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バトンをわたすようなつもりで

あいみょんを好きな、小学校に通うみなさんへ

この作文を、いま小学校に通っている皆さんに読んでほしくて、わたしは書きはじめたところです。

1年生と6年生とでは、知っている漢字の数がちがうし、読みたくなる「文章の長さ」もちがうでしょう。わたしは小学校の先生ではないので、ハッキリと「これは〇年生のために書いた作文だよ」と言うことができません(使う漢字や、文章の長さなどを、だれかのためにコントロールすることは苦手だということです)。

ある人は、この作文を読んでいる途中(とちゅう)で、くたびれてしまうことでしょうし、ある人は「なんだか物足りないなあ」と感じるでしょう。最初にあやまっておきますね、うまく書けなくてゴメンなさい。

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いいわけをするようですが「みんなに気に入られること」って、とても難しいんです。作文にかぎりません、歌を歌っても、工作をしても、それを「みんなから」ほめられることは、なかなか、ないものです。

でも逆の言い方をすれば、だれひとり、あなたのことを好きになってくれないなんていうことは、ありえません。あなたをみとめてくれたり、はげましてくれたりする人が、どこかにいるものです。

わたしが言いたいのは、そういう「だれか」がいることを、どうか信じてほしいということです(いまは、近くにいないだけで、次の曲がり角で待っているかもしれませんよ)。そしていつか、だれかにとっての「たったひとり」に、つまり、さびしがっている人をはげませるような大人に、できれば育ってほしいということでもあります。

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あなたは、あいみょんの曲が好きですか。わたしは、とても好きです。大ヒット曲の「マリーゴールド」や「ハルノヒ」だけでなく、いろいろな曲を気に入っています。

でも、わたしがあいみょんの曲を聞きはじめるまでには、39年という、とても長い時間が必要(ひつよう)でした。そして、そのあいだには、とても悲しいこと、つらいこと、もう消えてしまいたいと思うようなことが、じつは何度もありました。あいみょんの曲にかぎらず、どんな音楽も聞く気になれないという時さえもありました。

「自分にも、そういう時が来ちゃうのかな…」と、あなたに不安を感じさせてしまったかもしれませんね。たしかに、なんの悲しみも味わわずに、人が生きていくことはできません。それでも、わたしは、悲しい20代、30代を過ごしたからこそ、いま、心から何かを「好きだ」と言えるオジサンになりました。もうじき40才になりますが、小学生のころにもっていたような心を、とりもどしつつあるように思えます。

もう、おそいかな? そんなことはないよね? こんな風に大人も、子どもにみとめてもらうことを、望んでいるものです。

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小学校に通う6年というのは「春」にあたるのではないかと、わたしは思っています。種をまく季節(きせつ)です。

種からは芽が出て、梅雨(つゆ)や暑さに負けずに育っていきます。やがて秋の風に吹かれ、寒さにふるえ、一度は、葉っぱが落ちてしまいます。でも、また春が来て、ミドリの季節がきます。種さえまいておけば、人は悲しみをのりこえて、いつかまためぐる「春」をむかえることができます。

人は毎日、いろいろな形で「種をまいて」います。勉強(べんきょう)やスポーツをがんばることや、友だちと遊ぶことが、その例としてあげられると思います。でも、なにかに打ちこむエネルギーがなくても(つかれていても)べつの形で種をまくことはできます。

好きな曲を聞くこと、口ずさんでみること、その歌詞(かし)を紙に書いてみること。そうやって「なにかを好きになれる自分・好きなものを好きでいられる自分」を守ることができれば、葉っぱの落ちるような辛い思いをしても、いつかまた、なにかを好きになれます。

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あいみょんのニューアルバム「おいしいパスタがあると聞いて」が出ましたね。もう買いましたか。

