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ラブソングとは

Mr.Children「風と星とメビウスの輪」から受けた衝撃

ラブソングといえば、と言われれば私はMr.Childrenの『風と星とメビウスの輪』が真っ先に浮かぶ。
学生時代にこの曲に出会い、恥ずかしながら、その歌詞に自分自身の恋愛を重ねては何度も何度も聴いていた。

Mr.Childrenというバンドの発信する曲が老若男女に愛され、何年も支持される理由のひとつとして、「曲の解釈をリスナーに委ねる」ということがあると私は思っている。
聴いたその人の感じ方、捉え方によって曲の意味づけがなされ、1つの曲が様々な解釈をされている。そしてきっとあえて正解はない。

例えば、高校生の頃に何事にも前のめりに躍起になって駆け回っていた私は、Tomorrow never knowsはそんながむしゃらな夢追い人のための応援歌だと思っていた。

—今より前に進む為には
 争いを避けて通れない 
 そんな風にして世界は今日も回り続けてる

だけどネットで見た大人たちは、そんな単純な捉え方はしていなかった。社会に出て、理不尽さや非情さを知っている大人たちの解釈は、当時の私にはいまいち理解できなかった。

—償う事さえできずに今日も傷みを抱き
 夢中で駆け抜けるけれども まだ明日は見えず
 勝利も敗北もないまま孤独なレースは続いてく

傷みを抱えながらも自分を奮い起こして進んでいく、そんな人に寄り添う歌だという。社会人になった今ならよくわかる。
 
 

『風と星とメビウスの輪』も例に漏れず、聞き手側の状況によって表情を変える曲だと思う。

—愛されて 優しくなれて
 その優しさ故に愛されて
 君と僕が
 そんなメビウスの輪の上を笑いながら
 寄り添って歩けたなら

20歳の頃の私は、今思えばあまりに世間知らずで、ピュアで、恋人のことが世界中の誰よりも大好きで、彼とそんなメビウスの輪の上を歩くのだと、信じて疑わないような子どもだった。
正義は勝つし、愛は永遠だし、努力は裏切らないし、信じるものは救われると思っていた。

シングルVer.とアルバムVer.で印象が大きく変わる曲だが、当時はアルバムVer.を聴くほうが多かった。
静かなピアノからの壮大なストリングス、四拍子への変化と安定感が心地いい。
何より、Aメロのフレーズがクライマックスではラスサビに変わり転調、先述した大好きな歌詞で歌い上げられるのが何度聴いてもシビれた。
 

大人になって、恋愛というのは思ったよりもずっと難しくて、ずるくて歪で痛いものだと知ってから、
久しぶりに『風と星とメビウスの輪』を聴いた時、イントロとアウトロのマイナーコードがやけに物悲しく耳に残った。

—愛されて 優しくなれて
 その優しさ故に愛されて
 君と僕が
 そんなメビウスの輪の上を笑いながら
 寄り添って歩けたなら

特にラスサビ後、最後のフレーズの直後のC♯m。

歩けたなら。寄り添って歩けたなら。
ああ、これは夢想だったんだなあ、とふと思った。
そんなメビウスの輪の上を、寄り添って歩けたなら良かった。

後半の盛り上がりが嘘のように、静かに、哀愁を帯びたようなピアノの旋律で曲は終わり、まるで想いが叶わなかったことを裏付けるようだと思った。

何度も聴いていたはずなのに、20歳の頃の私の耳にはそんな風には聞こえなかった。
幸せいっぱいのラブソングだと思っていたのに、24歳の私にとっては失恋ソングだった。

それでも。

—人の弱さ 心の脆さ
 かばいあうように また一歩ずつ
 暗闇に迷うなら
 心に光ってる星を頼りに進もうか

風と、星と、メビウスの輪。永遠を連想させるもの。儚い曲調の中に、それでも希望を感じる曲だと、今はそう解釈している。
シングルVer.のゆったりと一貫した三拍子、間奏とアウトロのピアノソロの力強さが本当にかっこいい。
 

同じ曲なのに、時を経て全然違う曲のように感じた、不思議な1曲だ。リスナーとしての私の方が変わったのだと思う。

私1人の中でもこれだけ解釈が変わるのだから、人によってその分違う解釈があるのだろう。
ミスチルファンは意外と身近にも多いので、たまにはお酒でも飲みながら恥を忍んでその人なりの解釈を聞いてみたい。
これだからミスチルは何年もやめられない。

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