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「ロック・バンド」のアンダーワールド。

カール・ハイドは生きている。

ロックファンの間でも、ケミカル・ブラザーズとアンダーワールドは聴く人は多いのではないだろうか。テクノは苦手、という人たちの間でも、このふたつのテクノバンドはけっこう受け入れられると思う。私は(現在36歳)いま、出勤の前に早朝に軽いストレッチを健康管理を兼ねて行っているが、BGMにケミカル・ブラザーズやアンダーワールドをよく流している。いい気分になれるのだ、ストレッチの際に脳ミソに快楽物質でも分泌されているのか、それに加えて軽快なロック寄りのテクノが流れると、快感である。
私がアンダーワールドを初めて聴いたのは、2003年のことだった。その頃には、既にダレン・エマーソンが抜けていた。ベストCD『1992-2002』と『ア・ハンドレッド・デイズ・オフ』は、当時のパンク好きな自分には少し新鮮で、夜中に流していた。特に初期の「ビッグ・マウス」「ダーティ」の2曲を気に入った。その次に聴いたのが『ダブノーベースウィズマイヘッドマン』だった。これは彼らのデビュー作ではなく、その前にもニューウェーブバンドとして2枚、作品を発表している。
『ダブノ~』は、2020年になった今でも聴いている。特に「ダーク&ロング」「MMM…スクスクレイパー・アイ・ラヴ・ユー」「ダーティ・エピック」「カウガール」、これらの曲はテクノというよりも「ロック」ではないか、と思った。シンセで演奏しているんだろうが、彼ら、その中でも特にカール・ハイドは、テクノではなくロックの人ではないか、と思った。
『弐番目のタフガキ』『ボク―・フィッシュ』も、これはロックだと感じた。「テクノ」でも「ポップ」でもあると思うけど、「ロック」だと思った。80年代ニューウェーブ時代の彼らについては詳しくないが、ギターとボーカルで演奏するのが、電子機器とボーカルに変わっているだけで、彼らは信念と理想を心の中に抱いている「ロックバンド」だと思った。
2010年『バーキング(吼える)』が発表される。特に『オールウェイズ・ラブド・ア・フィルム』は、2010年製の彼らのロックチューンだと思った。彼らの未来への理想が歌われている、極めてポジティブな曲。彼らのロック時代の精神を、初心を忘れていないのだ。テクノというと、90年代ふうなオタク向けの音楽というイメージが、もしかしたらあるかもしれないが、その中でもアンダーワールドが生きて、2020年になっても支持されているのは、彼らは今でもロック的精神を失っていない「ロックバンド」だからではないか。
2013年、カールのソロ『エッジランド』が発表される。まさしく、これもロックである。テクノバンドの片割れらしくない。当時、うっとりしながら聴けるロックだと感じた。テクノだとは思わなかった。
テクノというと、レイヴやクラブ文化を思い出すだろう。同時に、ユーロビートも回想されるかもしれない。純粋に快感のみを追求している音楽、というイメージがあるかもしれない。アンダーワールドも確かに我々に心地よさを提供しているが、そこには電子音楽の洪水で我々を堕落させようという意志は感じられない。デペッシュ・モードやニュー・オーダーと同様な、確固たる意志を持ったロックバンドだ。
00年代、youtubeもストリーミングもなかった時代、私はケミカルやプロディジー、アンダーワールドのCDを買って、MDにコピーして聴いていた。00年代初頭のことで、それらは90年代を引きずる行為かもしれなかったが、当時、夢中になって聴いていた。2007年、『オブリヴィオン・ウィズ・ベルズ』を聴いた。ずいぶん、テクノ寄りだったと思う。同年のケミカル・ブラザーズの『ウィー・アー・ザ・ナイト』は、ビッグビートでありながら、アルバムの臨場感を重視して、少しわかりにくい音楽だった。00年代、彼ら、特にケミカルやアンダーワールドは、無邪気にテクノではいられなかったのではないか。ケミカルの2010年の『時空の彼方へ』は、まさしくロックだった。
彼らが2020年でも生き残っているのは、ロック寄りのテクノだからではなく、特にアンダーワールドは「ロック」だからではないか。93年の『ダブノ~』でテクノに転身してみせたが、それ以上にカール・ハイドの姿勢が「ロック」だからである。ダレン・エマーソンが脱退してからは、ますますロックになっていった。同年代のテクノ人間が次々に消えていくのは、残念だっただろうが、アンダーワールドはテクノ的な文化には依存しなかった。デペッシュ・モードやニュー・オーダーが今でも生きているのと同様、内輪向けなオタク的文化には依存しなかった。それを今でも継続して、ロックであり続けている。彼らには、顔のシワは増えるだろうが、ロックであり続けて欲しい。今、『エッジランド』を聴きながらこれを書いているが、純粋なロックである。生きる気力が沸いてくるのだ。そしてそれは、『ダブノ~』から変わっていないことだと思う。
2019年、プロディジーのキース・フリントが死んでしまう。もうレイヴやテクノの時代でもなく、音楽はタダで聴くもの、という空気の中、辛かったと思う。アヴィーチーも、死んでしまった。今後、ますます音楽の値段が下がっていくことと思う。CDも売れず、みんなyoutubeで音楽を聴いている。どのジャンルでも生き残るのは大御所のみなのだろうか、とやや暗い気分になってしまう。私は、とりあえず、『ア・ハンドレッド・デイズ・オフ』を聴いて、朝のストレッチを始めることにする。

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