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”何もないけど満たされている”アーティスト

Nulbarichと私

「サザンの桑田は言葉を音符にした
LOVE PSYCHEDELICOは英語と日本語を同じリズムにした
そしてNulbarichは歌詞を街の風景そのものにした」

Nulbarichに出会ったのはSUMMER SONIC 2018。砂浜に建てられたステージで海浜幕張の海風と砂浜から立ち上ってくる蒸し暑い空気、砂ぼこりの中聞いた彼らの曲は衝撃的だった。

もともとNulbarichとは造語で「何もないけど満たされている」ことを意味する「Null(ゼロ、形なく限りなく無の状態)」「but(しかし)」「Rich(祝福、満たされている)」から生まれている。

当時の私はとても好きだった恋人との関係が悪化していてその修復がしたくて日常生活すら満足に送れない状態だった。父に連れられて行ったサマソニでNulbarichに出会い、浄化された気がした。その後少しずつ音楽に救われ、また人間らしい生活を送れるようになった。
間違いなく暑いのにとても爽やかなメロディー、熱狂的に盛り上がるというよりどこかけだるく淡々としているサウンドはささくれ立っていた私の心にすっと入ってきた。何より、もさっとした仙人のような人がボーカルでこんなに透明な声を出すことに驚いた。

中でも印象的だったのがAlmost Thereだった。一番最後に演奏されたこの曲はステージの終わりを告げることもあってもの悲しさを感じたがそれは進み続ける意志を感じる歌詞とメロディーだった

[I bought a one way ticket もう戻らない]とそれまでにいた場所から離れる決心をして始まるがそれは決別を意味しているのではなく
[Everything I was given and everything I earned 無くさないように描いた場所まで walk]とそれまでの自分を受け止めたうえでそれを目標まで連れて行くという歌詞だった。

[We’re almost there 急がないでいい たまにcry with me]
ゴールもそこまでの道筋も見えずただ何となく毎日を過ごす中たまに怖くなってメンタルを崩すという負のループの中で生きていたため急がないでいい、という歌詞は当時の私に響いた。

Nulbarichを聞くときはYouTubeでMVを見るのが好きだ。冒頭に引用したフレーズもコメント欄で見つけたもので、自分と同じ感じ方をしている人がこんなにもたくさんいるのかといつも嬉しくなれる場所だ。

何もないけど満たされている、とはどんな状態なのだろうとたまに考える。何もない、というのは金銭的なことなのか人間関係なのか、社会的地位なのか。そして満たされているという感情も主観なので人によってそのラインは異なると思う。
ということを考慮した私の解釈は
「金銭的に豊かなわけではないけれど生きていて充実していると感じられる暮らし、生き方」なのではないかなと思う。そして今自分はそれをできているので幸せだとも思う。
もう少し欲を言えばはやくNulbarichを聞きながらみなとみらいとかお台場とか土手とかを自由に散歩できる世の中にならないかな、と思うけれどNulbarichは私の地元すらおしゃれ空間に変えてくれる不思議な力を持った曲を作るので当分はそれで我慢。

出会えてよかった、幸せだ。

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