4024 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

時代を描く音楽

デヴィッド・ボウイ「YOUNG AMERICANS」を聴いて思った

初めて自分の手元に置いてCDで聴いたデヴィッド・ボウイのアルバムは、1975年の「YOUNG AMERICANS」だった。最初に聞いた時、聴き通せずによく寝てしまった。机で、音の海にのまれて、うつらうつらと船を漕いで、波間を漂い、生涯行ったこともないバーの夢を見た。カウンターで飲めもしないウィスキーをロックで、と言ってみてすぐにカウンターの向こうから滑り出てきたグラスをキャッチし損ねて全部こぼした。びちゃびちゃにぬれたのは居眠りをした机の手元に置いてた現実の麦茶のコップが倒れたからだ。覚めきらないうつつで、なんだゆめだったのかよと、ぐだぐだと寝言みたいなことを言っていたかもしれない。店にいたボウイはオレンジの髪の色で煙草を指に挟んでいた。寝ている間にも彼はこちらをじっとみつめていたのかもしれないと思う。

デヴィッド・ボウイ「YOUNG AMERICANS」の音楽はボウイ流のソウルミュージックが全編で展開された異色のアルバムだ。ここで聞こえる音の総体は、ロックでなくメロウに洗練されている。まず印象的なのはデイヴィッド・サンボーンによる艶やかなサックスの音色だが、一番の効果は華麗なるレディソウルの声なのだろう。デヴィッドの歌に加え、数人からなるソウルの歌手がその声で曲想を動かしてゆく。この中には後に自身のアルバムを作るルーサー・ヴァンドロスやアヴァ・チェリーが居る。彼らに対して単にバックアップヴォーカルでもって曲をソウルフルに盛り上げさせるような扱い方が為されていないところに、音楽の異質感が際立たせられている結果があるのかもしれない。デヴィッドが従えるソウルレヴュー、いわゆるSoul Showではなく、ミュージシャンの全体がデヴィッド・ボウイに対等に対抗するかのように屹立している。ここでは単なる憧れのソウルミュージックへのそれらの再現は目指されていないのだと思う。こんなソウルミュージックは聞いたことがない。そして実に新しいソウルミュージックをここでボウイは完成させたのだと思う。その上、決してそれを続けなかったところが、デヴィッド・ボウイの生涯を象徴している。
 

自分が、聴くこと、聴き通すことに挫折しつづけてきたこの音楽の本当を、やっと素晴らしいと気づけたのは2007年に再度発売された「YOUNG AMERICANS」のスペシャルエディションのCDに付属していたDVDで、デヴィッド・ボウイの動く姿、その歌唱を観たところが大きい。デヴィッド・ボウイは大胆だった。歌唱力は抜群。表題曲”Young Americans”は難曲ではないのか。それをライブで見事に歌い切っていた。無駄のないバンドにまとめあげたリーダー、デヴィッド・ボウイの力量。またそれから後に”Right”という曲の制作風景を当時の映像で見たとき、そこに映っていた彼はスター歌手ではなく、立派な音楽家であった、と気づいた。音楽を作り上げる真摯な視線を感じた。一度”Right”の映像を見てみるのがいいと思う。これらの映像はYouTubeで今も見られると思う。

