3894 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

THIS SUMMER FESTIVAL 2020

[Alexandros]の10年と10年前の私

2010年7月31日、タワーレコード新宿店、13歳、生まれて初めて自分の意思でライブに行った。あの時の気持ち、空気、感覚、天気、電車に乗っていた時のこと、ライブ前に近所のスーパーの抽選会でお煎餅が当たったことは10年経った今でも全て鮮明に覚えている。私はリュックサックに20枚入りのお煎餅を入れたままライブを見た。ライブと言ってもライブハウスではなくインストアイベントだった。
このバンドに出会ったのは風邪をひいていた日だった。熱が出て学校を休んだが、寝ているのにも飽きて音楽雑誌を隅から隅まで読んでいた。巻末、白黒のページに載っていたのが[Alexandros](ex.[Champagne])だったのだ。1ページにアーティスト写真とインタビューが載っていた。そこにはヴォーカルがバンドのためにサラリーマンを辞め、退職金をもらえなかったことに苛立って作った曲について書いてあった。なんだか変なバンドだと思い興味を持つ。すぐに布団から出てパソコンでMVを検索する。一音聴いた瞬間から「かっこいい」と思った。それまでは親や5歳離れた姉の影響で洋楽や邦楽のロックを聴いていて、それももちろん好きだったが、自分で見つけてかっこいいと思ったバンドは初めてだった。英語の中に突然日本語が混ざってきて、それはとても心地の良いものだった。すぐにCDを買って車の中でも部屋の中でもずっと聴いていた。この出会いが今に至る私の人生を作ったと言っても決して過言ではない。
この曲、For Freedomはリリースされたばかりのアルバムに入っているようだった。すぐにそのアルバムを買い、暇さえあれば聴き込んだ。Where’s My Potato?というタイトルで、例の退職金がもらえなかった怒りの曲はDon’t Fuck With Yoohei Kawakamiだった。中学生の私にとっては退職金の話も、洋楽と邦楽の垣根を超えた音楽も、全てがとても刺激的だった。登下校中、学校にいる時、私が知っているこのバンドがみんなが知っている何よりもかっこいいと思って過ごしていた。
そしてしばらくするとシングルが出るという。学校帰り近所のCDショップで予約をしようと店員さんに声をかけた。突然彗星の如く現れたロックバンドと出会った私はバンドに詳しいわけもなく、インディーズとメジャーについてすら知らなかった。当然街のC Dショップですんなりと「わかりました」と言って予約を済ませられるわけがなかった。私の持っていた情報が少ない上に、バンド自体もまだ有名ではなかったので店員を困らせたのは言うまでもない。店員はあれこれ調べ、台帳を捲りに捲った末、無事予約が完了し、入荷したら電話しますと言われた。リリース日から毎日家の電話が鳴るのを待ち、学校から帰ると留守電が入っていないか確認していた。C Dが発売日前のある日、私がこのバンドに興味を持ったことを知った同じクラスのバンド好きの友人が、新宿のタワーレコードでインストアライブがあるとチラシを持ってきてくれた。私は街のC Dショップでシングルを買ったので、インストアライブの特典券はついていなかった。しかしH Pで調べたところ観覧フリーだったので、母に行きたいとお願いし、そのライブが私の夏休みの最大のイベントになった。
アコースティックライブ当日、始まる一時間前には既に20人くらいが待機していた。5列目くらいでライブが始まるのを待った。するとメンバーが出て来てセッティングを始めた。インディーズの言葉すら知らず、彼らは私の中ですっかりロックスターになっていたので、バンドメンバー自らがセッティングを行なっていることに大変驚いた。ベースの磯部はベースを鳴らし「今の音聞こえた人〜」と客に聞き、客は挙手をしたりしており、こんなにもフランクなものなのかと思い、目の前で繰り広げられる全ての光景が閃光鋭く思えた。この日、川上や磯部が椅子に座ってアコースティック体制なのに対し、ギターの白井は椅子なし、ギブソンの335、マーシャルのアンプのフルセッティングで、ただでさえ狭いステージをさらに狭くしていた。