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部屋のタンスのための静かな音楽。

5時間半24曲のブライアン・イーノ。

ほとんどの音楽には主張があるのだと思う。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンはバンド名通り、システム社会への怒りの音楽である。レイジ以外にも、ロックには動機と主張を伴う音楽アルバムがたくさんある。パブリック・エネミーの音楽は、レイジと同じく存在そのものが社会への反抗だ。「パンク・イズ・アティチュード」を生きたクラッシュのジョー・ストラマーも、生涯を通じて、現代に生きる我々を扇動していた。彼らは、主張のためにロックや音楽があった。ロックという武器を用いて、この世の不条理と戦ってきた。

ブライアン・イーノの音楽はどうか。現在、彼はテクノ・ミュージシャンではないが、もっとも多くのアンビエント音楽を生み出している。彼の音楽には、主張というものがない。音楽を武器にしないだけで、イーノ自身はリベラルな人間だという。2018年、彼はCD六枚組の『ミュージック・フォー・インスタレーションズ』という未発表曲を含む新作を出した。一曲目の「カザフスタン」から、ゆったりとしたアート風のアンビエントである。それは「ザ・リタン・ベルズ」も「ファイヴ・ライト・ペインティングス」も、基本的に同じで、かれの音楽は絵画のように空間や奥行きを表している。
イーノは1979年の『アンビエント1』から、空間のための環境音楽を作ってきた。そこには、幾多のミュージシャンの発する怒りや主張はない。音楽そのものが彼のイデアであり、音楽そのものが主張なのだと思う。音楽は彼の武器ではない。イーノにとって音楽は絵画であり、なにを言いたいかではなく、なにが描かれているか、を見て(聴いて)欲しいのだと思う。それより前の『テイキング・タイガー・マウンテン』『アナザー・グリーン・ワールド』はアンビエントに至る前の段階だが、この時期の作品のクオリティの高さは素晴らしい。クラスターのメンバーとコラボしていた時期のものである。
その時期のイーノの音楽はかなりポップだが、煩悩にまみれたロック青年にありがちな俗っぽさがない。だから彼はロキシー・ミュージックを追い出されたのだろう。イーノは純粋に音楽のことを考えていた。思想はあったが、思想は音楽に持ち込まれなかった。彼の音楽そのものが、彼自身だった。
私は高校生のとき、『アンビエント1』を聴き、その色気の薄い音楽に拍子抜けしたことを覚えている。正直、退屈であった。煩悩に溢れていたバカな高校生には、早かったのだろう。イーノのアンビエントは、大人になってから聴くものだろう。人間の脳細胞は年を取るにつれて機能低下していく。欲望にまみれた多感な若者はイーノに向いていないかもしれない。
「ノン・ミュージシャン」を自称するイーノは音楽をほぼシンセで作っているという。イーノにとって音楽は主張の場ではなく、カンバスにペイントする行為だった。私を含めみんなの部屋には家具がある。家具は音楽を聴かない。タンスも布団も私のせまい部屋にあるが、音楽を聴いているわけではない。でも、エリック・サティもイーノも流れている。別に、演奏が鳴っている間、トイレに行ってもいいのだ。純朴なロック青年が聞いたら激怒すると思うが、サティやイーノの音楽は、音楽そのものが家具であり環境である。
サティのピアノ作品の曲名は「なまこの胎児」「ひからびた胎児」「風変りな美女」「官僚的なソナチネ」という、ユニークなものだ。ピアノ作品自体も素敵だけど、音楽じたいに何かサティ自身の思想が籠っているわけではない。それはイーノもそうだった。仮に、『ミュージック・フォー・インスタレーションズ』でイーノが何かを主張したかったら、CD六枚組24曲5時間半という構成になるはずがない。2018年のこの音源も、環境とそこにあるもののためのもの。意味を考える性質のものではない。若い青年がリビドーを抑えきれなかったら、プリティー・レックレスを聴けばいい。CD六枚組の『ミュージック~』は、血気盛んで若い人間のためのものではない。
極端な話、イーノの音楽はすべて同じものだと言えるかもしれない。ゆったりとしたシンセ音楽の大量生産、という意地悪な見方もできないことはない。でもそういう物言いは、イーノの音楽について適切じゃない。彼は、音楽のための「非音楽」なのだと思う。彼の「非音楽」がステレオで鳴っている間、うたた寝をしたり家事をしたりしてもいい。ガンズ・アンド・ローゼズやエアロスミスのライブの最中にくしゃみをしたりおしゃべりを始めたら、周囲から顰蹙を買うだろう。イーノの音楽には目的はない。彼自身に思想はあっても、彼のアンビエントは特定のイデアはない。
イーノのアンビエントは万人のためのものじゃない。特定の人間のためのものだ。環境に音楽を求めたい人、音楽に煩悩や性欲の行きどころを求めない人、音楽に目的を持ちこまない人間のためのものだ。そういう人たちのために、イーノはアンビエントをつくる。世の中はネット上、SNSも含め、やかましい。ネット上の愚にもつかない書き込みをわざわざ見てコメントする人間は、イーノを聴かないだろう。いつも心にカンバスを持ち、常に創り出したい人間のためにイーノがいるのである。

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