4024 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

異彩を放つ新しい“風”

藤井 風『HELP EVER HURT NEVER』によせて

「あたりまえ」とは、何だろうか。おそらく、そう信じて疑わないこと、疑う余地がないことだと思う。行ってきますと家を出れば、ただいまと帰ってくること。夏は暑く、冬は寒いこと。あとは何だろうか。世の中の「あたりまえ」を挙げればキリがないからこのくらいにしておく。もしかしたら、「あたりまえ」すぎて気がつかないこともあるかもしれない。それは、世の中の「あたりまえ」という価値観が転換する今現在のような状況になったとき、初めて気がつくものだ。そして、この状況の中で一際異彩を放つミュージシャンと出会った。彼の音楽は、常識を疑うきっかけをくれ、これからどう生きていくか考えるきっかけを与えてくれた。彼の名は、藤井 風という。
 彼が、今年5月にアルバム『HELP EVER HURT NEVER』をリリースしたとき、私は彼のことをまだ知らなかった。ラジオか何かでたまたま曲を聴いて、「なに?この曲?」と思い、すぐさま“藤井 風”と検索した気がする。歌謡曲?ヒップホップ?新しいようで懐かしい、英語のようで日本語。アルバムを一周しただけでは、頭の中が混沌として収集がつかなかったが、どうしようもなく惹きつけられ、何度も聴いた。そして、リリースから約5ヶ月経った今、やっと歌詞の意味やこのアルバムがどんな作品なのかが見え始めている。

 耳から離れない中毒性のある曲がたくさんある中、2曲目の『もうええわ』は、サビの「もうええわ」が鮮烈な印象を残した。初めて聴いた時は、「いや漫才か!」と言わざるを得なかったが(あくまで私個人の感想です)、何度か聴くと、この曲の核となる5文字であることに気づき、初めの感想を撤回したい気持ちになった。

 もうええわ/何が大切なん?よう選んで
 もうええわ/そう思うならサッサ手放して
 もうええわ/自由になるわ         (“もうええわ”)

何が自分にとって必要で、何がいらないのか、自分で考えろ。そして、いらないと思えば捨ててしまえ。これは、モノはもちろん人間関係においても言えることだと思う。学校、仕事、その他いろんな場面で出会う人の中には、苦手だな、自分とは合わないなと思う人が必ずいる。でも、付き合っていた方が得になると思えば、仕方なく表面上の付き合いをするという人もいる。この曲で彼は、そういう損得勘定や、こうあるべきという考えで自分を縛り付けないでと歌っているのだ。でも、伝えたいことをストレートに表現するメッセージソングとはまた違う魅力がある曲だと私は感じた。なぜか。それは、「もうええわ~」というサビのフレーズのせいだろう。藤井 風の音楽のすごいと思うところの一つに、普通ならメロディーをつけて歌うことがないような言葉でも、自然に詞の中に盛り込まれ、それが他の詞から浮くことなく絶妙なさじ加減で曲にアクセントを与えるところがある。その言葉は、あるかないかで曲のニュアンスが変わってしまうくらい重要なものとも言える。そんな言葉を含んだ詞に、歌謡曲、ヒップホップ、ロックなど、ジャンルを超越したサウンドが付くことで、「こんな音楽聴いたことがない!」と思うような音楽となる。おそらく、幼い頃から音楽に触れ、音楽で表現することが日常的だった彼だからこそ生み出せるものだと思う。私は、そういう音楽に初めて出会った。「もうええわ」という言葉が音楽になるんだと衝撃を受けた。でも、その言葉に引っ張られ過ぎることはなく、彼が曲を通して伝えたいことはちゃんと伝わってくる。

 もう一つ印象的な曲は、アルバムの最後の『帰ろう』という曲だ。優しさに満ちあふれた素敵な曲だという印象だったが、この曲について彼が話しているのを聞いて、改めて聴き直すと、一つ一つの言葉の意味がより深く染みこんできた。彼は、動画配信サイトの自らのチャンネルで『帰ろう』についてこう話していた。この曲は、自分に「幸せに死ぬためにはどう生きたらええの?」と問いかけていると。そして、自分ももがいている、だから生きていると話していた。では、私はこの曲を改めて聴いてどう感じたのか。とてつもなく心に刺さった詞がある。

 去り際の時に 何が持っていけるの
 一つ一つ 荷物 手放そう      (“帰ろう”)