メンバーがセッティングをしているのを眺め、川上がサザンオールスターズの真夏の果実を弾き語り、しばらくするとライブが始まった。前の方で観れたことも、生音にも全てに興奮した。覚えている限りではShe’s Very、city、You Drive Me Crazy Girl but I Don’t Like You.などを演奏した。音源で聴いていたものと異なる体制だったので、バンドの出す音がまた違って、しかも彼らの曲はアコーステイックであってもさらにその魅力が引き出されるようなものが多かったのでずっと釘付けで、こんなに楽しい空間があるのかと思った。MCで「今日は隅田川の花火大会らしいですね。こんなところ来てていいの?」とボーカルの川上は言っていた。中学二年生の私には花火大会よりもよっぽど夏休み最大のイベントであり、友人に胸を張って話せる出来事だった。悲しくもこの感動を分かち合うことのできる友人は多くはなかったが。
今思えばこの出来事が今の今まで私の初期衝動になっているのかもしれない。長い年月このバンドのライブに行き続けているのはこの体験が忘れられず、そしてさらにこの体験を上回るようなライブを見続けていたからに他ならない。

なんでこんな10年も前の話を急にしだしたかといえば、2020年、[Alexandros]がデビュー10周年を迎えた。本来ならばベストアルバムが発売され、ツアーを回るはずだった。もちろんそれにも行くつもりで、チケットも運よく取れていたのだが時節柄中止になった。そりゃそうだよな、と残念な気持ちよりも納得が先行していた。あらゆるライブが軒並み中止延期になり活力を失いかけていたところに、まさかのTHIS SUMMER FESTIVALが開催されるとアナウンスがあった。通称ディスフェスはゲストを迎え、世界で一番遅い夏フェスというコンセプトで開催されるものだ。それが今年6年ぶりに、夏に、しかも対バンを迎えてのライブになるらしい。対バン相手について
「なかなか対バン相手が見つからない中、駆けつけてくれるバンドがいました。
まだ詳しくは言えないのですが、なんかお酒の名前で色々あった人達ぽいです。」
と川上がコメントを出していた。しばらく考えて、これは、と震えた。もしかして2014年3月に最後になったあのバンドか?と思ってTwitterを見ていたらかつての友人達もこぞって同じことを思っていたようだった。前日になると「しゃんぺ vs アレキ」と対バンが発表された。予想が的中していたことに喜び、6年ぶりにあのバンドが見れるのか、と期待値のメーターが振り切れた。まさかこんな日が訪れるとは全く思わなかった。
瞬く間に開催日になり、時刻を迎え、オンラインライブを見ようと部屋にこもってヘッドフォンをつける。始まる前に友人と「対バンの一曲目はFor Freedomだと思う」と連絡すると、友人から「わかる」返信がきた。そうだ、私たちはあの日からずっとこのバンドを待っていたのだ。この日の落ち着かない感じは、当時ライブハウスに行き慣れていない私の楽しみと緊張が入り混じった気持ちそのものだった。このバンドは何年経ってもこんな気持ちにさせる。歳を追うごとに取り巻く環境は変わっていくのに、私の中に訪れる感情はその時から全く色褪せない。初めてあそこでライブを見た時のままだ。
会場が暗転し、Onion Killing Partyが流れドラムの庄村が相変わらずセンスのずば抜けた白のセットアップで登場した。このような形で登場するに至る彼は愛されているなぁと実感する。彼は会場が声を出せないので全てがすべった感じになると言っていたが、画面の向こうの観客はとても笑顔で見ていたに違いない。このバンドになくてはならない人であると。
