな感覚。

イメージを軽やかに乗り越えていくように踊りながら米津玄師が歌っていた『ごめんね』の、春の日射しのような温もりと、観客と米津玄師の幸福感に溢れるハーモニーに感じた、温かで幸せな涙。

ずっと聴ける瞬間を待っていた『Lemon』の、誰もが生と死の間に流れる世界に入り込み、世界の空気に触れ、刹那を抱きしめていた空間の輪郭。そしてその美しさの記憶と共に残っている苦いレモンの匂い。
 

全てが幻影のように、だけど確かに残っている。いまだに米津玄師をこの目で見た過去があることが信じられないが、ライブという空間で受け取ったモノは全てが美しく、その事実も、米津玄師の音楽の世界は美しいということをはっきりと証明している。
 
 
 

だけど、米津玄師の音楽の「美しさ」に見える世界や、その世界にある儚い繋がりの糸は、私たちが生きている世界とは違う世界線にあるもののように、私には感じる。私がいる場所じゃない、どこか遠くの、宇宙の向こう側にある世界のように感じる。

そしてその「世界」は、
美しすぎて、愛しすぎて、もどかしすぎて、切なすぎて、儚すぎる。

それが米津玄師の曲の大好きなところでもあるのだけれど、「共感する」という言葉がヒット曲というものに必ずくっついている私のイメージの中で、私たちが見たことのないような空間が流れる米津玄師の音楽が、これほどまでに売れていることが、私にとっては不思議だった。

どうしても米津玄師の音楽の「美しさ」と、私たちが生きている「日常」が、私の中で上手くマッチングしなかったんだと思う。

それがいいとか悪いとかではなく、ヒット曲と呼ばれる音楽の中で米津玄師の音楽は何かが違う気がしていたのだ。

だけど、そんな私の些細な疑問も、結局は自分自身の言葉で解決される。困ったもので、私は私自身に振り回されているようだ。

解決のヒントは、いつかのメモ帳にあった自分自身が書き残したセンテンス。

「どんなに「嫌いだ」と思った世界でも、音楽を重ねれば全て美しい世界へと変わります。」
 
 
 
 
 

先程から何度も言っているように、米津玄師の音楽に流れる世界はあまりにも儚く輝いていて、美しい。
そして、そんな世界の中にいる一人の人間も、弱さと強さと人間臭さと優しさを持ち、傷口が輝いているようなそんな光を放っていて、とても美しい。
 

初めて米津玄師の音楽を聴いたとき、
私はそんな世界とその人間に、心から憧れた。

なんて「美しい世界」なんだ。
なんて「強い人」なんだ。

そう思いながら、暗闇に憧れの揺らぎを纏った手を伸ばしたことが何度もある。目をギュッと閉じて、次に目を開けた時には米津玄師の音楽のような世界が目の前に広がっていますようにと本気で願ったことが何度もある。

だけど、どれだけ手を伸ばしても、どれだけ強く願っても、私の目の前には米津玄師の音楽のような世界は現れなかった。
それが悲しくて、その絶望を込めた拳を毛布に投げつけたことだってあった。
 

それでもその届かない世界を見続けていると、不意にピントが合うように、

届かないと思った「美しい世界」と、
嫌いだと叫んだ「日常の世界」が、

ああなりたいと憧れた「強い人」と、
なりたくないと拒んだ「弱い私」が、
 

ゆっくりと、滑らかに、そして温かく、
ピッタリ重なる時がある。
 

私はこれを「魔法のようだ」と言いたい。
それは、あまりにも不思議で、軽やかで、眩しくて、ささやかで、刹那的で、
 

そして、美しい。
 

「美しい世界」と「日常の世界」が重なった瞬間、
私は必然的に強く思ってしまうのだ。
 

手をいくら伸ばしても届かないと思ったあの「美しい世界」は、実はすぐそばにあるのかもしれない、と。
 
 

「ひとり」という大きすぎる寂しさに抗いながら、どれだけ時間がたっても変わらない何かを願う。そんな美しい関係が混沌と輝くその世界に憧れた。だけど、
 

《忙しなく街を走るタクシーに
 ぼんやりと背負われたままくしゃみをした》
―『灰色と青』
 

「美しい世界」にあるのは、逆らえない速すぎる時間の流れで、「日常の世界」にあるのも、逆らえない速すぎる時間の流れだったりする。
 

全てに見放されても自分は味方だと呟きながら、見えない灯りの先を目指して、真っ暗の闇で歌い続けているその人に憧れた。だけど、
 

《劣等身体もう維持限界
 散々呪いを受け取ったって
 精々生きていこうとしたいんだ
 慢心も謙遜も必要ない》
―『リビングデッド・ユース』
 

「強い人」だってもう身体中ボロボロで生きていて、「弱い私」だって身体中ボロボロで生きていたりする。
 

そして、「美しい世界」と「日常の世界」が重なった先にあるのは、

紛れもない「勇気」だったりする。

そのことに気付くと、嫌いだった日常は驚くほど変わっていく。
 

眠れずに震える夜を『Nighthawks』に重ねれば、願う未来を掴むための何かがどこかにあるんじゃないか、そしてその何かを探すためだけに生きれるんじゃないかと、毛布と音の温もりの中で思うことができる。
 

