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東京という街に生まれて

福山雅治の曲から読み解く東京という都市

生まれも育ちも東京です、I was born and grew up in Tokyoというフレーズを何度繰り返してきただろうか。東京の中でも都会に分類される地域で生まれ育った私にとって東京は「普通の場所」だった。音楽を好きになるまでは。

遊びに行くのは池袋や新宿、渋谷、お酒が飲めるようになってからは歌舞伎町が行きつけになるような環境で生きてきた。そんな東京が「あこがれの対象」だと知ったのは福山雅治を好きになってからだと思う。東京という響きがかっこよく思えてあこがれ、上京してきた彼は東京をモチーフにした曲を何曲か作っている。自分にとって当たり前の場所に理想や情熱をもってくる人がいた、いるということにカルチャーショックを受けた。
東京に住んでいてよかったと思うことはと聞かれてもそれ以外の場所に住んだことがないので比べようがないし、前述の場所以外はあまり行かないためもう20年以上住んでいるが知らない地名、名所もたくさんある。ちなみに市はおろか23区すらいえない。この周りに興味がない、隣人との付き合いも希薄な感じも東京なのだろうか。自分にとっては希薄ではなく当たり前なので何とも言えないけれど。

話がそれてしまったが福山雅治が作った東京をモチーフにした曲について少し考えてみたい。

「涙や弱さや素顔なんて この街じゃ 誰にも見せちゃいけないって 思ってた」
「雨上がりの246号を抜け出そうよって 夏の夜風を探しに行こうよって」 
「外苑東通りを歩く」
【東京】
やはり東京と言ってイメージされるものは弱肉強食や冷たい印象なのだろう。戦い続けなければ淘汰されると思っていたと福山も過去にラジオで言っていた。ここで生きてきた私にとっては東京はそんな街ではないし、のんびりいきたければそうできる環境だと思っていたがもしかすると私の感じるのんびりさすら東京ではないところではのんびりではないのかもしれない。
そして246という都会の代名詞のようなところを通る道路。外苑東通りも同じだ。弱みを見せられない街で限られた弱みを見せられる誰かとその街の中心を歩くという描写は、その”誰か”のかけがえのなさを際立たせるし時に東京から逃げたくなる心境も感じられる。

ちなみに外苑東通りとは「新宿区の早稲田鶴巻町交差点(新目白通り交点)から、東京都港区麻布台の飯倉交差点(国道1号交点)に至る道路の通称」である。

「東京にもあったんだ こんなキレイな夕陽が 
うれしいな 君に見せたいな 君は元気かな」
「勝つために覚えたこと この街のルールに 少しだけ染まったよ」
「生きるために傷付くこと この街のルールに もう少し 逆らうよ」
【東京にもあったんだ】
ちなみに初めの歌詞の”夕陽”は月、夜明け、と少し変わって歌詞の中に出てくる。

やはり東京は”勝者、成功者の街”というイメージが強いのかもしれない。日本中から人が集まるからこそ競争も激しくなるとは思う。そして理不尽なことや地方出身者を排除するような風潮も生活していて感じる。もともと地方出身者の集まりである東京なのになぜそんな考え方をするのかわからないが”標準語”という表現からもわかるように日本のスタンダードであるというプライドを持っている人も少なからずいるのだろうとは思う。接客業のアルバイトをしていても方言や東京ではないイントネーションで話す人を見たことがない。そんな中で生きるために時にはその慣習に迎合しなければ生き抜けないのも事実なのだろう。
聞いていて切なく、痛くなってくる。
そんな東京で生き急いぐ中で見つけた夕陽、月、夜明けは地元で見るそれよりも余計にきれいに見えるのかもしれない。サンシャイン60や東京タワー、都庁展望台から見下ろすとビル群ではなく住宅が集中したエリアがある。そこを見るたびに昔のましゃのように上京してきた人が住んでいるのかなあなどと想像を巡らせている。また、自分が悩んでいるときも展望台に行くと「こんなに広い街で同じように悩んでいる人はほかにもいるだろう」と思えるのでいい気分転換方法になっている。

これら二曲は東京という街の”価値観”を描いている一方以下の曲はその風景、温度に焦点を当てている。

「帰りを急ぐタクシーたちが ふたりの前を通り過ぎてく
まだすこし雨が残る 真夜中の246」
【246】

この曲はアルバムHUMANに収録されているが発表時点では246、というのが何を指すのかがわからず「東日本大震災の起こった時刻?」という予測も出ていた。いざ発売されてみるとそれは国道246号線通称青山通りのことだった。そのような国道があることも、そしてそれがどこを通っているのかも知らなかった私は電車に乗り青山通りまで行った。普段行動しているエリアと違いもっと「the 東京」を感じた。無機質で車とビルばかりの青山通りを二人で歩く、というのはどんな気分なのだろうか。真夜中に人通りもないあの通りをタクシー横目に帰るのは想像しただけで心細そうだ。そんな時隣にいてくれる人というのは安心できたり信頼できたりする相手なのだろうなと思う。車が途切れたら静寂が続く状況で隣に並べるというのも沈黙が心地よい関係なのかもしれない。いつか真夜中に大切な人と青山通りを歩いてみたいなと当時の私はワクワクしていた。

私が生きてきた街は曲の素材になれるのだということ、そしてネガティブなイメージも強いことを東京をテーマにした歌を聞いていて思った。私はこの先もきっとそんな感じ方はできないだろうし東京を俯瞰して見られる人々がうらやましい。そんなことを考えながら今日も、そしてこれからも東京で生きていく。

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