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2017年9月29日

蜂谷 芽生 (20歳)
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「I’m VIP」から見えた真の絶景

[Alexandros]・『Premium V.I.P. Party 2017』に寄せて

2017年7月2日、4人組ロックバンド・[Alexandros]が日本ガイシホールにて『Premium V.I.P. Party 2017』を開催した。

天井に目をやると、すべての辺が緑色に光る無数のキューブが吊るされている。肝心のメインステージは傾斜の緩いひな壇のように、そして会場の曲線に沿うように、前後左右に段々を描いており、その周りに張り巡らされている黒い柵はまるで百獣の王を囲う檻のようだ。

そうやって会場を見渡しながらいくつもの疑問符を頭の中に抱えていると、まるで「そんな面倒な詮索なんて忘れてしまえ」と言わんばかりの潔さでもってスッと照明が落とされ、ふと我に返った。

それから程なくして聴こえてきたのは、“Adventure”を歌う川上の声だった。何となく気だるそうな静かな立ち上がりから徐々に厚みを増していくストリングの壮麗さが、雄大なダイナミズムを描いて迫り来る。終盤で巻き起こる大シンガロングは今やバンドの旗振り役として申し分ない牽引力を持っており、改名後初のシングルという大任を務め上げて着実に成長を遂げてきた曲として、自ら進んで彼らの始まりの扉を開く姿は頼もしい限りである。そのとき、私が扉の先に見たものとは、バンドの芯とも言える「メロディーの絶対性」という神聖なスピリットだった。

《意味のない音階伝って/旋律奏でた/ありのままに/ありのままに/さぁ鳴り響け》
(“Adventure”)

以前、ソロインタビューの中で磯部寛之(Ba)が川上洋平(Vo&Gt)についてこう話していたことがある。

「やっぱり本当に天才だと思ってるし、100%信頼してますから。信頼というか、俺が一方的に好きみたいなところがありますからね」

言ってしまえば、この4人は幼馴染みでも何でもなく、バンドに加入した経緯も理由もそれぞれ異なる。それゆえ、義理や友情から端を発するジャッジは存在しないはずなのに、志を一にする同志としての信頼関係が確かにそこには存在する。どこかで折り合いを付けるのが最も有効的な手段であることを互いに知りながら、誰一人として自ら編み出したアプローチを譲らない。一人一人から湧き出るメラメラとした我の強さこそ、高精度の楽曲を絶えず生み出すことが出来る一番の秘密だと言えるだろう。その純粋に音楽で形作られた結び付きの強さは遂に、コンダクターである川上にこう言わせるまでに至った。

「このバンドで唯一、本当の意味で誇れるのはこのメンバーを集めたことですよ」

会場の両端に設けられたメインステージとサブステージとを繋いだ一本の花道はその結び付きを体現するかのように真っ直ぐと伸び、日本ガイシホールのど真ん中を貫いていた。

《大胆な作戦で/言葉にならないマスタープランで/いつだって僕達は/君を連れて行くんだ》
(“Adventure”)

その後、文字通りにスマッシュヒットを叩き出した“ワタリドリ”を奏で終えると、見覚えのある壮大なオープニング映像が流れ始めた。悠長にスクリーンを見上げていると、突如としてそこへノイズ音が乱入し、一瞬にしてストリートカルチャーにフォーカスした映像へと切り替わってしまった。そこには「I’m VIP」という言葉が何度となく映し出され、彼らの生き様の一部始終を見届けにきた者としての使命感が一気に身体中に押し寄せる。

その後に披露された“You Drive Me Crazy Girl but I Don’t Like You”のやんちゃでおてんばな姿を、姉のような温かい目で受け止めてくれてのは、“She’s Very”だ。乾いたサウンドに乗せて男の情けなさを歌う楽曲だが、開始早々から蛇口全開のユニゾンが続き、定期的に訪れる一瞬の無音が4人のグルーブの強さを初っ端から容赦なく試してくる。後半になって単音を鳴らすベースだけが残ると、テナードラム・サスペンデッドシンバルといったドラムの装飾陣が、人間の鼓動・深い霧・木々のそよめき・狂犬の咆哮といった真夜中の怪しげな要素を次々と繰り出し、何となく弱そうな頼りなかったはずの男に静かな反撃を決意させる。