僕はグラムロックを終わらせた時期のデヴィッド・ボウイが格好いいと思う。立ち姿、ファッション、音楽を含めて、センスが研ぎ澄まされている。たとえば、デヴィッド・ボウイがグラムロックの代表的なスターというイメージは現代にも続いてきているのだと思う。しかし現代からみても皮肉なことに、当人はそれをとうにその時代に捨てて先へと進んでいっているのだ。今でも代表的なアルバムとして認知されている「ジギー・スターダスト」や後の「ロウ」に「ヒーローズ」の時期の影響力は未だに強いのだろう。好き、嫌い、そうでもない、という意見は聴き手にそれぞれあるだろうけれど、デヴィッド・ボウイをそこらだけに限定してしまうのはもったいないと思う。英国的な演劇性をもつ「ジギー・スターダスト」を捨てたとは言え、幾らかは意識せずにいられない面を逃れようとアメリカへ行きソウルを経て再びヨーロッパへ回帰し、ロックンロール音楽を脱した「ロウ」や「ヒーローズ」に至るまでの過程が興味深いのだ。そこで面白いのが、グラムロックを終わらせる「ピンナップス」から「ダイアモンドの犬」で徐々に転じて「デヴィッド・ボウイ・ライヴ」のソウル傾倒を昇華させた「ヤング・アメリカンズ」だ。とどまることなくさらにアメリカを脱し躍動感を排したかのようにミニマルにソウルを転化させた「ステイション・トゥ・ステイション」のヨーロッパ傾倒。そこを転化させた「ロウ」も「ヒーローズ」もボウイ本人が認めているように良い作品だ。歴史的にもここがデヴィッド・ボウイの到達点ではあったのかもしれない。そうしてそれ以上の傑作をつくらなかった1980年代以降90年代まで、デヴィッド・ボウイの時代の不在感はあったと言えるかもしれない。その時期を越えれば1990年代から2000年代のアルバムには実りある成果を感じることが出来るだろう。2000年代なら「HEATHEN」や「REALITY」がとても良い。亡くなるまでの最後の2作品「The Next Day」と「Blackstar」も美しい音楽だった。最終的にボウイの音楽はジャンルを越えて「デヴィッド・ボウイ」そのものになったのだと思う。
そもそも1970年代の全盛期からデヴィッド・ボウイの音楽は「デヴィッド・ボウイ」だっただろう。しかし時代の影響力というものは避けられないものではある。たとえばデヴィッドのルーツと言えるのか全編カバー曲になる「ピンナップス」を終えて「ダイアモンドの犬」「デヴィッド・ボウイ・ライヴ」から「ヤング・アメリカンズ」の音楽には、同じ時代のローリング・ストーンズやビートルズを意識していたところがあると思うものが幾つかある。「ヤング・アメリカンズ」には何故かジョン・レノンが参加して共作してもいる”Fame”があり、ビートルズのカバー曲”Across The Universe”がある。また表題曲”Young Americans”では、ビートルズの「サージェント・ペパーズ」の名曲”A Day In The Life”の歌詞の一節が登場する場面があり、そこがこの”Young Americans”の曲に於けるクライマックスの地点でもあるだろう。ボウイはグラムロック期の1973年「アラジン・セイン」でローリング・ストーンズの”Let’s Spend the Night Together”をカバーしていた。それに翌年の「ダイアモンドの犬」にある”Rebel Rebel”は実にストーンズの”Satisfaction”のミック・ジャガーみたいな歌い方をしているだろう。そう考えると「ダイアモンドの犬」にある”1984″という曲、これは1974年のアルバムだけれど、前年73年のポール・マッカートニーのウイングスによる名作アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」の最終曲”Nineteen Hundred and Eighty Five”(変換すると1985)と、とても曲想が似ているんじゃないか。デヴィッド・ボウイも時代の音楽に影響されているし、それはあるいは何かしらの意図でそうやったかもしれないと考えるのはアーティスト、デヴィッド・ボウイの側面としても面白い。
ボウイのグラムロック時代はルー・リードやイギー・ポップのストゥージズの制作に関わっていたし、モット・ザ・フープルにも協力していたから、ストーンズやビートルズ関係との影響が見えづらい面があると思う。ストーンズの1974年の曲”It’s Only Rock’n’Roll”の制作現場にボウイが参加しているというが実際に聴いてもそれはわからない。ボウイの曲にレノンが参加してもよくわからないのと同じだ。73年のストーンズの名曲”Angie”の曲名はデヴィッドの妻アンジェラの名からきているという情報は音楽とさほど関係はないのかもしれない。しかしデヴィッド・ボウイの”Fame”は後の76年のストーンズの”Hot Stuff”に大きく影響があると考えれば、そもそも74年のストーンズ”Fingerprint File”が翌年のボウイ”Fame”に及ぼした影響も浮かんでくるんじゃないか。ごちゃごちゃと混乱したことを書いているけれど、影響を与え、受けながら、時代の音楽は変化してゆくのだと思う。

最近、デヴィッド・ボウイのライブ音源をアルバムにした「I’m Only Dancing (The Soul Tour 74)」というレコードを聴いた。そこではソウルに真摯に取り組むボウイの姿をありありと感じることが出来る。「Young Americans」の完成形とはひと味違う荒削りのソウル感覚と、同時にそれとは反対の洒落たジャズセンス、ピアノを弾いているマイク・ガーソンが如何にジャズピアニストであったかを確かめる。このライブではビートルズの”Love Me Do”が何故か”The Jean Genie”の前曲としてメドレーになっていた。ピアノとハーモニカで小粋なジャズ風に展開されたあとの聞きどころは”The Jean Genie”の曲中のギタープレイ、アール・スリックのノイズ、フリーキーなディストーションサウンドだと思う。ライブ全編所々で不穏なエコーがボウイの声とアール・スリックのギターに掛かっているのに気づく。このライブを聴いていてまた気づいたことがある。ボウイの名曲感漂う”Rock’n’Roll With Me”の打ちのめされたかのようなソウル感覚は、ロッド・スチュアートが歌うバンド、FACESの名曲”Maybe I’m Amazed”と通じるんじゃないか。そしてこれはポール・マッカートニーによる名作でもある。そうやってライブを聴き進めていくと最後の面の最終曲のメドレーでは、ローリング・ストーンズの”It’s Only Rock’n’Roll”のカバーがその中で歌われているのだった。

