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新生・安藤裕子が“一日の終わりに”見る世界

“孤独”から“個独”への飛躍

「UFOはいると思いますか?」
20代の頃。ある企業の採用試験の面談で、一通りの質疑応答の最後に
唐突に聞かれた。そんなアヤシイ質問されたら、フツーの感覚の人なら何かの
勧誘とかされちゃうんじゃないかと身構えて、入社の意欲も失せるだろう。
私も一瞬、頭が???になった。しかし、その仕事は“柔軟”じゃないときっと
続かない。たとえそれが眉唾物でも、頭ごなしに否定するのは無礼なだけだ。
自分の足で向かい、この目や耳で“真実”を突き止めたい、面白い事、珍しい
モノに出合いたい! そんなワクワクを心から楽しめる余裕がなければ、人を
感動させることなんか出来るはずがない。
だから私は、迷わず微笑んで答えた。
「いると思います。その方が夢があっていいので。」
それが効いたのか、面談を終え帰り着いたらもう、家の留守電(そんな時代の話)
に採用決定のメッセージが残されていた。

あの問い掛けに、逆を答えてたら・・・夢を絶たれた私は、どこで何をして生きて
いただろう? ファイナルアンサーでYESを選んだお蔭で、私の視界は一気に広がり、
お金では買えない貴重な経験を何度もできた。
今でもこの風変わりな問い掛けを、時々思い出す。そして“創造力には想像力が
何より糧となる”という教訓を得られた過去に、改めて感謝するのだ。

けれども、実際に入社して“好きを仕事に”したら、毎日の膨大な仕事量に追われ、
だんだん楽しめなくなっていた。その仕事が好きなのは変わらない。ただ、充分に
余裕を持って向き合う時間がない。私の頭にいたハズのUFOも、駆け抜ける暮らしに
圧され消えてしまった。こんな状態じゃ、私の手掛けたモノを楽しく感じる人なんかいない。
そのことに気づいてからというもの、しばらく“好きを仕事に”したことを後悔していた。

そして転機は、悶々としている最中に暮らしぶりが変わって訪れた。
仕事中心だった生活スタイルが変わり、自由になる時間を手に入れた。この時
“好きな事”と少し距離を取ったら、むしろ前より楽しめるようになれた。結果的に
仕事にも良い加減で取り組めるようになり、“自分”を取り戻せたのである。

******

「私が一番欠けていたのは、今一度、音楽を楽しむというところ」
「まず自分が音楽を好きになる、ワクワクすることを思い出すことが必要」

歌手・安藤裕子が長年所属したレコード会社を離れ、レコーディング活動を休止
した期間は、4年半に及んだ。
通算10作目のアルバム【Barometz】のインタビュー(※公式サイト2020.8/23付より
拝借)で彼女は、自ら活動休止を決めた理由をこのように語り、“健全な修正期間”
(本人談)中に様々な挑戦をして、“自分を取り戻そう”としたらしい。

ラジオ番組(※TOKYO FM/COSMO POPS STATION) にゲスト出演した彼女は、
“続けていくことの難しさ”について、こう表現した。
「シンガーソングライターは私小説家だったりする。でも自分という鏡を覗いても、
もうどこにもストーリーがなかった」
 

私はファンタジーが苦手だ。リアリストでもないが、身を削るような想いでリアルに
綴られた詞と、全身で感情を振り絞るボーカリスト安藤裕子が好きだ。
でも、新たな視点で音楽を作り始めた彼女が言わんとすることも、理解できる。なぜなら、
“あの時”の私と通じる点があるからだ。
“好きを仕事に”して、夢中で追求しすぎると、やがて心は枯渇する。そうなった時、
悪い流れを断ち切るには、一旦そこから離れてみるのが一番だ。そうすれば、形態が
これまでと変わったとしても、再び“ワクワクやドキドキ”を得られる道が開ける。私自身も
全力疾走する生き方を止めて初めて、それに気づけた。
彼女も似たような虚無感を抱いての充電だったのかと思うと、より親しみを感じる。

そして、彼女が思い立って長い充電期間を経て辿り着いた答えが、このアルバムなのだが。
これまでの“死生観を背負いすぎている”(本人談)安藤裕子から一転、“映画を撮る
ような”イメージで、“普遍的で誰しもが通るストーリー”(本人談)がモチーフに。
その想いは、アルバムジャケットの“羊”の絵にもこめられている。本人が繊細なタッチで
描いた“羊のなる木(=バロメッツ)”は、ヨーロッパ人の誤解から生まれた“伝説の植物”。
当然実在はしない。しかし、“もしかしたら何処かにいるのかも?”とふと想像を膨らませる
心の余裕、それが今“こんな時代”だからこそ、実は必要なのかもしれない。

先行配信シングルとしてYouTubeに公開された『一日の終わりに』のMVは、7分28秒という
大作である。役者仲間の斎藤工が監督、脚本、一部の撮影を担当し、若手注目株の
門脇麦と宮沢氷魚が歌の世界を演者として表現した、まるでショートフィルムのような
見応え。
パンデミック100年周期説が囁かれる中で起きた今年の新型コロナウィルス大流行。
それを踏まえての作品なのか、100年後にも再び疫病がこの世を閉ざしてしまうという
設定で、孤独に生きる男女の想いが表現されている。
“一日の終わりに”独り。でも誰か想う人がいるだけで心強く感じられる。
そんなラブストーリーを、安藤裕子のファルセット気味の歌声が優しく強く包み込む。
かと思えば、幻想的で甘美な夢に酔いしれた最後の最後、一気に“現実”に引き
戻されてしまうのも、エスプリが効いて面白い。

私はこの作品に触れて、“吟遊詩人”という言葉がふと頭に浮かんだ。
彼女はこれまでの自分を前述のラジオ番組で“私小説家”と表わした。
その役目を自ら終わらせ、生まれ変わった安藤裕子は今後、恋愛や民衆的なシーン
を唄う“吟遊詩人”になり得るのでは?
新生・安藤裕子が表現者としてどのように移り変わるのか、楽しみに見守りたい。

そう言えば。
“山羊のなる木”(=アルガンツリー)なら、実際に“ある”のを思い出した。
モロッコの砂漠地帯にそびえる大きな幹に、“実りに実った”山羊の群れ・・・あの景色
(動画で観ただけだが)は感動モノ。

だから“羊のなる木”も“UFO”も、もしかすると何処かに、この時代に、“存在”する!
のかもしれない。

<君がいないなんてない>

(※<>内は『一日の終わりに』より引用/Al. 【Barometz】収録)

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