おこづかいが足りなくて、買えていない人もいるかもしれません。「せっかく、あいみょんを好きになれたのに、アルバムを買えないなんて悲しいなあ」と思っている人もいるかもしれません。だから、わたしは、この場を借りて、アルバムの最後をかざる曲「そんな風に生きている」の歌詞を、引用(いんよう:だれかの言葉を借りること)してみます。

<<その気になれば私だって>>
<<不幸みたいな顔はできる>>

この部分を聞いた時、わたしは「あいみょんだって、自分のことをみじめに感じようと思えば感じられて、それでも、それではつまらないから<<不幸みたいな顔>>はしないでいるのかもな」と考えました。それは雑誌(ざっし)のインタビュー記事(きじ)を読んでいて、感じたことでもあります。

あいみょんの強さに感心したというより、あいみょんですら<<不幸みたいな顔はできる>>ということに、少しホッとしたのです。すごく強い人はいませんし、なにもできない弱虫も、この世界にはいないはずだと、わたしは思います。

<<生きてゆく術は人それぞれ>>

あいみょんと私とでは、日々、見ているものや、できることが、ずいぶんとちがいます。あなたと私とでも、それはきっと、かなり、ちがっていますよね。

でも、みんながそれぞれに、ちがっているということは、ある意味、手をつなぎあっていることだとも、わたしは考えています。みんなが<<人それぞれ>>の生き方をしていて、相手のことを全部は分からないからこそ、わたしたちは「おたがいに、なんとか生きていこうね」と言い合えるのではないでしょうか。ちがう場所で、ちがう心をもっているからこそ、わたしたちは、きずつくことがあるし、同時に「かけがえのない自分」であることもできる、そうは思えませんか。

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あなたの心には、あいみょんの新曲が、そのメッセージがひびきはじめましたか。

もし何かを受けとれたなら(むねがジーンとしたり、ワクワクしてきたりしたなら)、その心に、種が植わったはずです。これから先、いやなことがあって「音楽を聞いている場合じゃないよ」と思うことがあったとしても、その向こうに「また、あいみょんを聞いてみようかな」と思える日が、きっと待っていますよ。

そのころ、あなたは(わたしよりも上手に)作文を書ける大人になっているかもしれません、そしてCDを買えるくらいのお金を持っているかもしれません。あいみょんは、きっと歌いつづけてくれているだろうけど、もっと若いアーティストも、生まれていることでしょう。できれば、その「だれか」が放つメッセージを、自分よりも小さい人に、届けてくれませんか。

人をはげますというのは、かんたんなことではありません。だれかをはげましたい人と、だれかのはげましを求めている人、その間に「音楽」があるのだと、私は考えています。音楽は、橋のような役割(やくわり)を持っていると考えるのです。

<<少し寂しそうな君に こんな歌を聴かせよう>>

あいみょんも、その作品「君はロックを聴かない」のなかで、同じようなことをしようとしています。だれかに曲を、そのメロディーや歌詞を紹介(しょうかい)するというのは、あなたの優しさにアーティストの応援(おうえん)が加わった、すばらしい「協力」になると、私は思います。どうか、好きなアーティストと力を合わせて、自分よりもエネルギーのない人を、そっと、はげましてあげてください。

あいみょんは、雑誌のインタビューで、こんなことを言っています。

<<自分は自分の風に乗って生きていくよっていう。>>
<<今まで歌ってきた曲、今まで出した楽曲、そんな風に生きて、音楽を作っています、っていう。はい。>>

あなたがミュージシャンには、べつになりたくはないのだとしても、口ずさむメロディーや、日々、だれかと交わしている言葉、そして、単に「何とか生きている」という事実(じじつ)、それはきっと「風」になって、あなたを遠くまで運んでいきますよ。

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長い作文を読んでくれて、どうもありがとう。あなたが楽しい小学校生活を送れるように、好きなものを、たくさん見つけられるように、わたしは遠くから応援しています。

※<<>>内は
あいみょん「そんな風に生きている」「君はロックを聴かない」の歌詞
雑誌「ロッキング・オン・ジャパン」2020年10月号(71ページ)より引用

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