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2017年9月26日

佐藤 弘照 (28歳)
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ヒーロー不在の今

September endsに、グリーン・デイの大傑作アルバムに思いを馳せて

『彼らはグリーン・デイのままじゃなかった。彼らはグリーン・デイのままだった。』これはかつて、元マイ・ケミカル・ロマンスのジェラルドがこの大傑作アルバム、「アメリカン・イディオット」を評した際のコメントである。
とても抽象的だが、これほどこのアルバムを的確に表現したコメントはないと思う。

「アメリカのバカになりたくない」と、今世紀最もセンセーショナルでラディカルな一行で幕を開けるこのアルバムは世界中の人々の心をたちまち掴んだ。
このアルバムで初めてグリーン・デイを知った人、かつての彼らを知る昔からの熱心なファン、ベスト盤だけは持っているという人…そのどれをも夢中にさせた。
僕はベスト盤だけ持っていたが、全く熱心なファンというわけではなかった。
むしろ失礼な話、僕の中で、彼らはもう「終わったバンド」とすら思っていた。

初めて、シングル「アメリカン・イディオット」のPVをMTVで見た時、一瞬で心を持って行かれた。何を歌っているのかは全くわからない。それでも伝わってくる何かが、そこには確実にあった。

当時時代はエモ・スクリーモ全盛期。スクリームしてなきゃ音楽じゃねーわ、とすら思ってた学生時代。全くノーマークだったパンクバンドにここまで夢中になるなんて思ってもいなかった。
すぐにアルバムを買い、最終曲「Whatsername」が終わる頃には感動で涙が出ていた。僕は音楽を聴いて泣けるほど感性豊かな人間ではないと思っていたのに。音楽を聴いて初めて泣いた。
これが本当の意味での「アルバム作品」なんだ、と初めて音楽作品を聞いて心から感動した。リアルタイムで、今何かすごいことが起きている!と、とても興奮したことを今でも鮮明に覚えている。

「アメリカン・イディオット」を提げた来日公演も観に行ったが、ヴォーカルのビリーは世界のロックヒーロー像を一身に背負った様子で、本当にかっこよかった。目の前にいた彼は、間違いなく時代の、そして僕の絶対的な存在だった。

そんな「アメリカン・イディオット」もリリースされて13年経過するが、これを越えるアルバム作品にまだ出会ったことがない。
 

ではこのアルバムの何がすごかったのか。
挑発的なアルバムタイトルやショッキングなアートワーク、「パンクオペラ」なる一見複雑そうで聞きなれないキーワードすらも武器に変え、キャッチーに昇華してしまう構成力、一曲一曲の楽曲のメロディの良さ…全てが完璧だった。それらももちろんだが、何よりも一番圧倒させられるのは、作品全体に漂う彼らの焦燥感すら感じるほどの本気度だと思う。
何かをしなきゃ、何かを伝えなければという想い。それを一つの物語を軸に、今までパンクロックが到達出来なかった領域で完成させたことこそが、この作品の成し遂げた最大の偉業だと思う。
 

このアルバムは反戦をテーマにしたそうだが、平和な島国で、のほほんと過ごしていた当時10代の自分には、反戦だとかそんなテーマにはどうもシンパシーを感じることは出来なかった。
ただ、「自分はこのままでいいのか」「日々なんとなく生きていないか」こういったメッセージが、このアルバムからすごく伝わってきた。

自分が感じたこれらのメッセージは、彼らがこのアルバムを通して本当に伝えたかったこととは全く違うのかもしれない。だけど、次作の「21世紀のブレイクダウン」で、「自分の敵を知れ」と歌う彼らを見て、自分が感じとったメッセージはあながち間違っていなかったのだと、今でも思っている。

恐らく彼らは、今までの作品以上に真剣に自分達と向き合い、まさに背水の陣でこの「アメリカン・イディオット」という作品を完成させたのだと思う。それが伝わってくるくらいこのアルバムには遊び心だったり、ベテランならではの余裕だったり、そういったものが一切感じられないのだ。もしかしたら、「終わったバンド」と一番感じていたのは他ならぬ彼ら自身だったかもしれない。

そんな彼らの「本気」が詰まったこのアルバムは、間違いなくパンクの、そしてロックの水準レベルを何段階も上げた。ロックはここまで出来るのだと、それをあのグリーン・デイが成し遂げたのだ、と。さぞ世界は驚いたと思う。

そして現在、彼らは自身で引き上げたハードルを飛び越えるのに苦労しているかな、と昨今の作品を聴いていて感じてしまう僕がいる。

最新作「レボリューション・レディオ」の中の楽曲の「Still Breathing」で彼らはこう歌っている。「僕はまだ生きてる。かろうじて息をしている」と。もちろんこれも良い曲だ。だけど、自分にはどうもそれが、まるで今のグリーン・デイが、いや今のロック界が虫の息である、とでも歌っているかのように聞こえてしまい、それがどうにも寂しいし、もどかしい。とても偉そうなことを言ってしまうが、かつて自分の心にズバっと入ってきてくれた勢いや熱量、自分の生き方を考えさせてくれたあのグリーン・デイを今は感じられないのだ。

ロックの世界が飽和状態の様相を呈してもう随分と久しい。最近ではチェスター・ベニントンすら世界は失ってしまった。なかなか明るい兆しというのは見えてこない。
今のロック界には決定的なアイコン的存在・ヒーローが不在なのだ。
 

時代は巡る。だからまたきっとストロークスみたいなバンドが出てきて世界を変えるかもしれない。それはそれで楽しみだ。
だけど、いつかまたロックが明るさを手にするきっかけを作るのは、そして時代を牽引するヒーローになれるのは、実はグリーン・デイなんじゃないかと密かに信じている。90年代にドゥーキーで自ら道を切り開いた彼らが、2000年代に「ドゥーキーの再現」とは全く違う方向から再び開拓者になれたように。

彼らがまた、「グリーン・デイのままじゃなく、グリーン・デイのまま」な音楽を、ロックに何が出来るのかを世界に再提示するような音楽を作り、僕の生涯ベストアルバムを更新してくれることを心の底から願っている。

リアルタイムでヒーローがいたあの光景をもう一度僕は見たい。

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