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2017年9月25日

鹿苑寺と慈照寺 (26歳)
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風をめざして

plenty解散に寄せて

ラジオから流れてくる”人との距離のはかりかた”でplentyと出会ってから5年の間、plentyは画面の中の存在だった。

人との関係性を築くのが下手で、殻に閉じ籠りがちな僕はずっとライブに行くことを躊躇していた。一歩が踏み出せなかった。東京グローブ座でのr e(construction)のライブもYoutubeで公開されたものをずっと見ていた。plentyは画面の中にしか存在していなかった。

大学時代はplentyだけではなく、本当に色々な音楽を聴いてきた。それまであまり熱心に音楽を聴いてきたわけではないけれど、音楽にのめり込むうちに、自分の大好きな音楽を自分の目に焼き付けたい、記憶に刻みつけたいと思うようになった。

初めてplentyのライブを見たのは「いのちのかたち」ツアーの大阪公演だった。plentyと出会ってから5年が経っていた。画面の中の存在だったplentyが実体を伴ってステージ上で躍動していた。江沼さんの歌声、新田さんのうねるようなベース、一太さんの体を震わせるほどのエネルギッシュなドラム、曲間の空調の音、すべてが生々しく、美しくもあった。「これがplentyなんだ!これがplentyの音楽なんだ!」と体を震わせるほど感動した記憶がある。

plentyの音楽を、ライブで進化していく過程をずっと見届けられると何の根拠もなく思っていた。どんなことにも終わりが来るとわかっていたはずなのに、勝手にplentyだけは例外で、永遠に続くと思い込んでいた。だから、plentyの解散発表は青天の霹靂だった。

ラストツアー「蒼き日々」では、初期の楽曲群が曲のメッセージを変えることなくより力強くなり、中村一太加入後の楽曲も確固とした決意を感じさせるようなアレンジに変わっていた。ラストツアーを経て、やはりplentyは進化していた。

plentyが殻に閉じ籠りがちな僕を外に連れ出してくれたように思う。昨年、MERRY ROCK PARADEというフェスにplentyを見たいがために人生初の名古屋に行った。ラストツアーの時だって、当初予定にはなかった福岡にも飛んで行った。plentyはあまりにも僕の日常に溶け込んでいた。新幹線や飛行機に乗っているとき、”蒼き日々”の「どこでも行けると信じてたなら/どこにも行けないはずはない」がそっと寄り添っていてくれたとしか思えない。ライブに行くことすら躊躇していた自分はもういない。

特に解散を発表してから色々な方々のplentyへの思いを目に、耳にするようになった。plentyがきっかけでplentyへの思いに溢れる方々にも会うことができた。高校生の時から人間関係に悩むことが多かった。人に嫌われることを恐れるあまり、一歩を踏み出せず、臆病だった。plentyはその殻をそっと破ってくれた。「自分がplentyと出会わなかったら」というパラレルワールドを夢想すると、plentyに救われplentyへの思いに溢れた方々とは出会うこともなかったんだと思うと感慨深い。

解散発表からラストライブ「拝啓。皆さま」まではあっという間だった。駆け抜けていった。時の流れが残酷だとも感じた。

2017年9月16日。
三連休の初日、日本列島には台風が接近していた。東京もあいにく、夕方頃から雨と予報されていた。でも、「雨」を評して「あいにく」と言うのはplentyに失礼ではないか、と思うほど、この日の雨はplentyの最後にふさわしかったし、似合っていた。

お昼頃、東京は日比谷野外大音楽堂に赴くと、すでにplentyのファンが大勢いた。物販の列に並びながら、それぞれが様々な思いを抱えて今日に臨んでいるんだろうなあと考えていた。

開場する少し前から雨は降り出していた。
雨がしとしと降る中、会場内でライブ開始を今か今かと待っていた。定刻になると、照明がふっと消える。と同時にImogen Heapの”Hide And Seek”が流れ、メンバーが姿を現す。

1曲目の”拝啓。皆さま”が鳴った瞬間、感情が込み上げ、視界がぼやけてしまった。人前で泣くことが人一倍嫌いな僕なのに。「最後」が始まってしまうということが、自分でもよくわからない経路で感情を揺さぶってしまったからかもしれない。”拝啓。皆さま”から始まったラストライブはあっという間にラスト1曲になっていた。駆け抜けていった。”蒼き日々”のイントロが鳴った瞬間、また景色が歪んでいた。雨は一向に止まなかった。だから、顔を伝う水滴は全部雨なんだと思い込んで、最後の”蒼き日々”に没頭した。アウトロを振り絞るようにして歌う江沼さんを見て、本当に最後なんだと感じずにはいられなかった。

ステージ上からメンバーが姿を消す。

会場いっぱいに詰めかけたファンがplentyの後ろ姿に拍手を送っていた。暖かい拍手はずっと鳴り止まなかった。永遠に続いて欲しいとすら思えた。

東京から日常に戻ってきて思う。あの日は夢みたいな一日だったと。お昼ごはんを買いにスーパーマーケットへ歩く道すがら、”風をめざして”を聴いた。涙が止まらなかった。

「負けながらも歩き続けることを/例えるなら 例えるなら/それは何に似ているだろう」

「何処へゆこう 何処へゆこう/背負い込んだ過去と共に/様々な、楽しい 苦しいことがあるだろう」(風をめざして)

元々、好きだったこの曲がラストツアーとラストライブを経て余計に好きになった。負けることの方が多い。どうしたって他人との優劣をつけてしまう。それでも、風をめざして一緒に進もうと寄り添ってくれるこの曲に今は背中を押されている。

何かに悩み、悲しみに暮れる時が来るかもしれない。一歩が踏み出せず、悶々とする時が来るかもしれない。その時が来たら、僕は”風をめざして”を聴く。plentyはいつだって外の世界に連れ出してくれる、大切な一歩を踏み出す勇気をくれる、そう信じて。

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