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きみの夢はどこからきたの。Sexy Zone「それでいいよ」

心病める優しき人と曇りなき子どもの瞳

 「ねぇ それでいいよ
 いいよ いいよ
 どんな君だって それでいいよ
 きっと明日には 必ず笑える
 とびきりの笑顔で」

そんな優しい言葉から始まる歌がある。
Sexy Zoneの最新アルバム「POP × STEP!?」におさめられている1曲。その名も「それでいいよ」である。
わたしはこの曲が本当に好きで好きで大好きで、アルバムを車にのっけて流しててもついこの曲ばかりリピートしてしまくらい好きだった。まさにエンドレスリピートな1曲。
それくらいの珠玉のファイトソング、心をあたためてくれる1曲なんです。本当に。
歌詞をみて、「すてきな言葉だな~」と思った皆さま、ぜひ聴いてみてください。
メロディにのっかると数百倍よいです!
中島健人の透明感のあるハイトーンボイスのアカペラからはじまるやわらかで優しいメロディは、まるでただそこにあるだけでこちらの心をただただ肯定し、まるごとそっと包んでくれるような、穏やかで、素直で、シンプルで、それでいて気がつくとつい口ずさんでしまうくらい心に深い印象を残すうつくしさ。
たぶん3回くらい聴いたら、翌日の超忙しい朝に鏡の前独占して前髪セットに命をかける娘の後ろから「ねぇ それでいいよ いいよ いいよ……」と口ずさむ自分がいるでしょう(わたしです)。
とにかく、元気が出るすてきな1曲なのです。
ひょんなことから、Sexy Zoneというアイドルグループの楽曲とアイドル性に転がりおちたわたしは、とにかくかれらの楽曲とボーカルの素晴らしさに驚きました。これほんと「ジャニーズだから~」と手を出さないのは非常にもったいないと断言できます。
FMラジオばっか聴いてたからジャニーズ音楽に触れる機会がほぼなかったこの○十年。あぁもったいなかった。

とにかく「聴いて!」と言いたくなるこの曲なんですけれど、わたしがこの文章を書いてみようと思ったのは、この曲をどうしても届けたいあるこころ優しい人と出会ったからです。

その人は7歳になる末っ子の担任の先生。
日本中の学生がそうだったように、我が街の2020年新学期も波瀾づくしでした。
2020年、3月から学生はみなお休み、4月になっても新年度は始まらず、そろりそろりと始まったのは5月。
かの担任の先生(仮にA先生)とようやく「初めまして」したのは6月の半ばくらいだったかな。
「○○くん(末っ子)は本当に王道というか、正統派というか……すごくしっかりしていて、いつも助けてもらってます。」
家庭訪問がなかったかわりに行われた懇談であった。おそらく30代後半~40代くらいに見えたかのA先生はとても真面目そうで優しそうな女性だった。質問してかえってくる答えも的確だし、ちょっと顔色の悪いことを除けば特に目につくこともなく、じゅうぶん好印象といってよかった。
そんなA先生から発せられた「王道」「正統派」という単語。ひょんなことからジャニーズ沼に片足突っ込んでいたわたしは、突然のオタクカミングアウト欲求を前歯でせき止めた。いやまだ早い。「王道」といってもジャニーズアイドルのこととは限らない。カミングアウトしてもしそれが宗派違いだった場合、目も当てられない惨状になることはあきらかだった。加えて教室の外では次の順番を待つ保護者もいる。オタク話に花を咲かせている場合ではもちろんなかった。
「……はぁ、それはよかったです。」
結果、わたしの発した間の抜けた言葉は、がらんとしたふたりだけの教室に空虚に響き渡った。それがA先生との初めての出会いで覚えていることのすべてだ。