《何もないこの手で掴めるのが残りあと一つだけなら
 それが伸ばされた君の手であってほしいと思う》
―『Nighthawks』
 

何気ない通学路の街路樹と青空の景色を『Flowerwall』と重ねれば、頬にあたる風の向こうにある大きな壁さえも、運命という光を見いだしながら乗り越えていけるんじゃないかと、風の匂いと舞う木々の葉を見ながら思うことができる。
 

《僕らを拒むのか何かから守るためなのか
 解らずに立ち竦んでる
 それを僕らは運命と呼びながら
 いつまでも手をつないでいた》
―『Flowerwall』
 

騒がしくて自分の心を見失いそうになる世の中を『でしょましょ』と重ねれば、叫び声や泣き声や無情な笑い声の中でも、ビートを打つようにゆっくりとでも歩けるんじゃないかと思うことができる。
 

《異常な世界で凡に生きるのがとても難しい
 令月にして風和らぎ
 まあまあ踊りましょ》
―『でしょましょ』
 
 

「最近は調子がいいな」と感じてふと後ろを振り返ってみると、知らないうちに私は米津玄師に信じられないくらい救われていて、そのひとつひとつの瞬間を拾い集めて星座をつくると、目の前にいつかに憧れた「美しい世界」が小さく見えたりする。そして気付いたら、私は笑いながら泣いていたりする。

独特な世界観を持ちながらも米津玄師が多くの人に愛されているのは、こういう「新しい形の音楽による救い」を生み出しているからではないだろうか。
 
 
 
 
 

米津玄師は「進化」し続けている。
それは私たちの想像の何倍もの速さで。
そしてこれまでそうだったように、きっと米津玄師はこれからも「進化」し続ける。

だけど、過去も未来も「進化」し続けるのだったら、きっと過去も未来も「変わらないもの」があるはずだ。よくあるセリフだ。きっと米津玄師にだって「変わらないもの」がある。
 

不意にピントが合うように重なる、
「美しい世界」と「日常の世界」。

米津玄師の音楽は、これからもきっと、
その正反対な2つの世界を繋ぎ止めて、重ねて、そこに「美しさ」を生み出していく。

私はそんな気がしている。ただの思い違いでもただの考えすぎでも構わない。私は米津玄師の音楽に流れる「美しさ」のそんな部分に救われてきた。ただそれだけの話なのだ。
 
 
 
 
 

今、この文章を書いているのは8月2日だ。
新アルバムのクロスフェードが出て4時間もたってない。アルバム発売後の私はこの文章を見て何を思っているだろうか。きっとニヤニヤしてるに違いない。

4時間前の私は通知が来た瞬間に「キタキタキタ」と呪われたように呟き続け、新しい音たちに触れる度に名前のつけられない笑いがこみあげてカッコ悪く笑っていた。

私はやっぱり裏切られた。
米津玄師は、私の大きく大きく膨らんだ期待をなんてことないように裏切って、私の予想の遥か上をたった9分間で越えていく。

そして私は不安になった。目の前の[ROCKIN’ON JAPAN 9月号]の表紙に〔最高傑作『STRAY SHEEP』〕と書かれている。〔最高傑作〕。私はこのアルバムに耐えきれるだろうか。容量が間に合わなくなって脳が爆発してしまうんじゃないかと、半ば本気でそう考えている。

私たちが見ている米津玄師の音楽は、米津玄師の頭の中にあるであろう音楽の大海原の一部分でしかないのだろう。だけどきっと、米津玄師は物凄いスピードでその大海原を旅しながらも、この世界に必ずある「美しさ」を抱きしめ続けてくれる。

そして私は、そんな米津玄師をまた見られる日を切に願い、【STRAY SHEEP】の「進化」を全力で受け止め、そこに生まれる「美しい世界」と「日常の世界」の間の「勇気」に救われながら、これからも、音楽にまみれた人生を歩んでいきたいと強く思っている。
 
 
 

私は楽しみだ。
きっと米津玄師は、宇宙の向こう側にある信じられないくらいの光を放つ場所に、私たちを連れていってくれる。

「美しい世界」と「日常の世界」が重なった場所に光り輝く「美しさ」を追い求めながら。

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