自分が死ぬ時に持っていきたいものは何だろうと考えた。お金? 大量のお金を持っていってあの世で運用でもする気か。地位、名誉? 死んでもなお肩書きが大事なんて言われたらたまったもんじゃない。やりたいことができなかった後悔? そんな話を持って行ってもあの世で酒の肴になるだけだ。少々脱線してしまった。あれこれ持っていきたいものを考えたが、これだと思うものがまだ見つからない。そこで、何かを持っていきたいというよりも、何を残したいかを考えた方がいいのではないかと思い始めた。何が残せるか考えるということはつまり、どう生きるか考えることに繋がっていく。「あなたはどう生きていきたい?」という壮大な問いの答えを見つけるために、彼自身もがいているという。私も同じだ。世の中の状況が変われば生き方が自然と変わるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。生き方を変えるためには自分の意思が必要なのだ。こうしたい、これは嫌だ、そういう自分の意思を大切にしなければ。私はこの曲を通して、もっと言えば藤井 風というミュージシャンに出会って、そう思うようになった。この解釈が正しいかは分からないが、曲の解釈の仕方は人それぞれだし、何を感じ取るかも自由であることを踏まえた上で話している。

 アルバムの曲について考えいく中で、曲を聴けば聴くほど、藤井 風の音楽を知れば知るほど、新しい音楽との関わり方はどんなものかを考えざるを得ない。それは、ライブがあること、フェスがあることが「あたりまえ」ではなくなった今現在の状況があるから考えてしまうのだろう。これからの音楽業界はどうあるべきかという意見を述べるつもりは無い。私は批評家ではないから。ただ、藤井 風の音楽との関わり方に、もしかしたら大きなヒントがあるのかもしれないと感じたのだ。彼は、カバー曲を演奏した動画を、デビュー前からたくさんインターネットにアップしていた。ピアノと歌のみで魅せる演奏技術と表現力に、髪型や格好を若干本人に寄せるというユーモアが加わって、もっと観たい聴きたいと思わせるのがうまいと思った。そういう点では、単なる“歌ってみた動画”とは一線を画すものだ。動画は、観やすく聴きやすく編集されているわけではないのに、どうしてそう思ったのか。それは、ライブを観ている感覚になったからだ。例えるなら、インターネット版の“路上ライブ”を観ているような感覚だろうか。MVのような作り込まれた世界ではなく、買い物の帰りに思わず立ち止まって聴いてしまうような世界観を自ら演出しているのだ。ふと、緊急事態宣言下での自粛期間の初めの頃、様々なミュージシャンがSNSのライブ機能を使って自宅から歌を届けていたことを思い出した。それはまさに、これまで彼がやってきた音楽の聴かせ方、魅せ方なのではないか。メディアを介さずとも、ある時は自分がプロデューサーとなり自らを演出し、またある時は曲に対する思いを発信する。ありそうで無かった音楽との関わり方だと思う。彼は、デビューした今でもそのスタイルを続けている。

 『HELP EVER HURT NEVER』というタイトルは、「常に助け決して傷つけない」という意味で、彼のお父さんがよく聞かせてくれた言葉だと話していた。この言葉は、世の中の状況がガラッと変化し、先が見えない不安が充満している今の世の中に最も必要な言葉なのではないかとさえ思った。藤井 風の音楽は、これから徐々に世の中に浸透していくのだろうと思う。なぜなら、このアルバムを初めから終わりまで一通り聴くと、これまでの「あたりまえ」が崩壊し、その崩れた隙間に新しい“風”が吹き込んでくるように、驚きと新鮮さとかっこよさが味わえるからだ。彼の曲は、聴く者に何かメッセージを伝えるものはもちろんだが、迷いや、感じたこと、そして答えのない問いについて考え続けることが素直に音楽として表現されているものが多い。その素直さは、曲を聴く者が心の奥にしまい込んでいた感情や本音を呼び起こすのだ。だから、アルバムを二周する頃には、ほんの数ミリかもしれないが、心が軽くなるはず。つまり、まとめると、“驚きと新しさと優しさに満ちあふれた11曲”と言える。11曲目の最後は、こう締めくくられる。
 
 あぁ今日からどう生きてこう   (“帰ろう”)

彼は迷っているし、もがいている。じゃあ私自身はどうか。一体何が大切で、何がしたいのかちゃんと考えているか。このアルバムを世に出すことで、どんな型にも収まらない新しさをもたらした藤井 風というミュージシャンが、これから生み出す音楽から目が離せない。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい