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ヨルシカが生んだ悲劇のヒーロー

音楽を盗んでしまった彼の物語

夜しかもう眠れずに。

雲と幽霊という曲の歌詞の一節から生まれた、ヨルシカという名のバンド。

文学に携わってきた私にとって憧れでもあり、正直いってある意味妬ましいバンドだ。
 
 

そんな彼らが作り出した今回の『盗作』というアルバム。

n-bunaが生んだこの音楽を盗んだ男の物語というコンセプトは私も共感してしまう部分がある。

なぜなら、今まで様々な文章を作品へと導いてきたこの私でも「この歌詞を自分のモノにしたい」と願ったことが幾度かあった。
そんな簡単なことではないとわかっているから余計に、このヨルシカが生んだ「音楽を盗んだ男」がうらやましい。
 
 
 

今回は、そのヨルシカが生んだ音楽泥棒の物語を私なりの解釈で紐解いていこう。
 
 

まず、最初に流れてくる『音楽泥棒の自白』。

ピアノの悲しい旋律が彼の心の内を語っている。
《あの日の音楽を盗んだ快感は忘れられない。しかし、つきまとってくるモノがある。
それは、後悔という名のノイズだ》
 

軽やかなギターサウンドから始まり、途中からリズミカルなドラムの音がともに踊る『昼鳶』。

率直にいうと真っ昼間に空き巣をするという意味のこの曲名。
n-bunaが描くこの曲の歌詞、suisが表すこの低い声。
【つまらないものだけが観たいのさ】と繰り返されるこのフレーズ。
自分が持ってないものをすべて持っているあの家の住民の純粋なあの笑顔を見るたびに
きっと彼の心を揺さぶり、犯罪者へと導いているのだと私は思った。
 

次に流れてくる春ひさぎ。

何かが迫ってくるようなイントロ。
売春の隠語を意味しているこの曲は音楽に関する嘘の愛を歌っているようだ。
【不誠実の価値も教えてほしいわ】というこの歌詞が言っているように
春をひさぐ意味をわかっているのに、あえてそれを否定しない。それがn-bunaのやり方なのか?
 

爆弾という人を恐怖に陥れるものを操る爆弾魔もヨルシカは簡単に作り上げてしまう。

【この日々を爆破して 心ごと破壊して】
それをn-bunaが歌詞として落とし込み、suisが声で歌として仕立てた彼ら。
爆弾魔というこの人間はきっと、闇を抱えて、いや、闇の中だけで人生というトンネルを歩いてきたのだろう。
だからこそ、爆弾を抱えた彼は【君】も愛せないのだ。
何故なら、彼は爆破することによって初めて自分は満たされるのだと思っているから。
そんな爆弾魔もヨルシカにとっては、犯罪者ではなく生み出したひとりの人間なのだ。
 

青年期、音楽泥棒は空き巣をする。

英語には疎い私には、この曲の中で何を語っているのかはわからない。
ただ、彼が冷静に空き巣を楽しんでいるのは間違いないのだろう。
 

レプリカントで初めて音楽泥棒は自分が作ったレプリカの音楽を褒める【あんたの価値観】を偽物だと語る。

【心は脳の信号なんだから 愛も皆レプリカだ】
【この世の全部は主観なんだから】という歌詞たち。
脳が発している心の声。すなわち、心は本能で。
その本能を語っている心の声。つまり、心の声の言葉以外は偽物ということをヨルシカは語っている。
レプリカントでは音楽泥棒の脳の信号を歌っているのだろう。
 

花人局の歌詞から感じられる【貴方】とはきっと、音楽泥棒である彼にとって大切なキーパーソンだったのだろう。

《さよなら、いつかまた会える日まで》
(私の想像だが)と言って去ってしまった【貴方】のことを、彼はまだ会いたいと心から祈る。
【洗面台の歯ブラシ、誰かのコップ、棚の化粧水。】すべて覚えのない物ばかりだが、それは【貴方】が残していったものなのだろう。
捨てられない物。それが【貴方】に対する愛情の表れだ。
 

