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2017年9月29日

永下佑人 (20歳)
22
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虹を見た日

UA LIVE@日比谷野外音楽堂ライブレポート

 開演のアナウンスに急かされて、指定された座席に駆け込み、額の汗を拭いながら周囲を見渡した。真剣な面持ちでじっとステージを見つめる人、泣き出す子供を懸命にあやす人、アルコール片手に顔が上気している人。扇型の客席にいる誰もが、思い思いの時間を過ごしている。初めての試みだという親子席を設けたことからも窺える年齢層の高さか、日比谷野外大音楽堂が作り出す特有の雰囲気か。どちらがそう思わせるのか定かではなかったが、うだるような暑さを忘れるほど、そこは静かな場所だった。ライブハウス、オールスタンディングの慣れ親しんだ熱気とはかけ離れている。蝉の鳴き声がけたたましく反響する中、幻想的なSEを聞き流して肩を揺らす人たちの表情はむしろ涼しげに見えた。

 周囲の余裕に気圧されて微かに緊張していると、前触れもなくUAとバックバンドの面々が姿を現した。小さな歓声と迎え入れるような拍手だけが響き、ほんのりと熱が戻るだけで、熱狂して立ち上がるような人はいない。それに応えるように、UAも落ち着いた表情で客席を見つめる。信頼、と呼べばいいのだろうか。そもそも近い野音のステージと客席の間には、物理的な距離以上に近く見える何かが確実にあった。初めて訪れる野音、初めて観るUA。「UA LIVE@日比谷野外音楽堂」は、そんな状況でも一瞬で馴染める密着感と、これから体感する居心地の良さへの確信から始まった。

 光彩を放つピンクとグリーンの衣装に身を包んだUAが、「原点に帰ります。」と宣言し、本編は幕を開けた。大阪でスカウトされた曲だという1曲目は、R&Bの金字塔Aretha Franklin『Chain of Fools』のカバーだった。“Chain,chain,chain”とキャッチーに歌い出すと、コーラス隊と息のあったステップを刻み始める。全編英詞は珍しいはずだが、《KABA》でBjörk、Red Hot Chili Peppers、Radioheadなどの名だたる楽曲をカバーしたキャリアは伊達では無い。小気味の良い曲調に合わせて艶やかに歌い上げる姿は、自身の楽曲かと思わせるほど風格あるものだった。20年以上も前にジャズクラブで披露されていた光景を想像し、デビューに至った必然性に思わず頬が緩んでしまう。開幕にぴったりなノリやすいグルーヴは、不意を衝くようにして野音に広がった異国情緒は、その愉しさでオーディエンスを徐々にほぐしていく。一人、また一人と、ステージから伝染したリズムに身を委ねて自由に身体を揺らし始めた。

 2曲目からは昨年リリースされた《JaPo》の収録曲である『AUWA』、『JAPONESIA』、『いとおしくて』、『ISLAND LION』が続き、会場を一転してエスニックな空間に変えていく。 “アーカーシャ ヤヤ キラ タラ チネ イクラムワタ ハ”(『AUWA』)、“アシャゲ ティラチ ヌバ ウェスティ ウガムカイ”(『JAPONESIA』)といった古語と方言の音感が清々しく反響する中、時折見せるダンスは、その穏やかな空気と調和して一体感を作り上げ、密な距離感が更に近くなった錯覚に陥らせる。背後でそよぐ大きな幕は豊かな自然を彷彿とさせ、照明は斜陽に、客席は草原の続きに見えた。『AUWA』のプロモーションビデオをそのまま投影しているかのような、幻に次ぐ幻。野音がUAの楽曲に支配されていくのを肌で感じる。途中のMCでは、長男の村上虹郎の元に居候していることを明かし、彼の部屋で見つけたという岡本太郎の沖縄についての著作を読みあげた。息子と南洋の島々への愛、これは《JaPo》のエッセンスの一つと言えるだろう。まるで、アルバムから溢れ出た感情を朗読によって昇華させているかのようで、言葉の端々を噛み締めるUAの顔つきは一段と真剣だった。その後も《JaPo》への深い思いが詰まったパフォーマンスは続き、導入と括るには贅沢すぎる余韻を残しながら前半の数曲をあっという間に駆け抜けていった。