しかし、デヴィッド・ボウイの「ヤング・アメリカンズ」以後、「ステイション・トゥ・ステイション」から「ロウ」「ヒーローズ」「ロジャー」のベルリン3部作の頃には、音楽の中に、ストーンズもビートルズも感じられなくなっていくのだろう。ボウイが影響されているのはブライアン・イーノとその周辺からドイツのクラウトロックの音楽、アメリカを放してイギリスさえも離れて”ロックンロール”ではないものからなのだろう。デヴィッド・ボウイのインタビューを集めた本を読んでいると、ボウイがロックンロールの世界から逃れようとしていたのがわかる。自分が読みたい部分は、やはり「Young Americans」の時代だったが、それを完成させた時のボウイの喜びと生き生きとした姿とは裏腹に、その数年後にはまったく手のひらを返したように「Young Americans」を自身で酷評している。聴くに堪えない。踊るには良いアルバムだけど、中身がないというような発言がある。「ロウ」や「ヒーローズ」の時期には、アメリカの音楽自体に否定的な態度をとっているらしい。自分がやってきたことを後に覆すという態度は、アーティストによくあるものなのだろう。インタビューの本を読んでいて気になるところは、ドイツの時代になっても、「Diamond Dogs(ダイアモンドの犬)」を幾らかは評価しているということだ。「ヤング・アメリカンズ」は否定するけれども「ダイアモンドの犬」はいいのか。現代、一般的ファンにはこれらは相当に人気が劣るアルバムではあるのだろう。僕は、「ヤング・アメリカンズ」を始めにして「ダイアモンドの犬」をさかのぼって、今は「デヴィッド・ボウイ・ライヴ」を気に入っている。「Diamond Dogs」の人気がないのはそれまでギタリストだったミック・ロンソンが不在だというところだろうか。実際はデヴィッド・ボウイ自身がここではギターを弾いているという。自身のバンドの居ない状態で苦労してアルバムを作ったというような話だ。今、聴き直しているのはそこだ。そして一番気になるのは、ブリティッシュロックファンの視点で見るハービー・フラワーズのベースプレイとトニー・ニューマンのドラムプレイ、あるいはエインズレー・ダンバーのドラムプレイなのだ。ミック・ロンソンのギターが聴きたいのなら、モット・ザ・フープル修了後1975年のイアン・ハンターのソロデビュー作「IAN HUNTER(双子座伝説)」が素晴らしいと思う。デヴィッド・ボウイの74年、75年が気になるなら、ジョン・レノンの74年「Walls and Bridges」を聴きたい。そうしてボウイの75年の「Young Americans」のなんとなくの感触はレノンの75年「Rock And Roll」と何処かしらで通じてしまうんじゃないか。だからこそ”ロックンロール”音楽を否定したいボウイは頑なに「ヤング・アメリカンズ」を貶めるようなことを言うのかも。と、そんな考えが浮かんだ。デヴィッド・ボウイの精力的なライブツアー、74年75年の音楽が気になるなら、ローリング・ストーンズの同じ時期のライブアルバム「Love You Live」を聴きたい。ミック・ジャガーのラフなライブパフォーマンスに対して、デヴィッド・ボウイが如何にライブに強いヴォーカリストであったかがよくわかる。それなら次に聴きたいのはデヴィッド・ボウイ1978年のライブアルバム「STAGE」だ。現代なら76年アルバム「Station To Station」と同じ時期のライブ音源をアルバムにした「Live Nassau Coliseum’76」というのがある。
 

ローリング・ストーンズの1974年のアルバム「It’s Only Rock’n’Roll」はそのタイトルにあるように、だまされないぞ!これはロックンロールのアルバムじゃないと思った。これはストーンズがソウルに取り組んだアルバムだと思う。それ以降のストーンズは次第に”ロックンロール”へと回帰してゆく。ロックンロールを脱しようとしたデヴィッド・ボウイとは対照の道のりなのだと思う。
 

ロックンロールが面白くない時代はとうの昔に来ていたのだと思う。

“それはただのロックンロールだ”

だけど僕は好きなんだ、
とは言えない。
聴き手もデヴィッド・ボウイのように、
変化していくのがいい。
明日になれば、また別の音楽を聴こう。
 
 

今日初めて聴いた曲、
ヒグチアイの”東京にて”が素晴らしかった。
これが今の時代を描く音楽だと思った。
これからも聴いていく歌い手が見つかった。
ひさしぶりに
涙が頬を伝った。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい