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「米津玄師」と書いて「VR」と読みつつ「菩薩」と読むことにする

米津玄師が境界線上から投影する《千年後の未来には 僕らは生きていない》という究極の救い

VRとは「バーチャル・リアリティ」の略である。
 
 

「バーチャル・リアリティ」は仮想現実と訳される。要は、実際に目の前にはない架空の景色や状況を作り出しそれを人間の脳に「現実」だと認知させる技術といったところだろうか。
 

VRを体感したことはあるだろうか。私はある。会社の同僚が興味本位でプレステのVRを購入したらしく、土曜の午後の日が高いうちから「VRとはどんなもんか気になる」という「どんなもんかモチベーション」を抱えた同僚達6名が決して広いとは言えない賃貸アパートの一室に集まった。きっと、昭和中期にテレビが発売されそれをいち早く手に入れた家にわらわらと群がる近所の人々も同じような気持ちだったのだと思う。
 

仰々しいほどに大きいヘッドセットをつけ、幼女が好むマジカルステッキのようなデザインの謎の棒を振り回しながら大の大人が「うおっ・・・すげっ・・・うわっ!!うおおお!!!」と何が見えているかは知らないが謎の声をひたすらあげ続ける様を5人で囲んで眺めている様は異様なほどに滑稽だった。
 

ついに自分の順番が回ってきた。期待半分不安半分、言葉通りのワクワクドキドキという気持ちを抱え何かの順番を心待ちにしていたのは小学生の時以来だろう。受け取ったヘッドセットはここに至るまでに3名の男性の額から興奮のあまり放出されたであろう液体によるじっとりとした湿り気を含んでいた。一瞬にして嫌悪感が芽生えたが仕方ない。この湿り気が「これから体感する世界のすごさ」を物語っているのだ。何かを得るにはそれ相応の対価を支払わねばならない。そう、何とかの錬金術師が言っていた。それがこの汗ばんだヘッドセットを装着することだというのなら、喜んで受け入れよう。
 
 

その湿り気を自分の顔面で存分に感知した次の瞬間、きっと私はこの世界から姿を消した。
 
 

海の底に沈められサメに襲われた。海はどこまでも広がっていた。宇宙空間のような謎の場所で卓球のような謎のスポーツをした。その謎の空間は見渡す限りどこまでも広がっていた。廃墟に閉じ込められ、角を曲がるとゾンビが落ちてきて『撃ってもいいんですね!?ここで!?』という意味不明な問い掛けをしつつ生まれて初めて「発砲」というなんともおぞましい行為をしてしまった。ここだけは絶望的なまでに閉鎖された空間だった。広いのと狭いのは結局同じ怖さをもたらすのかもしれないと思わされた。
 
 

そうして自らの額からも思う存分液体を放出し一層湿り気を増したヘッドセットを外し自分の目に賃貸アパートの室内の様子が映った瞬間、「なんだこの世界は」と思った。
 
 

これがVRがVRたる所以だと思った。VRが投影するのは仮想現実。仮想であり架空でありながらも「現実」なのである。この瞬間、私の「現実」が二つに分裂したのを感じた。脳を錯覚させて「仮想現実」を認識させているのだとしたら、私の脳は2つの「現実」を「現実」として認識しなければならない。なんという無理難題だろうか。私の脳の気持ちになってみれば、「ハンバーガーとラーメンをどちらもおにぎりだと認識しろ」という意味不明な無理難題を吹っ掛けられたような気持ちだ。そのあまりの意味不明っぷりに絶望してめそめそ泣くことしかできないだろう。今日はヒーリングミュージックでも聴きながらゆっくりと湯船に浸かり自分の脳を最大限労わってあげようと思った。
 

残念ながら私の「米津玄師をよねづげんしと読んでしまう症候群」は一向に改善されないまま、その日はやってきた。
 
 

どこか絵本のような装丁のそれを手に取りぱたりと開き、そこから仄かに立ち昇る今まで生きてきて嗅いだことのない匂いを嗅いだ次の瞬間、きっと私はこの世界から姿を消した。
 
 

気付けば両耳を塞いでいるヘッドフォンからは何も流れていなかった。一体私は何を待っていたのだろうか。全て終わった事すら気付いていなかったのだろうか。いや、全てが終わった後のこの静寂すら「何か」だと思えたのだ。
 
 

ヘッドフォンを外しそれから目線を外し自分の目にいつもと変わらぬリビングの景色が映った瞬間、「なんだこの世界は」と思った。
 
 

完全なる没入だった。汗ばんだヘッドセットを外したあの時と全く同じ気持ちだった。しかし、「ハンバーガーとラーメンをどちらもおにぎりだと認識しろ」と言われているような無理矢理で人為的な感覚はなかった。それは圧倒的に自然なものだった。私は一体何を見ていたのだろう。この世に、銀河鉄道に乗ったことがある人はいない。死んだことがある人はいない。千年後の未来を見たことがある人はいない。絶対にいない。絶対に絶対に絶対にいない。そう言い切れる。そんなことは分かっている。なのに、なのにだ。
 
