4024 件掲載中 月間賞毎月10日発表
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

ここはステージではないけれど

THE BLUE HEARTSと東京事変の「閃光」を浴びるように

17歳の春。

夕暮れの公園に、独りでフォークギターを持っていって、Mr.Childrenの楽曲を歌っていた。誰かに聴いてもらうことなど望んでいなかった、むしろ放っておいてほしかった。歌に自信がないし、ギターだって弾きはじめたばかりだ。夜風のなかに自分の声が溶けていく感触と、夜風が(ギターを「媒介」にして)体に染み込んでくる感覚を、ただ味わいたいだけだった。

不意に二十歳くらいの青年が近づいてきて「聴かせて下さい」とささやいた。下手くそですよと僕が言うと、彼は「聴かせて下さい」と繰り返した。頼りない声で僕が歌い終わると、彼は拍手をしてくれて、それから「自分も1曲、歌いたい」と言った。

彼が歌ったのは、THE BLUE HEARTSの「終わらない歌」だった。僕が驚くほどの、公園で遊ぶ人が振り向くほどの、とてつもない大声で、彼はその歌を歌った。コード・ストロークも激しかった(僕は自分が持つ安物のギターに、それほどのエネルギーが秘められていることを知らなかった)。

***

それから22年という歳月が過ぎる。よく「十年一昔」というけど、あの宵、見知らぬ青年と話し合った記憶は、だいぶ色あせたものになった。僕は彼が、どんな顔をしていたかを思い出せないし、どんな身の上話をしてくれたかを鮮明に覚えているわけでもない。彼が僕の歌を聴きたがってくれたこと、そして何も恐れないような大声で「終わらない歌」を歌ってくれたこと、それだけが確かな「思い出の灯」である。

二十歳の青年というのは、当時の僕には「大人」に見えたものだけど、いまの僕からすれば、まだ青春期に差し掛かったばかりの初々しい「男の子」である。そして、彼の堂々とした歌唱に圧倒されていた17歳の自分は、そこに存在したのかさえ確証の持てない、かすんで見えてしまうような少年である。いま僕は、その二人の年令を合算しても追いつかない、もうじき40歳を迎える初老の男として、その光景を懐かしく思う。

***

あれから(青年の歌う「終わらない歌」を聴いてから)色々なことがあった。本当に色々なことがあったのだ。とくにカラフルな人生を歩んできたわけではないけど、絶望を味わったり、感極まって拳(こぶし)を握りしめたり、本気で腹を立てたり、誰かを心の底から愛しく思ったりした。

THE BLUE HEARTSの楽曲は、僕の無軌道で身勝手な半生に、ほどよい距離感で付き合ってくれた。時に僕は「終わらない歌」に込められたメッセージを支持したくなったし、ある時には醒めた顔で、それを蔑ろにしたくもなった。THE BLUE HEARTSは「きみが聴きたくなったなら聴けばいいよ」とでも語りかけてくれるかのように、妙に老成したり、逆に蒼くなったりする僕を見守ってくれていた。

40年近くを生きるというのは、やはり、ちょっとしたことなのではないかと思う。いま僕は、大きな弧を描くように回り道をして、もとの場所に戻ったような気持ちでいる。17歳の僕は、それから何が起きるのかを全く予想できなかったし、どんな可能性が自分(や、その楽器)に宿っているのかを、まったく分かっていなかった。一時期「それ」を分かりかけたような気がしたけど、いま、あらためて思う。明日のことは分からない、もしかすると自分は、人の心を震わせるような何かを持っているのかもしれない。マイナスに見えたり、プラスに映ったりしていた自分が、いま「ゼロ」としてキーボードを叩いている。

***

たどってきた道に、後悔はないかと訊かれたら「ある」と答えざるを得ない。品行方正に歩みつづけることはできなかったし、時として自分を追い詰めるように走ってしまった。それでも「自分にウソをついた数」だけは、もしかすると最小限にとどめられたかもしれない、そんなことを思いもする。だから17歳に戻りたいとは思わない。

それでも17歳の自分に、いま何かを語りかけられるとしたら、楽曲の紹介でもできるとしたら、どんな言葉を・曲を選ぶだろうか。真っ先に浮かぶのは東京事変の「閃光少女」である。そのなかに含まれる

<<明日まで電池を残す考えなんてないの>>

そんなセンテンスを届けたい。

僕は17歳だった自分に、燃え尽きることを恐れてほしくないのだ。60点、あるいは70点の「その瞬間」を、もし求めようとするならば、きっと与えられるだろう(たとえば夕暮れの公園で、小さな声で歌を歌う、そんな幸せを積み上げていくことはできるだろう)。でも人間の一生なんて、どう転んでも恥ずかしいものなのだから、失敗せずに生き抜くことなど不可能なのだから、いっそ「閃光」のように生きてみようじゃないか。

それはつまり、もう一度、17歳に戻れるとしても、恐らくは同じような生き方を選ぶだろう、そんな思いから生まれるメッセージである。さぼった日々も、立ち止まった時間帯も、倒れた経験もあるけど、何度か「閃光」になることはできた。欲を言うならば「その頻度」が、もっと高ければよかった、そういうことである。

たとえ燃え尽きたとしても、電池を切らしてしまったとしても、心に炎を宿してくれる、充電をしてくれる、そういう「音楽」はこの世には多くあるのだ。たとえば「終わらない歌」や「閃光少女」のような。だから生きたいように生きてみようじゃないか。そうするしかないじゃないか。

***

心情的には「原点」に戻った僕だけど、体は相当に弱っている。それは加齢によるものであるし、このコロナ禍によるストレスによるものでもあるし、持病が悪化していることにもよる。どんなに強がってみても、若き日の活力を取り戻すことはできないし、向こう見ずに走り出せるような余裕は、もう備わっていない。それでも17歳の自分に、偉そうに何かを伝えるからには、いまの自分も何かしらの約束をしなければならないとは思う。

「閃光少女」のなかに、そんな気持ちを代弁してくれるセンテンスがあるので、最後に引用したい。人間の命はいつ終わるかも分からない、そんなことを十分に、十分に思い知らされた今だからこそ、心から共感できるリリックをお借りしたい。

<<これが最期だって光って居たい>>

※<<>>内は東京事変「閃光少女」の歌詞より引用

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい