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その瞳に映ったはずの微笑み

ある親子の姿から今井美樹さんの歌声を想起しました

持病があるので、週に一度、処方箋を書いてもらって薬局に行く。ルーティンになってはいるけど、毎度、億劫で、面倒で、退屈な思いをすることになる。ひとりで医師の診察を受け、その説明を聞き、バッグに薬を入れてもらってトボトボと家路をたどる、その虚しさに慣れるということは(恐らくこの先も)ない。

コロナ感染が拡大する前は、待合室に揃えてあるコミックを読んだり、帰りにタコ焼きを食べたり、ちょっとした「娯楽」の要素が通院に伴っていたのだけど、いまはそれもはばかられる情勢にある(しばらくの間、本はお読みいただけませんという趣旨の貼り紙が薬局にある)。

それでも思いがけず、そうした場所で「希望」の欠片を見つけられることはある。「耳には聴こえない音楽」を聴けることはある。

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その日、私から少し離れた場所に、若いお母さんが座っていた。彼女はベビーカーの赤ちゃん(その顔は角度的に見えなかった)を、あやしていた。あやすといっても、オモチャを見せたり、声をかけたり、頭をなでたりしていたわけではない。ただ、くり返し、微笑みかけていたのだ。

私も彼女も当然、マスクを着けていた。それでも私には、彼女の口元に笑みが浮かんでいることがハッキリと分かった。それほどまでに「瞳が微笑んでいた」のだ。その眼差しは温かに、穏やかに、真っ直ぐに、幼子に向けられていた。ギラギラとした強い目ではない、静かな愛情をたたえた優しい目だ。時おり赤ちゃんも微笑みかえしているのだろう、彼女の眼差しはそのたびに、新しい歓びを宿した。

コミックを読めない、押し黙った患者であふれる、誰もが何らかの事情(症状)を持っている、そういう「薬局」という場所に、美しい音楽が響きはじめた。実際に鳴りはじめたわけではない。私の心のなかに今井美樹さんの歌声が流れはじめたのだ。

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<<一面に咲いた菜の花の色 ほら拍手のように揺れてる>>

私にとっては灰色に見えていた「その場所」が、瞬間、<<菜の花の色>>に染まった。彼女は(若いお母さんは)その主役であり、かつ、出しゃばることのない「1本に過ぎない花」でもあった。その姿を見守っていた私も、あるいは1本の<<菜の花>>だったのかもしれない。そして薬局には他にも、そんな風に「瞳で微笑んでいる」女性がいることに気付き、連帯や共感、あるいは励ましの視線を送っていた人がいたのかもしれない。だから、そこに流れていたのは今井美樹さんの独唱であり、何らかの病をかかえた人たちから放たれる「合唱」でもあった。

<<遠い痛みもいつか愛の強さになる>>

彼女と赤ちゃん、どちらが薬を必要としていたのかは分からない。彼女は何らかの病をかかえながら、薬が手渡されるのを待ちつつ、赤ちゃんのために精一杯、微笑もうとしていたのかもしれない。あるいは赤ちゃんに、何かしらの疾患があって、その愛児を労わるべく、微笑んでいたのかもしれない。いずれにせよ、そこにはひとつの「切ない事情」があり、それを包み込むような慈愛があった。

私は彼女に話しかけたりはしなかった。不要な接近が推奨されない情勢であるし、見ず知らずの私に「かわいい赤ちゃんですね」などと言われても狼狽するかもしれないし、彼女があまりにも幸せそうで、第三者の励ましを必要としているようには見えなかったからでもある。だから私は、ただ、楽曲「瞳がほほえむから」の一節を、マスクのなかでモゴモゴと(聞こえないくらいの小声で)口ずさんだ

<<ふたつの瞳に言葉はいらないの>>

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私はエレキベースを少しだけ弾くことができるのだけど、得意な奏法は「ソロベース」で、それはルート音をたなびかせながら(おもにハイフレットで)主旋律を奏でるというものだ。家に帰りつき、その奏法で「瞳がほほえむから」を奏でながら、私は彼女と愛児が、この厳しい情勢のなかでも、そして重い持病を持っているのだとしても、何とか無事に生き残っていけることを祈った。

<<くりかえす明日を乗り越えてゆくのね>>

このセンテンスは恐らく「こうしなさいね」というような勧めではないだろう、恐らくは作詞者が込めたのは(今井美樹さんに託したのは)「こんな風に生きていきたいものだよね」という静かなる宣誓なのだろう。

私が「灰色」のなかから「菜の花」を見いだせたように、彼女は顔の(おおよそ)半分を布で覆われながら、残された「瞳」を輝かせて幼子の未来を守っていた。そして思う、恐らくは視力を持たない人も(つまり「瞳でほほえむ」ことは困難な人も)その制約のなかで、様々な形で「微笑んで」いるのだ。いま世界は「平穏な花畑」ではない、危険が空気に溶けている、そういう時代であることは事実だ。

それでも「音楽」というものは、どのような境遇にあっても、前ぶれもなく胸のなかに流れはじめるものだ。今井美樹さんに限らない、多くのシンガーによって歌われた楽曲が、私たちの生きる「今」を守ってくれている。そして今、やはり多くのシンガーが歌っている曲が、風に消えることなく、人々の心のなかに残りつづけ、いつか大きくなった彼女の愛児、その凛然と生きる時代を支えてくれればいいなと願う。

<<感じて あたりまえのありったけの心の声>>

彼女の眼差しは、きっと歌声のように愛児の心を震わせた。その波動を(勝手に)受け取った私もまた、誰かに微笑みかけられる人間でありたいものだ。いま一度、エレキベースで「瞳がほほえむから」を奏でる。その音色が、あの親子には届かないのだとしても、それでも。

※<<>>内は今井美樹「瞳がほほえむから」の歌詞より引用

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