 

私は確実にそれを見た。
 
 

唯一その理論を覆す可能性がある人間がこの世に存在するとしたら、それを表現してしまう人間がいるとしたら、絶対にこの人しかいないのだと確信した。そしてこの人のやっていることは「音楽」と形容できるようなものをとうに飛び越え「仮想現実の投影」ということすら果たしているのではないかと思えた。
 
 

きっとこの人は、唯一境界線に立つことを許された人なのだと思う。
 
 

例えば「光」と「闇」という両極が存在するとして、そのどちらをも捉え行き来することができる人は存在する。そしてその道筋とそこから見える景色を音楽として昇華できる人も。本来、そこに横たわる境界線というものはグラデーションのようにしか見えない曖昧なものなのではないだろうか。しかし、その境界線がはっきりと見えてしまう人、両方に片足ずつ踏み入れそこに立つことができる人、そこから見える景色を昇華できる人というのはいない、いや、いなかった。この人が現れるまでは。
 

この惑星と宇宙の境界線。
祭りの喧騒と静寂の境界線。
社会と人間の間に生まれる濁りときらめきの境界線。
朝と夜と恋と愛の境界線。
死者と生者の間にある境界線。
栄光と挫折の境界線。
優しさと冷たさの境界線。
光と闇の境界線。
間違いと正解の境界線。
日なたに存在する者と日陰に存在する者の境界線。
今と未来の境界線。
苦さと甘さの境界線。
勝者と敗者の境界線。
生と死の境界線。
「あなた」と「わたし」の境界線。
 

荒れ狂う海で溺れかけていた私は彼の手により掬い上げられ、「宇宙」という現実に存在するとされているもっとも遠く遠い所へまず飛ばされた。そこからまた私が生きる「現実」という名の荒れ狂う海へと立ち戻る旅をさせられたとでも言おうか。ありとあらゆる境界線から見える景色が、目に映る色彩と言葉そしてそれをめくるたびにくゆる仄かな香りと共に脳内に鮮明に投影されていく。そして最終的に、鳥の羽がふわりふわりと落ちていくように私は穏やかに優しく水面へと戻る。鳥の羽は沈まぬようにできているというが、それまで溺れぬようもがいていた私はなぜだろう、なぜかもう何もしなくても浮いていられる、そんな圧倒的な安心感を与えられたような気がする。
 

今、この時代を生きている人々は一体何を求めているのだろう。
 

自由に空を飛んでいた鳥は、いつ鍵があくのかわからない鳥籠に突然閉じ込められた。そこから空が見えなければ幾分楽だっただろう。鳥籠の中から眺める空は、見えてしまうからこそどこまでも遠い。見えるのにそこには行けないというひどく曖昧なもどかしさは、全てをゆっくりと静かに狂わせていく。右回りが当たり前だった時計の針はいつしか左回りになった。刻んでいる一分一秒は何も変わっていないが、方向だけ真逆になったそれを鳥籠の中から眺めている時、何を願うのか。きっともう針は右回りには進まない。12時5分は11時55分と示されるようになった。自分の中に当たり前に染み付いている「時計の読み方」すら変えなければならない局面に人々は立っている。そんな時の中で一体何を求めるのか。
 

今、人々はきっと無意識の内に強大な「救い」を求めているのではないだろうか。
 

仏教の上では、自らの力をもってして迷いや悩みを完全に断ち切ることこそが「悟り」であり、それを成し遂げた時どうやら人は仏になれるのだという。そして、自らの力だけでは「悟り」に到達することができない人間が迷い苦しみながら日々を生きていく中で助けとして求めるものが「救い」なのだという。要は、荒れ狂う海でもがき溺れかけている所に差し出される止まり木のようなものが「救い」なのだろう。
 

迷いや苦しみを断ち切ろうと「悟り」を追い求め生み出される音楽もあれば、「悟ることなどできない」と割り切った上で生み出される音楽もある。でもそれらは結局自らを鎮めるための自分本位な「ロック」的な音楽であり、そこに人々が各々の想いを重ね「救い」を自らの手で生み出しているという図式になっているような気がする。しかしこれは違う。ここまで自ら進んで他人に手を伸ばし掬い上げ「救い」を差し伸べようとする究極なまでに他人本位な「ポップ」に私は触れたことがあっただろうか。
 

《千年後の未来には 僕らは生きていない》
 

アルバムの表題曲である”迷える羊”のこのフレーズこそ、究極の「救い」だと思った。《千年後の未来》という、どこまでも曖昧でどこまでも具体的なこのたった6文字の言葉が持つ力に圧倒された。《千年後》というのは具体的に言うと3020年である。全く意味がわからない。2020年の今でさえ石油が枯渇するだの地球温暖化が加速し海面が上昇するだのと騒がれているのに果たして1000年後に人間はこの地球で生命を維持することができているのだろうか。もしかしたら人間にとって代わった別の生命体がメインとなってこの地球で暮らしているかもしれない。人間はどうにか生きる術を探って別の惑星へ移住しているかもしれないし、地上ではなく地下で生きていく技術を生み出し地下で暮らしているかもしれない。そしてこんな心配をよそに2020年の今と特に変わりなく平然と地球でスイカバーを食べながら「この、種がチョコでできてるのがいいんだよね。」なんて呑気に話しながら暮らしているかもしれない。
 

