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変わりゆく渋谷と変われない私

ヒグチアイが募らせる郷愁、そして「今」への想い

<<渋谷も変わっていくね>>
<<オリンピックがひかえているから>>

19歳から22歳、「青春の後期」とでも呼べばいいのだろうか、その時節を私は渋谷で過ごした。居住地は別の場所にあったのだけど、本当に朝から晩まで、渋谷にいた。

朝、8時半ごろ、渋谷駅に着く。宮益坂をのぼり、重い足取りで青山通りを歩き、アルバイト先へと向かう。そこで17時まで働いた。18時からは大学(夜間大)の講義を受ける。それが終わると、友人や恋人とファストフード店で雑談をして、帰りの電車に乗った。
(※友人や恋人のいない時期もあったけど、とにかく渋谷にはいたのだ、ひたすらに)

当然、定期券を持っていたので、アルバイトのない日に恋人と過ごす場所も、必然的に渋谷となる(まれに遠出のデートをすることもあったけど)。隅から隅まで歩き倒すうちに、その街を好きであるような、同時に厭わしく感じるような、奇妙な心的状況に陥り、その奇妙さを検証することを思い立てないまま、卒業の時を迎えた。

<<最初で最後 きみだけの きみだけの東京にて>>

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卒業してから長い間、渋谷に行くことが怖かった。あまりにも多くの思い出が詰まった場所を、歩くのが躊躇われたのだ。何らかの志(こころざし)を果たしているならば、郷愁にひたるために「聖地」を訪れることも、悪くはないことのように思えただろう。でも私は、誰かに自慢できるような実績を積み上げることが、なかなかできなかったので(※今もできていないと思う)、再訪の時は先送り、先送りになっていった。

<<ライブハウスができてはつぶれて>>
<<名前が変わってまた戻って>>

もう自分は、いくら頑張ってみても、どれだけあがいてみても、堂々と「聖地巡礼」を果たせるような人間にはなれないだろう。

そんなことを思い、つまり成功することをあきらめ、人生を半ば投げ出し、「志を果たさないまま」渋谷を訪れたのが、2019年の初夏だった。変わったと言えば変わった、ほとんど変わっていないようにも思える、そんな渋谷の街を歩きながら、自分は何者にもなれなかった、変われなかったのだと悲しく思った。

そして、ひとりの女性のことを思い出した。

***

彼女と私は、恋人として長い時を伴に過ごしたわけではなかった。ある人の紹介で知り合い、ごく自然に二人きりでのデートをするようになったのだけど、一線をこえることは最後までなかった。馬は合ったのだけど、ご縁がなかったのだ、そうとしか言いようがないと思う。

少し年上の彼女は、すでに立派に働いていたのだけど、うまくシフトを合わせてくれていたのだろう、私のアルバイトが休みの日に、何度か一緒に街を歩いた。小柄で色の白い、チャーミングな女性だった。フレグランスをまとっていたのだけど、それがどんな香りだったのかは、もう今となっては思い出せない。いい香りがした、その事実しか思い出せない。

私は無神経で気の利かない少年だったし、彼女は物腰こそ穏やかで成熟していたけど、世なれたところのない人だった。ぎこちなく映画を観たり、卓球をしたり、ショッピングをしたり、食事をとったりした。魅力的な女性と過ごすなら、取り立てて豪華というわけでもないチェーン店でも、居心地のよい場所に変わる。そんな当たり前に過ぎる真理を、私は彼女から学んだ。

<<バスターミナルできみに 手を振ったのはいつだったっけな>>
<<見送るのが苦手だと言って 背中を向けて逃げたセンター街>>

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デートが終わると、彼女は私を、大学まで送ってくれた。それは不思議な感じのするものだった。一日の終わりにお相手を送り届けるのは、男の役割だと思っていたからだ(今でも思っている)。それでもキャンパスまで、美しい女性が一緒に来てくれるというのは、くすぐったいのと同時に、いくぶん誇らしいことにも感じられた。

じゃあね、と挨拶をかわしたあと、私は教室に向かい、彼女は(たぶん)翌日の仕事に備え、体を休めるべく家に帰った。大学には束の間、彼女のまとっていた香りが溶けていた。渋谷という騒がしい街の一隅に、小さな花が咲いたような、そんな感懐をおぼえた。そのことについて、どう彼女に伝えればいいか、世間知らずで不器用な、当時の私は分からなかった。

ありがとう、その一言さえも出てこなかったのだ。純朴といえば純朴であり、気障にさえなれない臆病者だったとも言えるかと思う。メールでも電話でも、何でもいいから、きみが渋谷を一緒に歩いてくれて嬉しかった、大学まで来てくれたことを誇らしく感じた、そう伝えるべきだったと、私は長い間、悔やむことになる。

<<ピンヒールのOLの東京 どれも嘘でどれも本当>>

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私が「未熟なままでの聖地巡礼」を終えて、もう1年以上が過ぎる。彼女と一緒に入ったパスタ屋さんは(巡礼の時点では残っていたけど)、このコロナ禍で、あるいは店を畳んでしまったかもしれない。

渋谷は変わっていく。

それは誰にも止めようのないことであるし、必ずしも悲しいことではないのだろう。問題は私のほうだ、未だ熟せず、女心が分からず、これといった「自慢できるもの」を、相も変わらず持たない。年齢だけは無為に重ねていく。容姿が老け込み、体力は落ちていく。

それでも思うのだ、何の魅力も持たない私のために、若き日の貴重な休日を差し出してくれた彼女が、いま何処かの町で、平和に暮らしていればいいなと。当時、自分のことしか考えられなかった、お礼のひとつも言えなかった私は、もう会うこともないであろう人の幸せを、遠くから願えるようにはなった、つまり、ほんの少しは変わることができたのかもしれないと。

<<見えてるものは一緒でも 違う方法で見つけたものだろ>>

この文章を彼女が読んだとして、どんな気持ちになるかは分からない(ご自身のことが書かれていると気付くことさえないかもしれない)。それでも私は、もう20年ほども昔の渋谷を、頼りない男に寄り添って歩いてくれた「少女」に、いま一言だけを伝えたい。

どうか幸せに。

※<<>>内はヒグチアイ「東京にて」の歌詞より引用

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