家に帰って末っ子に訊いてみた。
「A先生って何が好きなのか知ってる?」
「えぇ?」
オタク母の質問に末っ子は怪訝な顔をしながらも、
「きめつの刃かなぁ。」
と答えた。
「なんでわかるの?」
と訊くと「絵を描いてくれるから」と言う。なんでもなにかを頑張ると鬼滅の刃のキャラクターを描いて教室に貼ってくれるという。
へぇ~と思った。こういうふうに子どものやる気を出させてくれる先生はよい先生だ。
「でも……たまに保健室にいっちゃうけど。だからB先生がかわりに授業してくれる。」
ぽつりと付け加えた末っ子であった。
おや、と思う。
普段ならなんとも思わないが、このコロナ渦である。気になって
「体調悪いのかな?」と訊くと、
「なんか、こころの病気なんだって……でももう治ったって言ってたよ。」
末っ子の言葉に、わたしは思わずぎょっとした。まだ7歳の息子からまさか「こころの病気」という単語が出てくるとは思わなかったからだ。
息子いわく、A先生は以前務めていた学校で「こころの病気」を発症し、治療、療養した結果一定の回復をみたが、授業中など、つらかった事を思い出して体調が悪くなることがあるという。その際は保健室で休養しているらしい。
「校長先生がA先生を、うちの学校に呼んだって。うちの学校なら大丈夫だからって。」
けっこうな内容の内情を、子どもに話しているんだな、と思った。わずかに嫌な予感がした。
息子の口から出てくるくらいだ。もっとおしゃべりな女の子たちの親にもおそらく伝わっていることだろうことは予測できた。
案の定、しばらくのち、その件は保護者たちの間でちいさな騒動を起こした。「授業は大丈夫なのか」「うちの学校は療養施設じゃない」という保護者も幾人かはいた。しかし、皆口々にそうは言っても、学校に苦情の電話をかけたり教育委員会に談判しにゆく者の話はついぞ聞かなかった。
お土地柄なのか、息子の通う小学校の保護者たちは大半がおとなしく良識のある常識人で、残りの一部は学校にも子どもにも興味がなかった。校長先生の判断は実に正しい、と、転勤族でいくつかの学校を渡り歩いてきたわたしは思った。
そんな中、短い夏休みの前にふたたびA先生と懇談があった。
「わたしの体調がよくないこともたびたびあって、子どもたちには迷惑をかけてしまっているんですけれど………」
申し訳なさそうにA先生は言った。さすがにその話題に触れないわけにはいかなかったのだろう。
「でも、○○くん(末っ子)はわたしの体調が悪くなりそうな時いち早く気付いてくれて、『先生大丈夫?』って声をかけてくれるんです。お手伝いもたくさんしてくれて、本当にいつも助けてもらってます。」
教室には鬼滅の刃のキャラクターの絵がたくさん貼ってあった。相変わらず真面目そうで優しそうですこし顔色が悪い。そんな印象のA先生。
でもわたしはこの時、どうしても彼女に伝えたいことがあった。
それは、数日前。
寝たと思った末っ子が、ふとまた階段を降りてきてわたしに言った一言。
「ママ、学校の先生ってどうやったらなれるの?」
衝撃であった。
一番下の子らしく両親からは溺愛され、おっとりした姉とお調子者の兄をもち、それぞれの長所短所を見て学びながら育ったある意味最強末っ子であったが、一方で妙に冷めたところがあり、幼少のころから将来の夢を訊いても「それっていま決めなきゃなんないの?」と言い続けてきた彼である。
ついにきた、この瞬間が。
ドキドキしながらわたしは訊いた。
「学校の先生になりたいの?」
「…………うん。」
息詰まるような間があり、なにやら神妙な顔をしていたが、深くは訊かなかった。とにかく息子の心に初めて芽生えた夢のちいさな灯火を消さぬよう、わたしは「明日一緒に調べてみようか。」と言って息子を寝室に送り出した。
その話を、どうしてもA先生にしたかったのである。
お礼を言いたかった。息子がどうして先生になりたいと思ったのかそれは訊いていないけれど、でもいま息子が夢を持ってくれて、今わたしはとても嬉しいのだと。息子が「先生になりたい」という夢を抱いた今、彼の目の前にいた「先生」はあなたなのだと。
しかしあまり顔色のよくないA先生を見ていると、その話をして負担になるのではないか、という思いがわたしを踏みとどまらせた。
結果、また終始当たり障りのない話題を数分しただけで、懇談は終わってしまった。学校は夏休みに突入した。

そしてA先生が、短い夏休みが明けてからずっと学校をお休みしていると息子から聞いたのは、つい数日前のこと。
「でも、先生来てると思うよ。」
息子は、ぽつりと辻褄の合わないことを言う。
「なんで?ずっとお休みしてるんだよね?」
怪訝に思って訊いたわたしに、息子は答えた。
「だって、教室のうしろの黒板のメッセージが変わってたもん。」
教室のうしろの黒板のメッセージ。
そういえば懇談の時にA先生が言ってた。朝の会で話す内容をつい忘れてしまうことが多いから、うしろの黒板に書いておいて、見ながら話すのだと。鬼滅の刃のイラストを添えて描いたら子どもたちが喜んで、それを楽しみにしているのだと。
「だから来てると思う。」と息子は言った。
「そうか、なんて書いてあったの?」訊いたわたしに、息子はちょっと笑って言った。
「『新学期がはじまりましたね。なつやすみはどうでしたか?先生はクーラーのきいたへやでずっとゴロゴロしていました。』って書いてあった。クーラーのきいたへやでゴロゴロだって。ゴロゴロ………」
その時の、楽しそうな、おかしそうな息子の笑顔を、いまA先生に見せてやりたい、とわたしは強烈に思った。きっと息子は、A先生がすごく好きなんだろう。すごくすごく好きなんだろう。
先生はいま、とてもつらく苦しい自分との戦いの中にいるのかもしれない。
でもそんな中、子どもたちの好きなキャラクターを描いてあげたりして、一生懸命頑張っているところを、子どもたちは確かに見て、なにかを感じとっているのだと思う。子どもたちの曇りなき瞳は、心の病気だとかそんなことなどすっとばして、その人じしんの懸命な優しさを見抜いている。
「先生になりたい」と言った息子。
いまは、それでじゅうぶんです、先生。
息子はあなたを見て、なにかを感じ、夢を持ってくれたから。
そのきっかけをくれた先生にもう一度会えたら、必ずこの感謝の気持ちとともにこの歌を届けたい、と、わたしは「それでいいよ」を聞くたびに思うのです。

「ねぇ それでいいよ
 いいよ いいよ
 どんな君だってそれでいいよ
 何個でも言えるくらい知ってる
 君の素敵なとこ

沢山の願い 隠さないで
全部ありのまま抱きしめたら
見慣れない街の空も
グッと好きになれる
離れてしまっても
君に届きますように」

なにかで自信を失ってしまって、明日がくるのがちょっと憂鬱だなって思っちゃう人が、このただただ優しくどんな自分だって大丈夫なんだよ、とメッセージをくれるすてきな曲と出会ってくれたらいいと、わたしは心底思う。

なにもできないと思わないで。
自分なんてダメだと思わないで。
優しさのために傷ついて、それでも懸命に子どもたちのために頑張ってくれた先生が、息子の心になにかを届けてくれた。
だからそれでいいよ。
弱くたって、自信がなくたって、どんな君だってそれでいい。
君の素敵なとこを、懸命な優しさを、曇りなき子どもの瞳が知っているから。

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