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2017年10月5日

ぴょい (25歳)
37
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菅原達也という人の音楽に寄せて

私が今人生で一番楽しい日々を過ごしている理由

私は幼いころから音楽,特に邦ロックと呼ばれるジャンルの音楽が好きで,おそらく人より多くの音楽やバンドを知っている,と思う。
2017年3月,私は自分の生活をガラリと変えてしまうような,そんな人に出会った。
め組というバンドのボーカル,菅原達也という人である。

私がめ組・そしてそのボーカルである菅原達也という人に出会ったのはJAPAN COUNTDOWNという番組のオープニングで流れた,
め組の代表曲のひとつ,「悪魔の証明」という曲だ。

「合言葉は ちゅるりらら」
その不思議でキャッチ―な歌詞に惹かれ,私は菅原達也という人の作った音楽,つまり,「め組」と
「さよなら、また今度ね」というバンドを知り,私の生活は菅原達也の音楽に満ちた日々となった。

彼の書く歌詞には何とも形容しがたい魅力がつまっている。
「菅原達也らしさ」としか形容のできない魅力の一つは,なんともかわいらしいカップルの日常のような歌詞だと思う。

僕がマリオで君がピーチ姫さ
毎回毎回クッパにさらわれちゃって
迎えにいって愛を確認するような
そんな定期的な何かが欲しいな 欲しい
(配管工と姫と怪獣の歌 / さよなら、また今度ね)

ニトリで買ったかわいい布団 セミダブルサイズの少し大きい布団でさあ
この布団をひとつの国だとしよう 国民は僕と君で成り立っている
小さくて心配な国だけど今唄っているこの歌は国家にしよう
まず大好きで互いに都合のいい法律を 作ろう作ろう作ろう
(in 布団 / さよなら、また今度ね)

「恋をするとお腹がポカポカするの」
踊りながら君は僕の耳元でそう言う
僕はたまらなくなり
君を抱き上げた
(クラシックダンサー / さよなら、また今度ね)

あーこのままずっと
2人だけしかできない事したい
もう 海で泣いて 肩寄り添って
イメージしてた全部が 君となんだよ
(HEARTFUL / め組)

お顔が近い時の愛するべき君の綺麗な目
君は美しいから僕はもうわからなくなるよ
頭からくるぶしまで全部愛してやるよ
そんな事思っていた 思っていた
(2人のキャッシュカード / め組)

あげればキリがないほど,菅原達也の書く歌詞には愛があふれている。
もっと言うならば,愛したい・愛されたいという気持ちがあふれているように感じる。
その愛への思いを,難しいことばではなく,やさしい言葉で,でも素直ではなく,
少しゆがんだ言葉で表現する。たとえば,踏切に注文したりする。楽しくて大好きな曲の一つだ。
とにかくその表現の仕方そのものが,私の感じる菅原達也の書く歌詞の魅力のひとつだ。

大なり小なり色々なことを経験してやっと四半世紀を生きた私にとって,菅原達也の歌詞は
良いことばかりをもたらすわけではない。自分の愛や恋人,周りの人に対する考え方の汚さと
彼の歌詞を比較してしまって,自分があまりに汚れていることに本当に嫌になることは間々ある。
世の中にはこんなにかわいい歌詞を書く人がいて,きっとこの歌詞みたいな生活を送っている人も
たくさんいるのに,どうして自分はこんな恋愛しかできないのだろう。と考えてしまう。
それでも私が彼の曲に耳を傾けるのは,自分もあんな風に純粋でまっすぐになりたい,そんな気持ちがあるからだろうか。

そんな菅原達也が現在率いるバンド,「め組」の新しいアルバムから,「ござる」のMVが先日公開された。
ライブでは「壮大なラブソング」だと言っていただろうか。
最初にライブできいたときには,正直自分のキャパシティを超えていたというか,とにかく消化ができなかった。
これまでに聴いてきたかわいくてポップなラブソングではない。「世界」という言葉が出てくることにもあるように
壮大で,本当に全身全霊で歌っていて,とっても大事にしている曲なんだということだけは理解できた。

MVが公開されて繰り返し聴くことができるようになり,自分なりに歌詞を書きとめて何度もじっくり読み返した。
1番のAメロと2番のAメロは対照的に感じるけど,それでいいのだろうか。
「世界がとうとう半額になっても」って,どういう意味なのだろう。
「世界がハイハイした時 僕はもうよちよち歩いてたんだよ」って,どう解釈したらいいのだろう。(だって,世界より自分が先に生まれることなんて,あるのだろうか,などと無駄に現実的なことを考えた)

とにかく彼の歌詞はわかるようなわからないような,分かった気になっていても結局本質は見抜けていないのだろうな,
とある意味不安になってしまうものが多い。愛以外のことを感じられない,というか,感じられてはいるが理解ができていないのだろう,と自分の思考の不十分さを度々嘆いている。

そんな思いを抱きながら,今月のロッキングオン・ジャパンのインタビューに目を通す。
読み終えて,彼の音楽を聴いているときのように,わかったような,わからないような,消化不良の気持ちになる。
(引用しようかとも考えたが,変な先入観などを与えたくないので,引用はしませんでした。)

音楽に対して様々な考え方があると思う。
自分の好きな音楽すべてを理解したい,音楽で元気になれる,音楽がないと生きていけない,
音楽に救われた,音楽で自分の人生が左右された。様々なリスナーがいるだろう。

私は,自分の思考を整理したくてこの文章を書いた。そして,楽曲のすべてを理解する必要はないのではないか,
そういう結論に達した。
何度彼の曲を聴いたとて,彼の恋愛観や世界観を完全に理解することはできない,だって本人ではないのだから。
理解できたとて,それに対する解釈や抱く感想は絶対に人それぞれだ。

たとえば実際の歌詞の意味を知って,それが自分の解釈とはまったく違うものだったとしても,私は自分の解釈だって大事にしたい。
音楽を聴いて,ただそれを飲み込むのではなくて,それの本質を知ろうと頑張りすぎるのではなくて,
自分なりに解釈して飲み込んで,幸せになって,またそのバンドを好きになりたい。

そういう風に思わせてくれたのは,菅原達也であり,「ござる」の歌詞だ。

「何かの言葉にしてつまんなくしないでよ ねえ」
「君と分かち合いたいだけでござる」
「素敵な歌を唄いたいだけでござる」

「何かの言葉にしてつまんなくしないでよ ねえ」の前には,「なんの得もないように見えるやりとりを そう」
という歌詞がつく。だけど私は,「な何かの言葉にしてつまんなくしないでよ ねえ」の部分だけを切り取って,
何かを無理に言葉にする必要はないのだ,と菅原達也に励まされた気持ちでいる。
たぶんこの解釈は彼の思惑とは違うし,彼がこの曲に込めた思いを全部全部理解したいけれど,
自分なりの解釈が今の自分を強く励まし,元気づけてくれたこともまた私にとっては大きな事実なのだ。

2017年ももう残り少なくなってしまったけれど,今年,私は彼に出会えて本当に良かった。
音楽に対する価値観を変えられた。愛に対する価値観を変えられた。
自分のことが大嫌いになったけれど,彼の音楽に,ライブに元気づけられて,今,人生が最高に楽しい。

ヒットチャートに並ぶような,フェスにたくさん出るような,入場規制を各地でかけるような,
そんなバンドではまだ無いけれど,絶対にたくさんの人が彼の歌詞に惹かれると私は確信している。
もしも私の文章を読んで,菅原達也に,め組に,興味を持ってくれた人がいたら,私は幸せだ。

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