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米津玄師と歩く熱帯夜

パプリカおじさんは迷える羊

日課の散歩がこんなにも楽しみだったのは初めてだ。

西の空が少し朱に染まり始めた午後7時頃、私は今日届いたばかりの米津玄師のニューアルバム「STRAY SHEEP」をイヤホンで 聞きながら家を出た。

前作「BOOTLEG」以来実に3年ぶりとなる今作。
「Lemon」の大ヒットにより、本人の立場や世間の注目度は3年前とは大きく違っているはずだ。
 

そんな彼が今、どんな音楽を我々に提供してくれるのか。
ハチ・米津玄師ファンならずとも否が応でも期待が膨らむに決まっている。
 

『カムパネルラ』

その一言でアルバムは始まる。その言葉の意味を知る者も知らない者も、たった一言で米津玄師の世界へ一気に惹きつける。そうだそうだ。これが米津玄師だ。
 

昂揚感そのままに、「Flamingo」「感電」とアルバムは続いていく。
軽快な曲が続き、私の足取りはいつもより少し早くなっている。
 

そして4曲目。RADWIMPS野田洋次郎とのコラボ曲、「PLACEBO」。
この2組のコラボ楽曲が発表された時の衝撃ったらなかった。
洋次郎と米津玄師がいったいどんな曲を届けてくれるのか。本アルバムで最も楽しみにしていた曲だ。
 

流れて来たのはおおよそ想像していなかった歌詞とメロディだった。
まさかこの二人のコラボで、「恋」「愛」「ランデブー」「甘い罠」という言葉が飛び出すとは思わなかった。
 

いや、どこまでも良い意味で期待を裏切ってくる彼ららしいと言えばらしい。
何より二人のコラボが聴けたことが本当に嬉しい。
 

高校生の頃に初めてRADの「いいんですか?」を聴いた時のこと、6年前に初めて「アイネクライネ」で米津玄師と出会ったことをふいに思い出した。
そしてその頃にはまだ出会っていなかった洋次郎と米津玄師が出会い、共に作った楽曲をこうして今自分が聴いていることの素晴らしさをしばらく噛みしめていた。
 

爽やかなメロディの心地良さと二人のコラボが聴けた嬉しさで、私は歩きながら一人で踊り出したくなっていた。
 

とは言ってもダンス経験のない私はなんとなく曲に合わせて身体を動かすことしかできないので、「LOSER」のミュージックビデオの米津玄師のマネをして身体をくねらせて踊ってみた。
 

幸い辺りはかなり薄暗くなってきていたが、30歳の男が夜道で身体をくねくねさせながら踊っている姿はかなり異様だったのではないかと思う。
 

そんな「踊りたい欲求」を米津玄師は見透かしていたのか、次の曲は「パプリカ」。
親戚の子どもに振り付けを教えたことがあるので、この曲は私でも踊れる。
歩きながらなので回転したりジャンプをしたりはできないが、手をぐるぐる回したり胸前で小さな花を咲かせたりしながら歩いた。
 

今日は珍しく散歩道に私以外に人がほとんど通らず、誰にも見られることがなかった。と思う。
もし見られていたら近所で「パプリカおじさん」と噂をされるかもしれない。
 

さて、このあたりでいつもなら引き返して帰路につくのだが、今日はもう少し米津玄師を聴きながら歩いていたい。
 

すると流れて来た「馬と鹿」。
見慣れている道を歩いているだけなのに、この曲を聴きながら歩いていると自分がなにか壮大な目的のために歩いているような気分になる。
まるで村を支配する魔物にたった一人で挑みにいくような、そんな錯覚を覚えた。
 

そして「優しい人」「Lemon」「まちがいさがし」を聴きながらまだまだ夜道を歩く。
 

「Lemon」は何回も、何十回も聴いたはずなのに、「優しい人」の後に聴くと少し違う曲のように聴こえた。何がそう思わせるのかはわからないが、なぜかその時はそう感じた。何度聴いても本当に名曲。
 

「まちがいさがし」は最初流れてきた時全くそれとわからなかった。それくらいイントロから雰囲気が違っている。
「菅田将暉のオールナイトニッポン」に米津玄師が出演した際にこう言っていた。
 
 