朱夏期、音楽泥棒。

この曲名が意味する、音楽泥棒にとって切ない夏。
それは、罪を犯してしまった自分への嫌悪感からなのだろうか。
このメロディーからは、そんな償いの意も感じ取られることができる。
 

このアルバムのタイトルにもなっている、9曲目の盗作。

【ある時、思い付いたんだ。この歌が僕の物になれば、
この穴は埋まるだろうか。 だから、僕は盗んだ】と歌う音楽泥棒。
そう、彼は心を満たされたいがために名作を盗んだのだ。
しかし、レプリカの曲は彼を満たすことをしなかった。

皆が褒めちぎるのは、《純粋な彼のオリジナル》ではなく《汚れた彼のオリジナル》なのだから。

【化けの皮なんていつか剥がれる。 見向きもされない夜が来る。】
それが犯罪者に突きつけられる恐怖の現実。
そんな日を迎えることを彼は心の底から楽しみにしているが、その夜の景色は本当に綺麗なのだろうか?
それは、彼もわかっているだろう。
 

思想犯。この曲は音楽泥棒のレプリカにつながる、《音楽泥棒の心理》を歌っている。

【人を呪うのが心地良い、だから詩を書いていた】
それくらい彼の精神は病んでいた。
《自分の音楽を認められたい。自分を真の愛情で包み込んで欲しいだけだった》
そんな理由がなぜ、認められないのだろう。
認められないからこそ、彼は他人を傷つける詩を書くことにこだわるのだ。
彼が選んだ目的。それは、他人を悲しませるための詩を書き他人の心を殺すことだ。
 

そして、音楽泥棒の彼はあるとき逃亡する。

夏の匂いがする晴れの景色は、彼の心をどう揺さぶっただろうか?
誰もいない街の中で孤独を感じながらも、夜へ向かう中もっと遠くへ逃げる。
つまらないことは放っといて。
道の向こう、すなわち―知り合いのいない知らない街へ—彼は行く。
 

そのとき、彼は幼年期の思い出の中に浸る。

いじめを受けていたのか。親にたっぷりの愛情を注いでもらっていただろうか?
音楽泥棒と化してしまった彼の原点は、きっと暗かったに違いない。
この曲のメロディーはそれをピアノというはかない旋律で教えてくれる。
 
 

ここまでの12曲はこのアルバムのタイトルになっている音楽泥棒の物語を描いたプレイリストだが、最後の2曲は『泣きたい私は猫をかぶる』の挿入歌【夜行】と主題歌【花に亡霊】で締めくくられている。
 

n-bunaが表現したこの音楽泥棒の心理、行為、思想。
suisが歌い上げたこの音楽泥棒の苦悩、怒り、悪意。
 

今までの12曲とは全く世界観は異なるが、そのすべてを『泣きたい私は猫をかぶる』に関わるこの2曲が音楽泥棒の幼年期の思い出を延長線上として描き、締めくくられていると私は思う。
 
 

1曲目の音楽泥棒の自白から始まり、空き巣、売春、爆弾魔、キーパーソンの存在、盗作した理由、彼の思想、夜へ向かう中での逃亡。 そして、夏の匂いがするあの青春。
 
 

このアルバムのひとつひとつの曲がそれぞれで小説の章を作り上げているのだ。
 
 

私はこの記事の最初にヨルシカは妬ましいバンドだと言ったが、その理由は
ここまで一つのコンセプトを物語にしてしまう、いわば歌う小説家のようなバンドだからだ。

今まで様々なアーティストの曲を聴いてきたが、ここまで文学的なアルバムを作り出すバンドは初めてだ。
きっと、彼らは彼らなりに音楽を愛しんでいるのだろう。
 
 

※ 『』は作品名。【】は歌詞の一部。《》は筆者である私の想像

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