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鈴木祥子が軽やかに歌った「孤独」

かつて自由な、そして孤独な学生だった私へ

鈴木祥子さんの「あたらしい愛の詩」を最近、よく聴いている。

シンプルで軽やかな旋律に、抒情的な詞が乗っている佳曲だ。いくつかのセンテンスに句点が付いている。ひとつひとつ、胸のうちにある未練や願いを、丹念に並べていくような鈴木祥子さんの歌唱。穏やかな声調であるからこそ、ヒロインの恋情が浮かび上がり、この曲は聴く人の胸を打つのだと思う。

<<いつでもわがままでごめんね。>>
<<あなたがいて幸せだった。>>

まるで手紙のような、あるいは独白のような、歌い手の人間味を感じさせる「あたらしい愛の詩」は、リリースから長い時が過ぎた今でも、私にとっては「あたらしい」歌だ。そして「懐かしい」歌でもある。

<<あなたがいて幸せだった。>>、鈴木祥子さんが選んだのは「過去形」である。きっとヒロインの傍から、かつて心を通い合わせた<<あなた>>は、もう去ってしまったのだろう。それでも彼女は歌う。

<< I still love you、ここで 暮らした日を忘れない。>>

***

私は片田舎から時間をかけて、都心の夜学に通う、そんな青春を過ごした。フルタイムに近いアルバイトをして、疲れ切った体で講義を聴き、行き帰りの(長い)乗車時間に音楽を聴く、ただそれだけの毎日が、どれくらいだっただろうか、…つづいた。新しい友だちはできなかった、作る暇がなかったし、作ろうとする意欲も欠けていたように思う。

大学のある街には、田舎の少年・私が憧れていた、雑誌のなかでしか名前を見たことのない、きらびやかな店が並んでいた。ごく稀に、自由な時間が作れると、そういった店を独りで冷やかした。今でこそ「あれはあれで悪くない青春だったな」と思えるのだけど、当時は、やはり寂しかった。それでも心のどこかに、こういう時間こそ貴重なのだ、いま自分が独りで時を過ごしていることにこそ価値があるのだ、そういう漠然とした誇りがあったようにも思う。

<<孤独に負けない 勇気を与えてください。>>

私は孤独と「闘っていた」わけではないと思う、それと寄り添うように、10代の終わりを歩んでいた。それでも時として、寒くもないのに体が震えることはあったので、やはり私も願っていたのだろう、<<勇気を与えてください。>>と。

***

サークルには所属しなかったし、誘われなければ合コンの類にも出なかった。それでもいつしか、腹を割って話せる友だちができ、心優しいガールフレンドができ、恋人ができた。華美ではない、騒がしくはない、そんな日々だったけど、たぶん幸せだった。わざわざ「たぶん」を付ける理由は、ある程度、年を重ねた人になら、きっとご理解いただけるのではないかと思う。そう、私は「たぶん」幸せだったのだ。

それでも青春を振り返る時、最初に頭に浮かぶのは、独りで歩く自分の姿である。憧れの店を寂しげに覗き込む、頼りない少年の姿が、この目に浮かぶ。私にとっての青春の「収穫」は、短い時間ではあれ、寂しさと向き合ったこと、孤独というものを体の芯まで染み込ませたことだと思うのだ。独りだからこそ感じ取れるものがあり、独りでは感じ取れないものがある。それを肌で感じたからこそ、いま私は「愛」というものの実体を、おぼろげにではあれ分かる中年でいられるのだ、そう考えている。

<<愛することよりも 自分だけが大事だった>>

そんな月日も、人間には必要なのではないかと、いくぶん自己弁護的に思う。いま私に、優しさのようなものが備わっているのだとしたら、それは<<予感のように美しい>>、孤独な日々のなかで目に映した、そう、<<東京の夕暮れ>>に育まれたのではないだろうか。

***

やがて私も<<愛がただの名前にすぎなくなって、>>、などというと気障に聞こえるかもしれない、とにかく色々と事情があって、当時の恋人とは別れることになった。今は今の事情があるので、こういった場でハッキリと<<そこにいつもあなたがいて幸せだった。>>などと述べるわけにはいかない。

それでも濃密な孤独を飲み下したゆえに、ほんの少しは大人に近づくことのできた、そんな私を愛してくれた人がいたこと、そういう青春時代があったことを、これから先も心のどこかで<<忘れない。>>とは思う。ずっと忘れないだろうと思う。

いま夜の10時すぎである、かつて夜間大生だった私が、疲れはてた体で家路をたどっていた、MDウォークマンで音楽を聴いていた、ちょうど、それくらいの時刻だ。あのころも、きっと今も、私は<<深い夜を抱いているよ>>。その「深さ」は、きっと当人にしか感じられないものだろう、他人様から見れば私という人間の抱く夜など、浅薄なものに映るかもしれない。私たちは結局、自分で自分のことを労う、認める、それ以外の選択肢を与えられていないのかもしれない。

だから私は、かつて傍にいてくれた人にではなく、いま親しくしている人にでもなく、いつかの自分に向けて呟いてみる。

<<どうか守ってください。>>と。

※<<>>内は鈴木祥子「あたらしい愛の詩」の歌詞より引用

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