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no more pain

BABYMETALへの想い

痛い。右肩の激痛に耐えながら、私は家で一人泣いていた。肩が動かすことができない。少しでも肩を動かせば、悲鳴をあげるほどの激痛が走る。6月から始まった右肩の痛み。

テレビの画像には、天使のような歌姫が映っていた。全身を金色の衣装に身を包んだ彼女は静かに歌っていた。会場全体は静寂に包まれ、誰もが彼女の歌声に耳を傾けていた。
   We are THE ONE
   Together
   We are the only one
この歌をまたコンサート会場で聴くことができるのだろか。そう考えると、涙が止まらなかった。
右肩の痛みが完全に治るとは、とても思えなかった。このまま右肩の痛みに耐えながら人生を送るのかと思うと、もう二度とコンサートに行けるとは思えなかった

もう、SU-METALとMOAMETALをコンサート会場で見ることはできないのだろうか。
勿論、今は新型コロナでそれどころでないのはわかっている。
でも、何時の日かコロナを克服して、また通常のコンサートができるようになれば、二人の優雅なパフォーマンスが復活する。

肩の痛みは6月から始まった。最初は肩が少し重く感じる程度だった。
それが、徐々に痛みに変わり、7月頃から右腕を動かすと肩に痛みが走るようなった。
近所の病院で診察を受け、レントゲンを撮ったが骨には異常なし。注射を打ち、数種類の薬を投与したが効き目はなく、症状はさらに悪化した。
肩が痙攣を起こすようになったのである。痙攣を起こす度に激痛が走り、私はうめき声をあげるようになった。

8月、近所の病院から紹介状を出してもらい、総合病院で診察を受け、そのまま入院することになった。最初の二日間は肩の痙攣が止まらず、不安しかなかった。レントゲン、CT、MRIの検査の結果、病名は頚椎症。首の骨が腕や肩の神経を圧迫して痛みを発症する病気。私の場合、首を動かすと肩の痛みが発生することがわかり、その後、しばらくは絶対安静になった。

入院している間、私はラジオを聴いていた。
FMの電波に乗って流れてきたのは、DAVID BOWIEの「HEROES」だった。
   We can be heroes, just for one day
この一節が好きだった。「僕らはたった一日だけならヒーローになれる」という歌詞。その歌詞を聴いて、私は THE ONEを思い出していた。「私たちは一つになれる」と歌われる THE ONE の歌詞。
二つの歌詞には希望があった。病気を克服すれば「一日だけならヒーローになれる」ことができる、肩の痛みが治まればBABYMETALのファンと「一つになれる」ことができる、そんな希望を少しだけ感じることができた。

右肩の調子は少しずつ良くなっていた。
注視と適切な薬の投与で、徐々に右肩を動かしても痛むことがなくなるようになっていた。でも、痛みは完全にはなくならなかった。三週間入院して退院する時にも、軽い痛みが残っていた。

今は自宅でリハビリをしながら、肩の回復に努めている。

でも、完全に肩が回復することはないだろう。薬で痛みを押さえているだけで、根本的な原因になっている首の骨が神経を圧迫するのを治療している訳ではない。根本的の治療をするなら、首の手術が必要だ。それは相当にリスクのある治療である。

おそらく、これからも肩の痛みは残ることになるだろう。
肩の痛みを克服して、コンサートに行くことができるようになるのは、何時のことになるだろうか。多少の肩の痛みであれば、私はコンサートに行くことをあきらめるつもりはない。

SU-METALの透き通る歌声と、MOAMETALの微笑の舞いを、コンサート会場で見ることを夢見ている。
   no more tears, no more pain, no more cry

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