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aikoの奔放なコード進行

スピッツの平易なそれとの対比

幼いころ、少しだけピアノを習っていたので、凡庸な市民ベーシストとなった今でも、気が向くとキーボードを弾きます。弾いていて楽しいのはスピッツの曲であり、もし弾けたら楽しいだろうなと想像するのは、aikoさんの曲です。

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「ピアノを習っていた」といっても、私にはクラシックを究めるほどの才や根気はなかったので、ソナチネを何曲か弾けるようになったところで、すっぱりと辞めてしまいました(その後、数年のブランクを経て、ロックンロールの魅力を知り、エレキベースを手に取ることになります。コード譜やタブ譜は読めるのですが、もう五線譜の読み方は忘れてしまいました)。

したがって今、気分転換に弾くキーボードは、とても他人様に聴かせられるような代物ではありません。右手で主旋律を弾きながら、左手でベース音を出すという、「ルート弾き」と言えばいいのでしょうか、それ以外はできません。

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その奏法でも(私くらいの技量のキーボーディストでも)、スピッツの曲を奏でると、瑞々しい空気が、束の間、部屋にあふれます。スピッツの歌メロは、今さら言うようなことでもないでしょうが、やはり非常に美しいです。エレキギターやリズムセクションを「引き算」しても、その華やかさは失われることがありません。

そして、スピッツの楽曲の主旋律を右手で弾いていると、左手が自然に「ルート音」を選びます。それは私が長年、スピッツを愛聴してきたからであり、スピッツのコード進行が、シンプルで潔く、快活なものであるからだとも思っています。

スピッツの曲は、むしろコピーバンドが再現することのほうが難しいのではないでしょうか(かくいう私もベース・パートを「完コピ」できる曲を、ほとんど持ちません)。シンプルなコード進行という「制約」のなかで、ちょっとしたスパイスを効かせるのが、スピッツの「技」、あるいは「魔法」なのだろうと私は考えています。

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aikoさんの曲については「逆のこと」が言えるような気がします。つまりベース・パートをコピーすることは、さほど難しくはないのに、キーボードで「コード弾き」をしようとすると、意外に、つまずくのです(そう感じるのは私だけかもしれませんが)。右手で主旋律を出すことは、もちろん簡単なのですが、左手が「正しい音」を、なかなか選んでくれません。

最初のころは「単に黒鍵を多用するからだろう」などと考え、移調を試みたりもしていたのですが、それでもルート音を見つけ出すのが困難なことに、やがて気付きました。aikoさんの紡ぎ出す詞は、ユーモラスで重層的なものですが、その旋律もまた「ユーモラスで重層的な」ものだと、私はキーボードを弾くことで知りました。aikoさんの楽曲は、キャッチーなだけでなく、ある意味、奇妙な色彩を帯びていて、リスナーは知らず知らずのうちに、その世界に引き込まれてしまうのだろうと考えられます。

私は奏楽を専門的に学んだわけではないので(あくまで趣味として続けてきただけなので)理論的に「aikoさんの楽曲は、このように奥深いのだ」と主張することはできません。「キーボード1本で曲を再現しようと試みた時、いだいた違和感」というものだけを根拠に、このようなレポートを書いています。

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もちろん、コード進行が凝っていれば名曲が生まれるというわけではないし、それが平易だから凡作になるというわけでもありません。私はスピッツの曲もaikoさんの曲も、同じくらいに好きです。色えんぴつで描かれた絵と、油絵の具で描かれた絵、その「どちらか」を時と場合によって選ばざるをえないように、つまり芸術作品に「上下」の関係などないように、奔放さと潔さ、その両方が尊いのだと私は考えています。

私の知る限り、スピッツがaikoさんの楽曲をカバーしたことはありません。aikoさんはラジオ番組のなかで、スピッツの楽曲「チェリー」をピアノで弾き語ったことがあります。この「aikoさんが歌った、スピッツのチェリー」は、私が邦楽のなかで、いちばん好きな「作品」かもしれません。aikoさんは「チェリー」の骨格はほとんど変えず、つまりコード進行はあまりいじらず、その上に自由気ままな歌メロを乗せました。

曲が2番に差し掛かったあたりから、その愉快なアレンジは始まり、ラストのサビは「愉快」を通り越した「痛快」な節回しで歌われます。波打ちぎわでの戯れのような、無邪気なダンスのような、その歌唱の最後に、aikoさんは静かに、こう歌います。

<<ズルしても真面目にも生きてゆける気がしたよ>>
<<いつかまた この場所で 君とめぐり会いたい>>

いつか、再びaikoさんがスピッツの曲をピアノで弾き語ることがあるなら、あるいはスピッツがaikoさんの曲をバンドアレンジで演奏してくれる日が来るのなら、そんなにも輝かしい日が来るのだとしたら、その日まで私は<<ズルしても真面目にも>>、何とかやっていけるような気がします。

※<<>>内はスピッツ「チェリー」の歌詞より引用

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