その“She’s Very”が醸し出す流動的な得体の知れない不気味さとは異なり、打ち込みが築く隙の無さでもって人々を翻弄してみせたのが、狂気曲・“Stimulator”。蛍光色のレーザーが射しまくるハイパーなモード感を一瞬にして作り出すナンバーでありながら、タイトル・サウンド・リリックのすべてにおいて完璧なまでの激烈さを放っており、切れ味抜群のソードでもって私たちの心を刺してくる。そこに所狭しと転がる大小様々な不揃いの効果音は前代未聞のタイトさを身につけており、人々の中に新たなロック像を構築していく。

直後に待っていたのは、その激烈さとはまるで無縁の失恋を歌った“Leaving Grapefruits”。軽快なビートを一瞬にしてロックへと昇華させるエレキギターが雄叫びを上げる中、彼らはその地続きとして“サテライト”を選んだ。どこからともなく波の音が聴こえてきそうな極々平凡な日常感の中、その名の通り、まるで衛星になって宇宙から地球を見下ろしているかのような平和な気持ちになれる。私は思わず目を閉じた。

《子供の頃僕は/「明日」が好きで/画用紙に 自由奔放に/大きく描いた》
(“サテライト”)

しかし、川上は最後に《君の住む地球儀に/僕は》と行き場を告げずに去っていく。反射的にそこへ一抹の不安を覚えるが、柔らかな感触のメロディアスなベースとマーチを刻むスネアが、私の心配を癒すかのようにして先行きの見えない未来を明るく照らしてくれた。この先が完全に保証された訳でもないのに、まるで往年の謎が解ける日の前夜を迎えたかのような期待感がじんわりと押し寄せる。

続く“Aoyama”は、私のそんな想いをポップに色付けてくっきりと浮かび上がらせてくれた。フットワークの軽いベースが目の前の世界を一瞬にして小洒落た街へと変えていく。しかし、肝心の川上はと言えば、ニコニコと笑いながら容赦ない言葉を吐き出して、もはや清々しさすら感じているようだから全くアタマが痛い。

そうしている内に、そのカラッとした往生際の良さを塗りつぶすようにして静かな雨がシトシトと降り始める。その寂しみを感じさせる雨雲をもたらしたのは、“美術館”。心の温度までをも奪われてしまいそうな恐怖感の裏で何だか心にぽっかり穴が空いたような喪失感も募っていき、止まらない涙のような冷たい雨に同情の想いが募っていく。

そんな気持ちをまるで一新するかのように、サブステージへと舞台を移した彼らが連続投下を食らわしたのは、歴代シングルのB面陣・“Grand Daddy”~“Dance With the Alien”~“Onion Killing Party”~“Pain Your Socks Into Pink”。私は思わず、それぞれのシングルのリード曲を頭の中に思い描いた。

《少し目を閉じて/想像して/もう一つの人生を/そっとイメージしてみよう》
(“spy”)

川上はそう自分自身に優しく諭す。

《相手の目の前で/怯んで声に出す前に引き下がっていた/己を引っ叩いて/挑んで》
(“言え”)

彼は過信だの虚栄心だのと後ろ指さされようとも、冷酷にさえ思えるほどの愛でもって人一倍厳しく自分に向き合ってきた。

《誰かは僕等に言うだろう/「永久など儚いフィクションだ」/くそくらえだ 何だってんだ/お前が既に終わってんだ》
(“Forever Young”)

理不尽で不条理な世の中に対して軽いジャブを食らわして、敢然と諫臣としての役割を果たしてきた。しかし、“Run Away”の中で《高望みと言われて/才能が無いと言われても/怯める程僕は賢くなくて》と歌って笑ってみせるように、この極度の諦めの悪さこそ、彼らの孤高の戦いを支え続けてきた一番の功労者と言えるだろう。