 『Elm』、『Lightning』、『Melody lalala』、『記憶喪失』、『ドア』、『Love scene』は、いずれも10年以上前に発表された《SUN》、《Golden green》、《泥棒》からの珠玉の選曲だ。《JaPo》によって染められていた野音が、今度は幾多の演奏を経て洗練された楽曲たちの、格別な輝きに包まれていく。《SUN》、《Golden green》の優しくも壮大な雰囲気は、野外の開放感が加わってCD音源の何倍ものスケールで会場を揺らし、《泥棒》の地を這うような低音の世界では、一音一音の重みに圧倒されてしまう。相反する異界を忙しなく行き来することで、ジャンルレス、オルタナティブ、どの型にもハマらない幅の広いアーティストを観ている事実に気づかされる。気迫に満ちたバックバンドの演奏に合わせて、UAはマントのような衣装を揺らめかせながら、ギアをグンと上げて力強く歌い上げた。つられるようにして熱量が上昇した客席で、涼しげな表情の人はもういなかった。

 日暮れが近くなり、寂しさに囚われそうになる時間を彩ったのは、《ATTA》から『Purple Rain』、《JaPo》から『TARA』だった。リリースされた時期こそ離れているが、この2曲はどちらも、命、人間、自然、そして神仏といった掴みどころのないテーマが色濃く反映されている。民俗的な曲調と混じり合う歌声にはスピリチュアルな力が宿り、民話や説法のような歌詞を読み上げていく姿には、祈りに似た神々しさすら覚える。“水面に揺れるかすかな音は あなたがそこに居る音に似て”(『Purple Rain』)、“楽しみなさい心から 愛の喜び 赤い時間も安らげば たわむれられる”(『TARA』)。先ほどまで食い入るような視線で一点を見つめていたオーディエンスは、すっかり肩の力を抜いて聴き入っていた。

 「幸せジョニーに…なりたいな。」そんなUAの一言を合図に始まったのは、《アメトラ》から『悲しみジョニー』だった。イントロが鳴ると、シングルジャケットのワインレッドのドレスや、《アメトラ》の真紅の垂れ幕がパッと頭に浮かび上がる。どちらにしてもこの曲のイメージは赤。どっしりと構えたベース、鋭いギター、官能的なメロディー。どこを切り取っても情熱的で真っ赤な楽曲だ。“チンケな毒を舐めた”という乱暴な歌詞が絶妙に合う、日が落ちた暗い空の下で、眩しい熱が渦巻いていた。そして、サビに入った瞬間に照明がパッと明るくなり、その熱は客席を巻き込んで最高潮を迎える。ロックアレンジが効いたサビが鳴ると、大歓声の後、示し合わせたようにオーディエンスが立って拳を突き上げた。衝動的なスタンディングオーベーションだった。

 野音全体が『悲しみジョニー』の余熱を帯び、多くの人が立ち上がったまま《アメトラ》から『甘い運命』が鳴り始めた。打って変わって優しい楽曲だったが、ぼんやりと残った熱気は温かみのある演出として見事に生まれ変わった。『悲しみジョニー』が赤だとしたら、ピンクか黄色に近い暖色系の世界へと誘われている気分である。まさに、“生温い空気”や“淡い花びら”といった歌詞に溺れることができる最適の空間だ。オーディエンスはそれぞれ自由に、両手を上げて左右にゆっくりと振りながら、目を閉じて頭を小さく揺らしながら、全身を使って踊りながら、甘い運命に浸っていた。