『俺の中ではこれ菅田くんの曲なのよ』
『だから本家の邪魔はしたくない』
『俺がやるんだったら俺なりの…』
『そういう意味ではちょっとしたオルタナティブな感じになっている』
 
 

この言葉通り、本家菅田将暉の「まちがいさがし」とは全く別の「まちがいさがし」になっている。
 

菅田将暉verが真夜中に力強く歌っているような雰囲気に対して米津玄師verは早朝に淑やかに歌い上げているような印象を受けた。(イントロで小鳥のさえずりが聴こえるので意識的にそうしているのだろうか。)
 

アルバムも折り返しを迎えたところで、私もそろそろ家に向かって歩き出した。流れてくるのは「ひまわり」「迷える羊」。

「ひまわり」はそのサウンドや激しい歌詞から、初期の米津玄師を彷彿とさせる。
 
 

『消し飛べ 散弾銃をぶち抜け 明日へ』
 
 

のとこなんてカッコよすぎでしょ。
 

「迷える羊」は本アルバムの表題作であり、コロナ禍で激動の時代を生きる人類全体に向けたメッセージであるように思う。
 

「千年後の未来には 僕らは生きていない
 友達よいつの日も 愛してるよ きっと」
 

予想のつかない出来事ばかりが起こり、常に目まぐるしく変化し続ける世の中だけど、それでも変わらないものもある。
愛情や友情はたとえ千年経っても変わらない普遍的なものだから、安心しなよと言ってくれている気がした。
 

「Décolleté」「TEENAGE RIOT」「海の幽霊」を聴きながら歩いているうちにいつの間にか自宅のすぐ近くまで戻って来ていた。
せっかくだからアルバムを聴き終わるまでは外の風に吹かれていたい。
そう思った私は家からすぐ近くの公園へ向かった。
 

「灰色と青」のミュージックビデオよろしく、ブランコに座りながら最後の曲「カナリヤ」を聴いた。
 

タバコもふかしていないし革靴も履いていないしジャケットも羽織っていない半袖半パンのおっさんだけど、気持ちは米津玄師と菅田将暉になりきってブランコを揺らしながら耳を傾けた。
 
 

『ありふれた毎日が 懐かしくなるほど』
 
 

この歌い出しだけでこの歌がどんな歌なのかがわかる。
コロナ禍で真っ先に影響を受けたのは音楽業界だ。米津玄師のツアーも中止になったし、「不要不急」という言葉の価値観を押し付けられて一時は自分の存在価値にも疑問を抱いたそうだ。
 

私が想像するよりもずっと、ミュージシャンやアーティストの「毎日」は激変したのだと思う。

それでも彼は進み続けることをやめず、私たちにこうして音楽を届けてくれている。
 

『いいよ あなたとなら いいよ』
 

というとても暖かい言葉で私たちにエールを送ってくれている。
その言葉、そっくりそのままお返ししたい。
 

私事だが、現職に嫌気がさして転職を考えていた矢先に、コロナ騒動で世の動きは大きく変わった。
先が見えず社会の迷子になっている私に、米津玄師は音楽を通して私に光を与えてくれた。
 

このアルバムには「あなた」という歌詞が多く、前作までと違い明らかに視聴者やファンに向けて作られているように思う。

「孤独な天才」というイメージが強い米津玄師だが、彼自身も野田洋次郎や菅田将暉、その他多くの音楽関係者やファンとのつながりを通して少しづつ変わっているのではないだろうか。

そんな彼に
 

『あなたとなら いいよ
 歩いていこう 最後まで』
 

の言葉を感謝を込めて贈りたい。
 
 
 

アルバムを全て聴き終わりイヤホンを外すと、聴こえるのはコオロギやスズムシの鳴き声。微かにセミの鳴き声も聴こえる。
ブランコから立ち上がり歩き出すと、民家から聴こえる風鈴の音。

そういえばいつの間にか長い梅雨が終わり夏が来ていたんだな。そう思いながら玄関を開ける。

いつもよりかなり長い時間散歩をしていた。ちょっとした旅に出ていたようだった。
汗をかいたから風呂に入ろう。そして幸せな気分のまま布団に入ろう。
 

明日、パプリカおじさんの目撃情報がないことを切に願いながら…。

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