こうして見ると、一緒くたに披露されたB面陣のシングルの表には彼らの苦悩を一つ一つ辿るようなメッセージ性の強いリード曲たちがズラリと並んでおり、どれも現役のライブ定番曲として中央にドンと鎮座しているものばかりである。その一方、B面陣は「自らの痛快神経を刺激するか否か」という曲作りにおける第一関門を見事に突破したロックナンバーの精鋭たちが揃っている。「やりたいことをやる」というポリシーの下、バチバチと火花を散らしながらその時々における最高のロックを追求してきた跡がそこには刻まれているのだ。

そんなB面陣を見ても分かるように、[Alexandros] の曲はリリースからの経過時間やライブでの演奏頻度に関係なく、どれも半永久的全盛期のようなバッキバキのカッコよさが滾っているから本当に不思議でならない。その上、彼らはどんなに新しい曲であろうとライブに向けてはアレンジに継ぐアレンジを重ね、季節感に合わせてドレスアップするかのように絶えずビルドアップを図っていく。

続いて披露されたのは、その最たる代表格とも言える“Kill Me If You Can”。私たちの心配を余所に、全体を弛ませてグレさせるアレンジを施しても締まりあるキメの鋭さを全く失うことがない。鮮度を失うどころか、むしろますます若返っていっている。音源通りのかっちりとした凛々しい表情でも十分イケてる楽曲だが、その縛りを緩めたときの溶けたようなワルい表情もタイトルの挑発を助長させるようで堪らない。

そんな“Kill Me If You Can”というタイトルが表すの「殺れるもんなら殺ってみろ」という意味を見ても分かるように、彼らが吐き出す言葉の殺傷能力は毎度桁違いなほど凄まじい。

《You can call me big-headed/And tweet them in bed/But I’ll tear u into a shred》
(対訳:「うぬぼれ」とでも何でも呼べよ/せいぜいベッドの中で悪口ツイート書いとけよ/お前ごとシュレッダーにかけてやる)
(“Boo!”)

《君が流していたあのバンドが聴くに耐えなくて/怒りを通り越して笑えてきてさようならをした》
(“Aoyama”)

相手がどれだけの射程距離に位置し、ここから撃てばどれだけのダメージを受けるのか。時にはそのすべてを正確に理解し、時にはそんな計算を真っ向から蹴散らし、どんな想いをも言葉にして羅列していく。牙を向いて威嚇したかと思えば、椅子に腰掛けて不気味な笑みを湛えてみたりと、一瞬たりとも気が抜けない。レーダーチャートにして表せば、防御力を除いたすべての力が頂点に達して見事なまでの美しい正五角形を描くはずだ。

そんな彼らの側から片時も離れることなく、常にどこへでも付いて回るのが、絶対的覇者としてのオーラである。日本を代表する錚々たるアーティストが出演する音楽特番の中で、しれっとヒョウ柄のジャケットを羽織れてしまえる川上洋平とは一体何者なのだろうか?狩った獲物をその場で服に仕立て上げたかのような圧倒的存在感を前にして、私は自らの完敗を悟り、笑わずにはいられなかった。お茶の間に一発お見舞いする彼らの姿を、あんぐりと口を開けたまま見送るしかなかった。

そんな中、新たな問題作が去年満を持して世に放たれた。そう、“Kaiju”だ。和を醸し出すお琴の音が真っ赤なルージュのような色気を醸し出す中、ロックバンドを語りながらも川上が全編通してカマしてみせるのは、正真正銘のラップである。地下深くから掘り起こすようなドロップチューニングが心臓を抉るように轟き、聴いた人すべてを一瞬にして不良の姿へと一変させる。曲の最後に鳴るゴングに合わせて、川上は自分の頭をカチーンと殴ってみせた。

この日、その問題作の尻拭いとして名乗りを上げたのが、不動の人気曲・“Kick&Spin”である。冷静に緊急事態を告げるサイレンのような音が鳴り響き、スマートなドラムが緩い空気を引き締める。途中突如として始まるエレキギターの細かな粒で一気にロックへの階段を駆け上がると、曲中に吐かれる無骨で泥臭いはずの毒が靭やかさも兼ね備えてしまうのだ。

《悔しさ味わい/苦味も味わい/粋も甘いも全部飲んで/生きていく》
(“Kick&Spin”)

ここで立ち止まって見てみると、彼らの楽曲性が七変化を遂げていることを伝える一番の視覚的情報として、この日もまたフロアの色が目まぐるしく変わっていった。しかし、その変化はいろんな意味でこれから先も人々を惑わし続けるかもしれない。予測不能な変貌を遂げた彼らを前にして追想にふける人もきっといるだろう。しかし、川上は以前、インタビューの中で「変わっていくこと」についてこう話していたことがある。

「[Alexandros]の一番の楽しみは『この先どうなるんだろうな』っていうことだと思うから。どんなジャンルが開拓されんだろうなあ、構築されていくんだろうなあ、確立されていくんだろうなあっていうのが、客観的に見てですけど一番の楽しみなところで」

作詞・作曲しているのは自分のはずなのに、「変わっていくこと」を川上はそんな風に捉えている。本人の感じるその期待感がリスナーと全く同じであることに驚いた。しかし、それは「密かな企み」とでも題し得る自分たちの人生に対する彼らの誠意のすべてである。言ってしまえば、自身の心に嘘つくことを良しとせず、常に「やりたいことをやる」という真摯な姿勢で何事にも取り組む姿は始めから何一つ変わっていない。強気な発言も独自のファッションセンスも、そんな中で見出した彼らなりの戦い方なのであろう。時間を経ても廃れたり錆びれたりすることのない楽曲たちは、その初志貫徹の心がもたらした恩恵そのものなのである。

《この場所で/この乱れた時代で/傷付きながら/その欲望を守り抜いていく》
(“Starrrrrrr”)

最後、全力疾走で彼らに付いてきた私たちを待っていた“Starrrrrrr”と“ムーンソング”の二大巨頭は、再び動き出した無敵の死闘への餞として彼らの努力を称えるかのように煌々と鳴り響いており、彼らが作るメロディーの絶対性を改めて確信せずにはいられなかった。

そんな彼らが最後に残してくれた言葉がある。

《この歌も捨て/自らの言葉と身体で生きていけ》
(“city”)

この日、私たちが見たものは、B面陣が伝える「当たり前にカッコいい[Alexandros]」と、シングルのリード曲が伝える「平凡だからこそ苦労した[Alexandros]」という一見交わらなそうなバンド像。しかし、それは「当たり前」の裏にある苦悩と確信の連鎖のすべてである。「レア曲を聴くことができた」という一過性の「I’m VIP」ではなく、「尊きロックスターに出逢えた」という一生モノの「I’m VIP」としての自覚に目覚めたとき、私の目の前に広がったのは、彼らの変わらないスタイル・長きに亙る激闘・独自の戦い方・そこで勝ち得た恩恵という真の絶景だった。
これはまさに、彼らのカッコよさに秘められし数々の秘宝なのである。

こうしてライブの全行程を終えたとき、会場のスクリーンに映し出されたのは、スプレーで施されたストリートアートの前で4人全員がサングラスをキメている新しいアーティスト写真と、それをバックに掲げられた「新しいことに取り組む」との意味を持つ「working on new stuff」という言葉だった。これはきっと、彼らから私たちへの新たなる宣戦布告であるに違いない。しかし、川上の髪色がどんな奇抜な色になろうとも、彼らがどんな音楽ジャンルを開拓しようとも、私は決して振り落とされない。[Alexandros] のすべて生き様を見届けていける自信が今の私には備わっている。

だって、私は持っているのだ。

彼らが私たちに与えてくれた「I’m VIP」という最高無上の称号を――。

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