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The Weekndが示した〈依存〉と〈恐怖〉

2020年上半期ベスト〈アルバム〉『After Hours』

 2020年上半期ベストセールスを記録したThe Weekndの新アルバム『After Hours』のリリースから6ヶ月が経とうとしている。TikTok上を中心に日本でも今もなおヒットを続けているリードシングル『Blinding Lights』も、先日のVMA授賞式のオープニングナンバーとして披露され、見事に最優秀ビデオ賞を獲得した。

 今はストリーミングの時代。そしてシングルの時代。そのため、〈アルバム〉という単位を忘れかけている音楽リスナーも多いのではないだろうか。現代の若者世代にこの種の話をすると、〈アルバム〉の意味すらわからないことも珍しくない。しかし、そんな時代だからこそ、この『After Hours』は〈アルバム〉単位での作品として捉え、聴いていただきたい。

 彼のサウンドや歌唱は、世界に衝撃を与えた初期のミックステープの段階で既に完成されていたわけだが、もちろん今回の作品にも受け継がれている。と同時に、エルトン・ジョンの名曲『Your Song』のメロディー、リリックを引用したり、これまで以上にシンセディスコを大胆に取り入れたりと、完成された過去のThe Weekndと、大衆を意識し幅を広げた未来のThe Weekndの交差も楽しむことができる。『Blinding Lights』を中心に、本作が日本でも受け入れられ、ロングヒットを記録している一因として、この未来のThe Weekndの存在が大きい。大衆を意識してソングライティングをすると、「大衆に媚びた」「売り上げを優先した」など冷たい意見が出るものだが、今のところそういった意見は目立たない。彼のやりたいもの、そして世界が求めているものが完璧に合致した作品と言えるだろう。

 リリックのテーマは一貫している。それは、〈依存〉と〈恐怖〉。薬物に〈依存〉し、パートナーに〈依存〉する。しかし何も信じられなくなって〈恐怖〉に陥る。この〈アルバム〉はその繰り返しなのだ。『Blinding Lights』も例外ではないのだが、この曲単体では本当の描写を捉えることはできない。同曲の一曲前に収録されている『Faith』が重要になってくるからだ。この『Faith』では、中毒性の高いトラップサウンドで薬物とパートナーの〈依存〉を過度なほどに表現した後、アウトロで驚きの展開を迎える。エコー、リバーブ、ディストーション、「これぞThe Weeknd!」という要素を徐々に開放していき、サイレンが鳴る中で「ついに俺は輝く車の後ろに乗せられ 街の煌めきが顔を照らす 光がまた俺の目を眩ませる」*と不穏に歌う。そして流れてくるのが『Blinding Lights』。『Faith』でおそらく薬物中毒により救急車に乗せられたはずのThe Weekndが、次の曲では夜のラスベガスでベンツを乗り回している。この2曲を把握したリスナーは、『Bliding Lights』のイントロで〈恐怖〉を感じるようになるはずだ。「薬物でぶっ倒れても不死身で夜の街に帰ってきてるのか?」「”Lights”とは街の光というより、薬物による幻覚作用を指しているのでは?」「そもそも『Blinding Lights』自体が幻覚なのでは?」と。

 我々はスターでもないし、日本に住んでいる以上薬物の感覚もわからない。しかし、堕落しきって〈依存〉と〈恐怖〉が共にある状態こそが『After Hours』なのではないだろうか。彼はそう示してくれたように思える。皮肉にも、2020年は多くの店、さらには人々の心までもが『After Hours』になってしまっている。気づかないうちに、リスナーはこの〈アルバム〉に〈依存〉し、この〈アルバム〉に混沌が続く〈恐怖〉の払拭を求めているのかもしれない。

*『Faith』歌詞より意訳。

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