あまりにも想像が及ばないので逆に1000年時を戻して考えてみることにした。1000年前とは1020年である。日本は平安時代で、この頃在位していたのは後一条天皇といい藤原道長や藤原頼道が摂政となり政治を行っていた頃だという。遣唐使が廃止されたことにより国風文化というものが花開きはじめ、日本特有の文字である「かな文字」が生まれたのもこの頃だという。貴族は十二単をまとい寝殿造の住居で暮らし蒸して固めた米を食べ、庶民はアワやヒエなどの雑穀を主食としそこにたまに菜っ葉の漬物が添えられる程度の食事をしていた。そして末法思想というものが流行り、「死んでからもなお幸せでいたい」という浄土信仰が流行り各地に阿弥陀如来に関する建物や仏像が作られたのだという。
 

平安時代を生きていた人々の中でたった一人でも、《千年後の未来》を生きている我々のことを想像できた人がいただろうか。
 

いるわけがない。いるわけがないのだ。千年後の我々は呑気にパンケーキやタピオカミルクティーに行列を作っていたかと思えば突然現れた未知のウイルスの猛威により行列を作るどころか自由な外出すらままならず全員口元に布切れを装着した生活を強いられているのだ。
 

しかし何も想像が及ばない《千年》という時の中でただ一つ、1000年前の人間達との共通点として挙げられることがあるとすれば「幸せでいたいと苦悩している」ということだけだと思った。そしてそれはまた我々から見た《千年後の未来》を生きる人間との唯一の共通点に成り得るのではないかと思った。
 

《千年後の未来には 僕らは生きていない》
 

と聴こえたその時、『あ、もうどうでもいい』と思った。これは投げやりな『どうでもいい』ではない。目の前に渦巻いていた雲の全てが開けて光が見えたような気がした。そこから生まれた『どうでもいい』だ。今何に悩んでいたとして、何に苦しんでいたとして、《千年後の未来には 僕らは生きていない》というのが究極の答えであり「救い」だと思った。今生きている人間は千年後には全員死んでいる。それだけはきっと間違いない。ならばもう『どうでもいい』ではないか。何か無敵の装備でも手に入れたような気がした。マリオカートでスターを取った時と同じ気持ちがした。これさえ胸に秘めていれば、何もかも吹き飛ばせるような気がした。失敗も成功も、栄光も挫折も、どうだっていい。何をしたとして何を得たとしてどうせ全員千年後には死んでいる。「前向き」だとか「明るく」だとか「ポジティブ」だとかそういう浅薄な言葉では言い表せない姿勢。そうして圧倒的に開き直ることでしかとれない姿勢が、果たせない何かが、見えたような気がした。
 

『自分を大きな船だとすると、誰もその船から落としたくない。』
 

以前ライブのMCで言っていたらしいこの一言が突然スッと腑に落ちた。鳥の羽となった私は、水面ではなく大きな船に降り立ったのかもしれない。そして「船」というワードから連想したのは「大乗仏教」だ。大乗仏教というのは、自分よりも先に他の生きとし生けるものを救済することを優先し、自分が救われるかどうかは仏に任せるという考え方であり、それは悟りを開いてはいないが仏道に励む「菩薩」によりもたらされるものだという。
 

完全にこの人やないか。
 

人工知能やロボットは悩まない。悩みながら動くことはしない。動くか止まるかの二択である。24時間365日、頼んでもいないのに他人の様子を伺い知らされるSNS。幸か不幸か多種多様に用意された選択肢。比較的様々な自由が保障された戦争のない平和な国。用意された自由をなぜか自由に手に取ることができないヘンテコリンな国民性にもがき苦しみ悩みながらも動き続けられるのが日本人として残された最後のアイデンティティーだとしたら。人工知能が台頭していく世界において、悩み苦しむことこそが「人間」にしか成し得ないことだとしたら。そこで「救い」を求めるのは当然のことで、「米津玄師」が時代そしてこの国を生きる人々から求められるのも当然のことだと、そう思えるのだ。
 

何はともあれ、これだけの有難い救いを享受しておきながらも米津玄師の「玄」が「玄米」の「玄」である以上、私の「米津玄師をよねづげんしと読んでしまう症候群もとい呪い」は一向に改善される気配がない。
 
 

私は、米が主食の日本人なのだから。
 
 

また彼から新たなる「救い」が解き放たれる頃に私が「米津玄師」をどう読んでいるのか、美味しいお米を食べながら楽しみにしておこうと思う。
 
 

※《》内の歌詞は米津玄師”迷える羊”より引用

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