庄村の挨拶が終わり、一礼をして袖にはけていく。バックスクリーンには「Next artist is [Champe]」と大きく映し出され、続いてバンド名がモザイクになったエンブレムが続いて現れた。ここは2014年のままか?と錯覚を起こしそうになる。タイムスリップをしたらこのような気持ちになるのだろうか。そしてS EのBurger Queenでメンバーが登場する。Burger Queenを聴くとやはり血が騒ぐ感じがする。一心に目の前のことに集中する。これからどんな曲を、どんなアレンジで演奏するのか期待が膨らんで仕方ない。登場したメンバーの服装を見ると、白井は改名前最後の武道館ライブで着ていたシャツ、川上はSonic YouthのGOOのジャケットTシャツにジャケットを羽織り、Converseのスニーカーを履いている。磯部はDr.Martensに黒のシャツを着ている。当時の服装まで再現している。なるほど、これは本当にあのバンドが戻ってきたと思ってよさそうである。そして機材もあの頃使っていたものが揃っている。特に川上が持っているOasisのステッカーの貼られた兄から譲り受けたというストラトキャスターはcityのM Vで見られる。ジャズマスターはじめ様々なギターを使うようになってからは活躍する機会も少なくなっていたので、この機材を使う姿をまた見られるのかと思うと胸が躍らずにはいられなかった。久しぶりにメンバーが演奏しているBurger Queenを聴いてメンバーの力量が上がっていることに誠に驚く。一音一音がソリッドで、特に磯部のベースの前に躍り出てくるところで白井のギターと調和する。オンラインだからじっくり聴くことができたのかもしれない。この後のライブについてはあまり詳述しないことにする。アーカイブでまだ見ることができる。この後、少々ネタバレをすることをご容赦いただきたい。
予言者よろしくと言わんばかりに一曲目、For Freedomが始まった。正直ここから正気を失い始め、完全に若かりし私がP Cの前に鎮座ましました。中学生の時、
「誰かの優しい言葉でなく 激しいだけの嘘の言葉でなく
『私は 私だ』って言える事が何にも変えがたく心地良いんだ」
という歌詞を書いた紙をペンケースに入れていたことを思い出した。当時の私には縋るほど強い言葉のように思えたのだ。何度もライブで聞いてきたこの曲はどんなに月日が流れても一向に私たちを離さず、何度でも「はぁかっこいい…」とため息をつかせる。10年前とは思えず、変わらない姿勢が窺える曲であると思い直す。
そして対バンしゃんぺが最後に演奏したのはUntitledだ。大事な場面で必ず演奏されているこの曲で締めくくるのはとても彼ららしい。小さなライブハウスでも、それこそ彼らが目指している大きな会場でも、この曲は人を惹き付ける。この曲には彼らのハングリー精神、そしてこのバンドならば他のバンドがし遂げないような何かを実現してくれるのではないかと思わせてくれる。聴いている誰もが「自分の曲」としてこの曲を思うことだろう。このバンドの節目にいるのだと再認識させられると同時に、彼らにとってここはまだ通過点であり、既にもう違うところを見つめて走り出しているのだと感じる。そこに名残惜しさも感じるが、これからもこの道程が長く続き、楽しませてもらえると思うことができる。
あっという間に終わってしまった[Champe]のライブは一夜限りの特別な、10年を振り返るにふさわしいライブだった。
初めて出会った時中学生だった私は23歳になった。煮え切らない毎日を送っている。変わらないものと変わったもの。この二つを携えて、タワーレコードの一角で人生最大の衝撃を受けた自分に負けないように過ごしていきたいと思う。過去現在未来をつなぎ合わせるようなバンドに出会えたことは私にとって大きな財産だ。
学生の時暇さえあればノートにこのバンドについて書こうと試みていたが、なかなか完成せず時間ばかりが過ぎた。また振り返りながら書く機会が訪れたことに感謝する。彼らに言わせればデビュー10年はまだまだ通過点と言うだろう。それでも10周年を迎えても音楽が鳴り続けていることに満足する。20年目、また次のステージで彼らを見ることができれば幸いである。
THIS SUMMER FESTIVAL 2020はアーカイブでまだ見ることができるので、当時のキッズたちに見ることをお勧めする。きっとその時であった人たちについて自然と思い出されることと思う。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい