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第2回 入賞 | 2016年10月24日

小田淳治 (27歳)

James Blakeがいる場所~『The Colour In Anything』に至るまで

 この文を書いている現在、James Blake『The Colour in Anything』について詳細に語られているメディアがあまり見当たらない。スペクタクルでミステリアス、それでいてどこまでも自由な彼の音楽について、誰もその現在地を見出そうとしていない。いや、むしろ彼に居場所などないのかもしれない。彼の作品は、どこか世の中の既成概念や固定概念に対する息苦しさが込められている。内省的なローサウンド、オートチューンに覆われた憂いのあるヴォーカル、巧みに敷き詰められたレイヤー構造のグルーヴ。自由を求めながら、目的地もない解放の旅を彼は続けている。そんな音楽と自由を巡る旅はついにある到達点にたどり着く。『The Colour in Anything』は2016年の音楽相関図の中心に据えるにふさわしい作品であり、21世紀を担う希望作でもある。すべての音楽を未来に託すため、今こそ、希望へと歩くJames Blakeのいる場所を確かめようと思う。

 振り返れば、ダブステップの可能性を広げた『CMYK EP』でクラブシーンの新たなトレンドセッターになるかと思いきや、その実像は1stアルバム『James Blake』で大きく覆された。クラブミュージックの源流を起点に、ソウルの潮流を飲み込み、ドローン、アンビエント、ミニマルテクノなどの水脈も合流させ、新たなビートミュージックの大河を彼は生み出した。“ポスト・ダブステップ”の旗手とされた彼だが、実際はサンプリングやヴォーカルアレンジなど、引用と自己解釈、それらをアップデートする能力に長けたクリエイターだ。「CMYK」ではKelis「Caught Out There」を大胆かつ斬新にサンプリングして見せ、Feist「Limit to Your Love」のカバーではノスタルジックなピアノと重厚なダブビートで構成されたアレンジが聴くものを魅了した。コードも音楽も影を潜めたこのデビューアルバムは、2011年最も先進的で、最も美しい哀愁を感じさせたレコードとして、メインストリームにまでその影響は広がっていった。

 数々の賞レースを制し、すぐさま2010年代のミュージックシーンを担うと期待されたが、そんな誘惑に彼は見向きもしなかった。限られたメディア以外ではあまり多くを語ろうとせず、孤独の中で自分と音楽を見つめ続けた。自分の作品に対し批評的で、世間との距離に敏感なJames Blakeは、そう易々と広告塔になるわけがない。世間の目が届きそうな場所で、マイノリティとマジョリティを天秤にかけながら常にクリエイティビティに心血を注ぐ。その活動スタイルは時に形式を変えながらも、『The Colour in Anything』にたどり着くまで全くブレることがなかったこともここに記しておきたい。

 次作『Overgrown』はダブステップやR&Bをさらに拡大解釈し、実験的な作品と捉えられた、それは孤高の天才を想起させるパブリックイメージを自らの手で変質させようと試みた問題作とも言える。いま改めてこのアルバムを聴き返した時、彼は歌にフォーカスを合わせればグローバル色が強まることを知っていたのではないか、と推測できる。強みでもある重厚で繊細な低音域のビートを多少後退させてまで、ウワモノとしてのヴォーカルを大きくフィーチャーしたのは、今考えれば必要不可欠な変化であった。それは未来に自分自身の居心地の良い居場所を担保するためであり、自身の音楽的アイデンティティを拡張させる過程において必要不可欠なタームだったのだろう。結果、ポスト・ダブステップを推奨する流れにあったクラブシーンでは賛否両論の作品として受け入れられた。

 しかし、この変容は間違いなくシーンの行く末を確実に予言していた。Brian EnoやRZAを起用したことも、ヴォーカル=歌に重心を傾けたことも、2016年の彼を取り巻く状況をみればそれが間違いだったかどうかは一目瞭然だ。重要だったのは『Overgrown』というアルバムが誰かとコラボレートすることでしか発散できない「James Blake を表現する」ことであった事実。そしてその自己表現の舞台は海を越えてアメリカへと向かう。この一連の流れがまさに『The Colour in Anything』を相関図の中心たらしめる理由になっていく。

