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自らの足で立ち上がり、今歩み出す

初配信アルバム『掴まり立ち』を機に考える神戸のあらたの魅力

 弾き語りシンガーソングライター・神戸のあらた。その名の通り、神戸在住の現役大学生で、8月1日に各種配信サイトより、自身初となる配信アルバム『掴まり立ち』をリリースした。これまでは自主制作盤のミニアルバム2枚を発表していたが、ライブ会場及び通販(※現在休止中)のみでの販売であった。まだデビューもしていないが、彼の魅力は知る人ぞ知る、だけではあまりにも勿体なさ過ぎる。この配信を機に、より多くの人の元にその歌声が届きますようにとの願いも込めて、感じたことを文章に残しておきたいと思う。

 私が神戸のあらたと出会ったのは、彼が2017年に、オーガスタキャンプのサブステージに出演していたことがきっかけだった。その予習の際に辿り着き、初めて聞いたのが、自主盤に収録されている「dog」という曲。アコギ一本のシンプルな弾き語りながら、染み入るようでもあり、力強く響きもするその声で訴えかけられる詞に、一気に心を奪われた。
 地元を中心に活動しているため、関東在住の私は、回数こそそれ程多くはなかったものの、その後も何度かライブに足を運ぶ度にその魅力に引き込まれていった。素朴な佇まいではにかみながら話す姿は身近さも感じさせ、一見どこにでもいそうな大学生という雰囲気だが、歌い出した途端に空気が一変し、彼の歌の世界に引き込まれる。そして、その世界はライブだけではなく、このアルバムにも閉じ込められている。

 活動歴はまだそれほど長くはないが、歌もギターも上手い。力強い声も繊細なファルセットも操り、語尾の跳ねる様な歌い方にはかわいらしさもある。ギターの抑揚の付け方も絶妙で、小気味良いアルペジオも、歌声と心地よく一体となる。ただ、その魅力は無論スキルだけではない。彼の歌声には、温かさも、優しさも、切なさも、儚さも、純粋さも、あらゆる成分が含まれ、彼の相棒でもあるアコースティックギターの音色と馴染んで心にすっと染み込んでいく。

 アルバムは、全体を通してアコーステックなサウンドで構成されており、基本スタイルであるアコギ弾き語りを中心に、何曲かにはコーラスやシェイカーの音も添えられている。そこには、原色で塗りつぶすようではなく、少しのざらつきと柔らかい色づかいの色鉛筆画のような温かい雰囲気がある。
 綴られている詞も、日常の中から生まれる想いや出来事を切り取ったようなものだ。恋人を想う小さな幸せを描く「迎えに行く」、自分に向き合い、肯定する大切さを歌う「本棚」、内省的に思いを巡らす「ひとりごと」と、明るいだけではない、様々な感情を含んだ曲を描く。学生というモラトリアムと社会の狭間にいる時期だからこそ生まれる想い、飾らない等身大の想いも込められているように感じる。私はそんな、明るい面だけでなく、憂いや痛み等、感傷的であったり、ネガティブともとれたりする様な感情が滲む、影の部分も描くアーティストが好きだ。誰しもが光と影を持ち合わせているだろうし、その方が人間らしいからなのだろうと思う。そして、神戸のあらたの楽曲には、派手さこそあまりないかもしれないが、素朴だからと言って、決して訴えかける力が弱いわけでもない。アルバムを通して聞くと、どこかに聞き手にも共感できる部分があるのではないだろうか。

 収録曲には、これまでライブやYouTube、SNS上で、その原型が既に披露されていた曲、そこから成長していった曲も含まれている。その中でも私にとって最も印象的であったのが「ななし」だ。

 私が初めてこの曲を聞いたのは昨年の春だっただろうか、当時はタイトル未定の新曲として歌われていた。MCでは、この曲について、「周りの友人達も就活をするようになり、自分自身の進路についても考えるようになった」と話しており、やはりその詞から色濃く感じたのは葛藤だった。この先、どんな世界に飛び込んでいくべきなのかを考えることもあったのではないだろうか。私は既に社会に出ていたが、学生時代の自分にも、社会人としても葛藤を抱えていた自分にも重なり、強く揺さぶられた。

 それが今では、不思議と前向きさも漂っているように思える。確かに原曲からのブラッシュアップもあったが、1年前に聞いた時とは違った感覚だった。
 その原型は、昨夏に、私が最後に彼の歌声を生で聞いた曲でもある。その日を以って、彼は表立って音楽を発信することからは暫く離れていた。久々にSNSで浮上してきたのが今年の春、コロナ禍で多く見られた”うたつなぎ”。その後、インスタライブも積極的に行い、ライブハウス・神戸VARIT.のオムニバスアルバム『さいきん、どうよう?』へも参加、徐々に活動にも勢いが出てきた。そして迎えた今作『掴まり立ち』のリリース。あの時感じた彼の中に渦巻く葛藤に、ある種の答えが出たのではないか、と感じずにはいられなかった。

 インスタライブでも発展途上の形で披露されていたが、その時点でも「名前は付けないよ」と笑いながら話していた。その曲が「ななし」としてこのアルバムには収録された。

  心の色が真っ白ならば 夕日を浴びれば熱くなれますか
  どんな色にでもどんな奴にでも僕はなれますか 僕はなれますか

曲名が無いことも、この詞の真っ白な心の様に、正にこれから何にでも変わっていけることを示してくれている気がした。

 これまでの数年の音楽活動の中にも、喜びや悔しさ、紆余曲折もあったかもしれない。それでも自分の進む道に向き合い、今、自らの足で立ち上がり、“掴まり立ち”をするようになった。「もっと自分を認めなくちゃ」と言う「本棚」に始まり、「間違いなんてかけらもありはしないよ 君が決めたことならば」と訴える「ななし」を経て、最後に据えられているのは「自戒のうた」。そこにはこんな詞がある。

  続けていかなくちゃ 意味のないことも 
  意味あるものにするために 続けていかなきゃならないよ

今後の活動について本人が明言しているわけでもない以上、一ファンによる深読みかもしれないが、こうした曲の配置も、自分に向き合った彼が、彼なりに紡ぎ出した一つの答え、決意の様に思えてならなかった。

 そして、アルバムをリリースした直後だが、早くも未収録曲のMVも公開された。勿論ファンとしては今後の彼の活動への期待も膨らむ。でも、これからどのように“神戸のあらた”の世界を歩んでいくのかに、何が正解で、何が不正解かなんて誰にも分らないのだから、「しましま」で言う様に、何も無理に白黒つけることはない。それに、これは『掴まり立ち』。赤ちゃんで言えば、自分の足で歩いていくための最初の段階だ。それでも人が成長してく中では大きな経験の一つ。シンガーソングライターとしての神戸のあらたが生まれて、これまで確かに成長してきた。このアルバムはその成長の証でもあると思う。これがもし“スタートライン”というタイトルだったら、今から全速力で駆け出していけるのかもしれないが、つかまり立ちの先は、伝い歩き、それから漸くひとり歩きできるようになるもの。これから先の歩みは、まだまだよろめくかもしれないし、不安定かもしれないが、自分のペースで少しずつでも自分の世界を広げ、きみをいってほしい。その歩みを楽しみにしつつ見守りたいと思う。

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