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質も量も有り余るほど抱えているエイフェックス・ツイン。

その人だけが知っている秘密の箱庭。

その人がつくる音楽の性格と、その人じしんの人格や品性は必ずしも一致しないと思っている。ローリング・ストーンズも不真面目な曲ばかり作ってきたが、実際の彼らは(若い頃は違うのだろうが)極めてイギリス的な紳士である。セックス・ピストルズも、パンク時代は眉を顰められるくらい危ないことを歌っていたが、実際の彼らは不良とは程遠いものだった(スティーヴ・ジョーンズを除いて)という。マリリン・マンソンも、過激なのは曲とステージ上の振る舞いのみで、実際の彼らは弱気なアメリカ人だ。
リチャード・D・ジェイムス(エイフェックス・ツイン)はどうなんだろう。私が彼の音楽を聴くようになったのは大学時代で、おそらく『ドラックス』が最初だったと思う。意味不明なアルファベットと数字が並んだ曲名が30個。CD二枚組だった。それがいわゆるドリルンベースと名付けられていたのを知ったのがいつだったか、それも忘れてしまったが、とにかく奇妙な音の塊が30曲入っていたのは覚えている。美しい曲もあれば、奇妙なものもある。ずっと聴いていたいと思う曲が、すぐに終わってしまう(とくに ”avril 14th”)。ヘンなものを聴いてしまったな、というのが、初めてかれの音楽を聴いた感想だった。
そんな彼の性格、人物はどうなんだろう。とにかく、メディアを避け、部屋に籠って音楽ばかり作っている音楽の天才、という印象である。聞くところによると、既に彼は、リリースして収益を得られれば一生食うに困らないほど膨大な量の音源を作って、保管しているとか。彼くらい個性的で優れたクリエイターなら、3年に一度と言わず毎月リリースすれば、私のようなファンがなるべく定価で買うから、湯水のように金を使ってもなくならないくらい、稼げるのでは。私のような凡人は、ひたすら羨ましさを感じる。
あなたは「アンビエント・ワークス85-92」と「アンビエント・ワークス2」を聴いただろうか。リチャードの繊細かつ鋭利な感性が爆発しているのだ。「テクノ」という言葉を使うことがためらわれるほどに、優れたディスクである。聴いていない人は人生において多大な損失をしているのは間違いないので、ぜひ聴いて欲しい。インテリジェントで、優しく、柔らかさがある。音楽史に残るのは間違いない芸術作品だ。特に「アンビエント・ワークス2」のほうは、聴けばその人は、音楽を愛する人ならば魅了されること間違いないほどに心が籠ったアルバムだ。まさしくそれを聴きながらこれを書いているが、これは90年代どころか、人類の歴史においてもトップ50には優にランクインするであろうアルバムだ。
そんなリチャードという人は、どんな人なのか。人目に出ることを嫌っているのだろうか。『サイロ』発表時には大体的にコマーシャルをしたそうだが、出来もとても良かった。彼は一時、『ドラックス』以降はアルバムを出さない、と言っていた。変わった人だとは思うけど、天才とはそういうものだと思う。
過去には、フランツ・カフカという人がいた。生前に、「変身」「判決」といった奇妙な作品を発表し、マックス・ブロートに、俺が死んだら遺稿はすべて焼いてくれ、と言い残し、死んだ。むろん、そんな約束は守られない。「失踪者」「審判」「城」が今でも読めるのは、マックス・ブロートのおかげでもある。「ほんとうに作品の廃棄を望むものなら、他人に任せたりするはずがない」と言ったのは、ボルヘスだったか。
なぜカフカを連想したかというと、自分の世界に閉じこもり、己の中で、世界中の誰も知らないものを守っている、というところが、連想させたのだ。誰にだって自分の部屋は必要だし、自分だけが知っている秘密の箱庭で、誰もが日々の疲れを癒している。
むろん、リチャードにだって、それこそ「産業」らしく、3年に1枚くらい、フルアルバムを発表して、稼ぐことはできるだろう。かれは、 自分だけの部屋で、いつまでも遊んでいたいんだろう。彼が作っているドリルンベースやいびつなテクノは、そういうことを連想させない。「アンビエント・ワークス」というかれの知性全開の作品は、リチャードの潜在能力を思い知らされるが。もう彼はフルアルバムを作らないのだろうか。もう一度『ドラックス』のごとき大作を出して欲しい。私たちを驚かせて欲しい。もしかすると、それこそカフカのように、彼がくたばったあと、とんでもないブツが掘り起こされるのかもしれないが。
ロックも、ポップスも、文芸作品も、もう「作品」ではなく「商品」であり「製品」である。そういうことに必ずしも逆らう必要はないと思うけど、自分のスタイルを持ち、その力量によって自分の価値観を固持しているリチャードを見ると、凡人は羨ましいのである。才能を切り売りするのではなく、才能によって生き、独立している様は、眩しい。純粋に憧れてしまう。
ロック・ポップス界にも、ジョン・フルシアンテという人がいる。彼は最近レッチリに復帰した。その前は、ソロを7作(『AW2』を含めれば8作)連続で出したりもしていた。『ザ・エンピリアン』以降、どうしたのかな、とは思うけど、またレッチリやるのか、という知らせは嬉しい。
エイフェックス・ツインとカフカはどこも似ていないが、ふたりが同時に連想されるのは、彼らだけが知っている(知っていた)世界、というものに、私も憧れるからだ。リチャードもいつかは、隠し音源を解禁して欲しい。なるべくお金を払って聴きたい。過去に、マニュエル・ゲッチングという人が、『プライベート・テープス』というものを出した(私は持っていない)。その発表時もファンは騒いだというから、ミュージシャンにはその才能を出し惜しみして欲しくない。
とはいえ、個人的には、リチャードには、秘密の箱庭で遊ぶ時間を大切にして欲しい。誰にも邪魔されない空間で、遊ぶことも必要だろう。「アンビエント・ワークス2」という究極の芸術作品も、箱庭で遊ぶ時間がなければ出来なかったと思う。私のような凡人は、彼らの天才を、少ない稼ぎから出費して享受することだ。私の職場は、幸いにも非正規社員にも少ないが年に2回、賞与が出る。いつの日か「アンビエント・ワークス3」が発表されますように。

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