 少々話は逸れるが、『The Colour in Anything』は数々の大作の狭間を縫って世に放たれた特異なアルバムだ。1-800 Dinosaur(James BlakeとマネージャーであるDan Foatによる自主レーベル)を通して届けられる彼の音楽的素養は実にバラエティに富んでおり、ディープハウスやネオディスコ、出自の一つでもあるグライムなど、クラブカルチャーからビートミュージックの大河に至るまで自在に泳げることを証明している。そのパラレルな手腕はBeyoncéとRadioheadの新作に挟まれる形でドロップされた事実とともに、前述した“引用と自己解釈”という他者からの影響をアップデートさせる能力がさらに向上したことを証明してくれた。特にBeyoncé『LEMONADE』において彼が参加した「Forward」は2016年のJames Blakeを語る上で非常に重要なプロローグである。ほぼ彼のトラックと言っていいが、ノクターンなピアノと2ndで表現した加工処理の薄い生身のヴォーカルがここでもフックアップされている。それら外仕事で経験した数々のスタジオワークが見事に『The Colour in Anything』全体の抑揚として活かされているのは非常に興味深い。Radiohead『A Moon Shaped Pool』と直接関与はないものの、Thom Yorkeがソロ活動と『The King Of Limbs』でアプローチした実験的で肉体的なリズム&ビートは、間違いなく『CMYK EP』『James Blake』、そしてヴォーカルも極めた『Overgrown』以降を一つの起点として語ることもできるはずだ。

 話を『The Colour In Anything』に戻そう。今作は『Overgrown』同様、ヴォーカルにフォーカスを当ててはいるが、メロディーやビートを後退させるような複雑な組み立て方を採用していない。アイデアに富み、湧き出る音の粒は明確に標的(リスナー)に向かってくる。ハッキリと「聴いてもらう」ことに意識を向けた作品であることがトータルタイム(約76分)の長さにも表れている(それでも昨今の短いトータルタイムが流行している事実には逆行している)。膨大なアイデアはRick Rubinの所有するスタジオにて録音され、Frank Ocean、Bon Iverとのコラボレートなどを生み、彼のセルフプロデュースのメソッド自体に再び変化が生じたのが窺える。

「Radio Silence」や「Timeless」といった公表済みの曲は旧来のJames Blakeファンを虜にしたことだろう。「Choose Me」ではThe Weekndなど隆盛するR&Bシンガーに引けを取らない艶やかな声を活かしたサウンドプロダクションがなされている。当初はKanye Westとのレコーディングによるトラックが収録されるのではないかと噂されたが、実際彼と制作作業はしたものの残念ながら形にならなかったことを後のインタビューで語っている。それでも、そんなビッグネームがいなくとも今作は十二分に魅力的な作品だ。むしろ重要なのはKanye Westすら却下する徹底したディレクション能力にある。適材適所、必要最低限を認識できるプロデュース視点は、『CMYK EP』から幾度となく彼自身を救ってきた能力の一つ。必要なのは共振力。Bon Iverとの共作「Meet You In The Maze」はその判断と共振が結実した良い例だ。
そして何と言ってもFrank Oceanだ。KanyeやBeyoncéなどにトラック提供し、グラミーまで勝ち得た奇才はリリースされたばかりのビジュアルアルバム『Endless』、James Blakeも参加した『Blond』によって世界を手中に収めた。そんなFrankと作り上げた「My Willing Heart」「Always」はまさにJames Blakeがマインドを開き切ったトラックだ。今までの彼の引き出しにはなかったゴスペル歌唱とアレンジが新鮮で、それでいながらトラックの随所にFrankらしいヒップホップ的なエフェクトが差し込まれている。この共同制作の影響がBeyoncéとのコラボレートにも波及し、彼の新たなアウトプットとして機能し始めているのが興味深い。そして彼は「Modern Soul」に辿り着く。この曲に見る希望はJames Blakeがマイノリティもマジョリティも飲み込んだ先の希望そのものを体現し、彼の音楽人生を更に10年延命するほどの普遍性も兼ね備えた名曲だ。

David Bowie、Princeなど、時代とスタイルを築いた変革者たちが次々とこの世から旅立っていった2016年。彼らが輝いた時代、音楽は常にシュプレヒコールのような影響力と知名度を持っていた。では、いま音楽は人の生活の中で一体どれほどのプライオリティを持っているか。James Blakeは足元も見えない狂乱が続くこの時代、音楽に明かりを灯し続けた。ポピュラーミュージックがマジョリティでインディーミュージックがマイノリティなどという旧石器時代的な思考は本当の意味で死んだ。フリーダウンロードとストリーミングが先進性の証ではないことも皆が承知のこと。音楽がリスナーに届いて、心から脳までを支配した時、いつ如何様な時でも音楽はその人の希望になる。『The Colour In Anything』は誰かの希望たり得るだけの資格を十分に保持している。2016年が大きな転換期であったと述べられるたび、このアルバムが参照点となる未来を、いま彼は作り出したのだ。

James Blakeがいる場所。そこは希望だ。彼の音楽を聴いたその瞬間、そこが彼の居場所となり、希望の在り処となる。3年後、5年後、10年後、このアルバムのさらなる再評価が必ずなされるはず。その時、彼がどんな居場所で希望を携えているか、もう楽しみでしょうがない。

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