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父と私、旅する夏

米津玄師『STRAYSHEEP』を羅針盤にして生きる

毎夏、ある日を境目に、煩かった蝉がぴたりと鳴かなくなる。ああ、今年も夏が終わるんだなと感じたその静かな朝、父の訃報が届いた。

家庭環境に恵まれず、寂しく育った父は、駆けつけようとする息子を待たず、最期もひとりでひっそり旅立ってしまった。

それでも、遅れて駆けつけた私の目に父の最期の表情が安らかに映ったのは、我が事で精一杯で、いよいよ死期が迫っている父に会いにいく事すらできなかった罪の意識が見せた幻かもしれない。

数年前、父の異変に気づいたのは離れた土地で暮らす私だった。脳血管性認知症。63歳の時だった。
当初、父の妄想は不況で傾いた自分の会社の借金や、資金繰りの入出金に焦るものがほとんどで、発症前の現実を引き摺り痛々しかった。しかし、その後病状は加速度的に悪化し、意識の混濁が更に深刻になり、15年以上前に亡くなった母の幻覚ばかりを見るようになったことで、皮肉にも私はむしろ安心した。
父が生きる覚めない夢が無間の地獄ではなく、本人が望む世界ならそれでいい。少し年上の美しい母を、父はとても愛していたから。
最後の瞬間まで、母とふたり一緒だったのなら、父の死はやはり孤独ではなく、その表情通り穏やかなものだったのかもしれなかった。

読経も戒名も要らないと生前から言っていた本人の意向通りの、葬儀とも呼べない葬儀を済ませ、父が居なくなった実感すら沸かないまま慌ただしく帰途に着く。

空港に向かう高速バスの中、疲れた娘達が寝たのを機に取り出したイヤホンから、再生途中だった米津玄師STRAY SHEEPの14曲目、『海の幽霊』が流れた。

その瞬間、私の耳に、イヤホンから伸びた音楽の触手のようなものが入り込んだのをはっきり感じた。
触手は身体のどこかに存在する魂をまっしぐらに鷲掴みして、波が渦巻く深い海にそれをどぼんと投げ込んだ。

私はここ何十年も思い出す事がなかった、ある夏の父の故郷の海の中にいる。
父が私を連れて、初めて深い海に潜った日の記憶。素潜りでどこまでも潜ることができる海育ちの父を追いかけて、私もどんどん沖まで泳ぐ。
本当は足の付かない海が怖かった。しかし先を泳ぐ父が時折振り返り、笑いながら深い沖へ向かうスピードは速く、置いていかれるのはもっと恐ろしくて必死に泳いだのだった。
沖の海は深く、潜れば潜るほど暗く冷たかった。水の音しかしない深い海に、父と2人。潜る岩壁には様々な生き物がへばりついていて、真っ暗で見えない陰にもその気配は濃厚だった。楽しげにそれを指差す父に手を引かれ潜りながら、わくわくすると同時にじんわりと死の恐怖を感じていた。その時の得体の知れない興奮と不安が突然鮮明にフラッシュバックした。

父は、あの海に還ったのだろうか。あの日のように笑いながら、何度もこちらを振り返って。

生命は代謝され、輪廻していく。新たな星が生まれる為に、役目を終えた命が海に還り、どこかで生まれる新しい星の養分となる。父の魂も循環の環の中に戻っていく。
バスに乗ってすぐ、末娘がバスの中に迷い込んで来たてんとう虫を指先に止まらせ、
「おかあさん、これ、じいじかな?」と言ったことについて考えているうち、イヤホンから流れるのはSTRAY SHEEP最後の曲、『カナリヤ』となる。

新型コロナウイルスで一層深く断絶された父と私の最期の数ヶ月。
友人や知人と共有できたはずの時間。
中止になったツアー。
コロナ禍で無くしたものに次々と意識が移っていく。

目印にしていた目的も、この先目指す場所も不明なまま足をひたすら動かして、前だと信じる方向へ歩くしかない毎日は、まるで迷い子だ。
道中、もっと大切な物を失うかもしれないし、私の何かが磨り減って別な人間になってしまうかもしれない。
不安だ。閉塞している。何かに祈りたい、何かを感じて、何かを頼りに生きていたい。

この、未曾有の混乱の中リリースされたSTRAY SHEEPというアルバムを、私は恐らく死ぬまで聴き続けるだろうと思う。人間の滑稽さ、醜さ、救いようのなさが、それだからこそ美しいと肯定される、今の自分がどんな自分でもフィットする曲が15曲の中に必ずあるアルバム。混乱の中に届けられた唯一の羅針盤。
でも、その中で『カナリヤ』だけは何故かどうしても真正面から聴けないでいた。

眩し過ぎる日向から逃げるように、曲をスキップする時すらあった『カナリヤ』が、その日は、寄る辺なくただふらふらと飛び立とうとする私を、今ここの現実に一旦引き戻し、優しく固定するように感じた。
あなたはここで生きていくんだよ、と、言われた気がした。
 

彼は歌う。
「あなたも わたしも 変わってしまうでしょう」
それでも
「あなただから いいよ」
そんな
「あなたを何より支えていたいと 強く 強く 思う」
だから
「歩いていこう 最後まで」
 

あなたが必要だ、あなたは生きていてもいいと言われたかった人は、彼岸と此岸の孤独な往来を経て、赦しを乞う人から、赦す人にシフトしていく覚悟を決めたのだ。そしてその与えられる赦しを受けるに値しないと怯える程に縮み上がっていたちっぽけな私すらも捉えて、この世の中で汚れながら生きていてもいいと、何も持っていなくても、何の価値もなくても、ただ生きていていいと赦してくれた気がしたのだった。

あっという間に到着した、もう父のいない故郷の空港。イヤホンを外し、再び荷物を抱え子供の手を引く。

苦痛や重圧から解放され、何も背負わず軽やかに彼岸へ旅立った父と、何の目的地もないまま、泥濘の様な不安の中をただ自分の足元だけを見つめ、子の手を引き髪振り乱し旅路を歩く此岸の私。

向こう岸から穏やかに振り返り、それでいい、それだけでいいよと父がお馴染みの深い笑い皺を見せて微笑む気がしたのは、今度こそ私の願望が見せた優しい幻だろう。
私は汚れながら、この混乱の中、赦されてまだ生きていく、最後に何も残らなくても。

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