 『悲しみジョニー』の冒頭、UAが悲哀を含んだ声色で呟いた言葉は、おそらく『悲しみジョニー』、『甘い運命』のプロデューサーだった朝本浩文氏に向けられたものだ。「浩文、聴こえてる?」と天を仰いで問いかける場面もあったが、ここまで多くの観客を魅了するパフォーマンスであれば、十分すぎるほど届いていたに違いない。

 最大のヒットチューンとも言える2曲を終えて、一旦幕を閉じるのかと思いきや、「田んぼを愛するみなさんへ。」という独特の語りの後、『黄金の緑』で再び《Golden green》に引き戻された。地球を鳥瞰し、マクロの視点から自然を歌ったかのような楽曲である。UAは終盤に歩みを緩めることはしなかった。むしろクライマックスだからこそ力の限りを尽くして、奥行きとスケールを見せてくれた。どこまでいけるのだろう、そんな高揚感の最中、本編のセットリストは終わった。

 鳴り止まない手拍子に迎えられてUAがバックバンドと再登場すると、軽快なテンポと共にアンコールの1曲目、Pharrell Williams『Happy』が始まった。開幕に引き続き全編英詞、今度は近年最強とも言えるポップスのカバーである。2回目ともなればオーディエンスのリアクションも早く、すぐに手拍子が起き、足でリズムをとる人もいれば、クネクネと踊る人もいる。言わずもがな、それぞれ自由なノリかたで楽しんでいる。間奏中、UAがバックバンドを順番に紹介した。コーラス隊の一人が、“微笑むまでキスをして 終わらない遊歩道”と『ミルクティー』の一節で応える粋な演出を見せたと思えば、UAがキーボードの誕生日を祝うサプライズもあった。UAとバックバンドのこれ以上ない信頼関係が垣間見え、微笑ましく、そして羨ましかった。

 『Happy』が終わると、バックバンドのメンバーがはけていった。会場には静寂が訪れ、UAが一人で話し出す。「今まで作った曲に、一番入っている歌詞は“虹”。」そう言って、“私の奇跡”と呼び込んだのは村上虹郎だった。虹郎がステージ中央の椅子に腰掛けてアコースティックギターを抱えると、その側にUAが立ち、《11》から『雲がちぎれる時』をセッションし始めた。虹郎は少々ぎこちない手つきでギターを奏で、控えめにコーラスする。UAは他のどんな楽曲でも見せなかった表情で、歩調を合わせ添えるように歌った。 “愛を覚え始めた鳥が雲を目指す 虹を探しだすまで 涙をこらえて 光が足りないよ”。そこに響いたのは、子のギターと親の歌声だけで、それ以外は何も必要ない静かな夜だった。

 アンコール3曲目、最後の1曲は「最近は電話しなくなったね。」とUAが呟いて始まった、《情熱》から『電話をするよ』。この曲がリリースされた1996年は、UA が虹郎を出産した前年に当たる。21年も前、電話が少ない連絡手段の一つであった時代に、“また電話をするよ キミに電話をするよ きっと電話をするよ たのむから僕をなぐさめて…”と歌った意味、そして今、大人になった子を前にして歌う意味は、きっと特別な何かが含まれていたはずだ。親子席には、より電話が縁遠くなる時代を生きる子供たちがいる。それぞれの世代が持つ『電話をするよ』への思いと、いよいよ終わりを迎える寂しさで、最後に起きた拍手はいっそうの切なさに溢れていた。

 照明が落ちたステージと徐々に人が居なくなる客席を眺めていると、忘れていた蒸し暑さを思い出した。どんな曲でも完璧に空気を作り上げるUAと頼もしいバックバンド、彼らに身を任せるオーディエンス。そして何より、野音のロケーション。どれもが心地よく、甘美なライブが終わってしまった東京は、ただの熱帯夜だ。次に来れるのがいつになったとしても、また何もかも忘れられるひと時のために、ここに足を運ぶと誓った。

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