4024 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

かつて「前線」で伴に闘った友へ

ヒグチアイの歌声に呼び覚まされた記憶

<<やらなくちゃ わかってるけど>>
<<やればできる そんな才能もないでしょ>>

随分と昔のことになるけど、深夜のファミリーレストランに友だちと居座って、夢を追う者同士、夜通し勉強をしたことがある(もっとも私は徹夜まではせず、たしか明け方に家に帰ったように記憶している)。

彼は「このままで朝を迎えたら負ける」と言い、私も同じようなことを口にした。それきり私たちは、ほとんど言葉を交わすことなく、それぞれの課題に全力で向き合った。彼が追うのも、私が追いかけるのも、途方もない「夢」であり、頑張ればそこに届くという確信のようなものは持たなかった。自分たちが才など持たないことは分かっていたけど、それでも夢見てしまった以上は、やるしかなかったのだ。

***

今にして思えば、ファミリーレストランの店員さんからすれば、儲けにならない迷惑な客だったのではないだろうか。私たちはドリンクバーしか注文せず、それだけの料金で長時間、席をとっていたわけだから。いかに閑散とした深夜帯だったとはいえ、そして(せいぜい)2~3杯のコーヒーしか飲まなかったとはいえ、身勝手な若者だったなと反省している。

ただ思うのは、ヒグチアイさんが歌うように、深夜のドリンクバーというのは、ある種の優しさを宿しているものだということである。それを体感できたという意味では、あの夜を過ごしておいて良かったのかもしれないとも考える。

<<深夜3時 ファミレスの ドリンクバーは優しい>>

ヒグチアイさんは(私などが言うまでもなく)非凡な作詞者だけど、ドリンクバーという無生物を「優しい」と形容した、楽曲「前線」は最高傑作のひとつだと思う。この詞には、何かを肌身で感じなければ得られない感懐、つぶさに己の心を見つめなければ気付きえない光と闇が溢れている。たしかに深夜のドリンクバーというものは(そこでコーヒーなどをカップに注ぐひとときは)束の間の安らぎを与えてくれるものだ。その安らぎは幾分、歪なものではあるのだけど。

***

<<一丁前にフラストレーション>>
<<たまっちゃって すみません>>

若者が夢を追う日々には、ある種の恍惚が伴うし、同時に不安やストレスが付きまといもする。そう経験上、考える。いつか自分は一角の人間になれるかもしれない、そんな期待が強まることがあるし、自分なんか何者にもなれないのではないかという焦燥が募ることもある。それでも私と友人は(互いに「フラストレーション」をためこみながらも)温かな連帯の意識を持ちもして、そこで時間を共有した。ファミリーレストランの一隅に、確証を伴わない、淡い希望の照明が灯っていた。

***

そして今、私は39歳という「とうに青年期を終えてしまった時節」を迎え、無名の・凡庸な人間として日々を過ごしている(少なくともヒグチアイさんのように、多くの人に「何か」を届けられる人間には育てなかった)。鏡に顔を映すことに、大袈裟な言い方をすれば、恐れのようなものを感じることがある。夢を叶えられなかった中年男は、一体どのような顔をしているのだろうかと、自分でも怖くなることがあるのだ(友人のほうが夢を叶えられたかは、ここに書くことを避けたい)。

<<選んだことに間違いはないと>>
<<きみは笑ってた>>

いつか私にも、そんな風に笑える日が来るのだろうか。たしかに夢を見たこと、それを追ったこと自体は、間違いではなかったと(今でも)思う。そもそも「間違った生き方」などというものは、原則的にないのではないだろうか。それでも私は、本当に、自分の持つ全てを燃やし尽くすように努力できたのだろうか。そういう意味で、辿ってきた道を振り返って悲しくなることはある。

***

それなら夢を叶えた人、たとえば目標としていた職業につくなり、何かのコンテストに入賞するなり、好きな人と結婚するなりした人、その全員が幸せかというと、一概にそうとは言えない、そのくらいのことは分かる年齢になった。かつて夢見ていた場所というのが、その場に身を置いてみると案外、寒々しいところだったというような声を、私は何人かの知己から聞かされたことがある。夢を叶えた人には、それ相応の苦労がつきまとうし、叶えられなかった人は、その挫折から立ち直るのに時間を要する。

<<隣を追い越していく人も 遠く離れていく人も>>
<<誰もが立っているんだよ 自分だけの前線へ>>

私が今、心から感謝できるのは、あの夜、ファミリーレストランで落ち合い、ドリンクバーで注いできたコーヒーをすすりながら、同じ卓で勉強をした友人である。そして私が肯定できるのは、ドリンクバーという場所の「優しさ」に気付ける程度には、努力をし、感覚を研ぎ澄ませていた、かつての自分である。

***

<<今更 夢を見るな>>
<<果たせない約束はするな>>

ヒグチアイさんが、そう力強く歌うように、私も自分に言い聞かせている。本気で頑張る気概がなければ、大それたことを願って赦されるような歳ではないだろう。いま疲れ果てた心身を引きずるように、辛うじて生き残ってはいる私は、もう一度、走り出せる時が来るのだとしたら「いつかの自分のため」に闘いたい。

<<逃げるな 逃げなければ>>
<<その場所が前線だ>>

※<<>>内はヒグチアイ「前線」の歌詞より引用

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい