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米津玄師の歌う、君のための歌

“HYPE”という船に乗って

未完となってしまったHYPEについて綴ることに、自分の中で葛藤があった。

私の言葉で人を傷つけてしまうかもしれない。
逆に、自分に厳しい言葉が飛んでくるかもしれない。
私は弱いから、それらを怖がっていた。

しかし、私の愛する米津玄師はこのツアーのことを覚えていてほしいと言った。

世界にはライブレポートが溢れているのはわかっている。
私よりも文才があるとか、イラストが上手だとか、そういった方々はたくさん私も見てきた。

しかし、私自身が自分で言葉を選ばなくては意味が無い。

私が感じたことが、ここに確かに記録されていることを信じたい。

記憶がなるべく風化されないように。
忘れたくない一瞬一瞬を、忘れないように。
 

そしてこの記事を読んでくれる方が一人でもいるのなら。
 
 

私は、この記事を最後まで綴り、そしてできるだけ多くの人に届けるという決意をした。
 
 

本来ライブツアーが完走される予定だった今日、その話をしたいと思う。
 
 
 

それは、忘れもしない2020年2月16日。

米津玄師2020TOUR HYPE、横浜アリーナ2日目だった。

私はスタンド席に立っていた。
 

全ての抽選ではずれ、最後の最後まで定価トレードに希望を託し、しかし1日目の公演は結局チケットが手に入らず、15日の夜になっていた。

ダメかと思った。

諦めちゃいけないのはわかっているし、どうしてもHYPEに行きたいのだけれど、米津玄師に人気があり、チケットを手放す人が少ないこともわかっている。

行きたいという思いだけで行けるわけではない。そうだったらもうとっくに1人残らずチケットを手に入れているだろう。

もうダメかもしれない、だけどどうしても行きたい、そうやって思いながら何時間も画面を見続け、もはや半泣きになりながら、ページ更新とクリックを繰り返していた。

あるとき急に、今までと違う画面が表示されていた。
番号をいつもの何倍も慎重に、1つずつ確認しながら打ち込んでいく。

トレード成立と表示されている液晶画面が、ぼやけて溶けていった。
 
 

そして私は翌日16日、横浜アリーナのスタンド席にいた。

ここに自分の席があることがどれほど嬉しいことか、あの会場にいた人の中で誰よりも幸せだった自覚がある。

あの時チケットをトレードに出してくださった方、それが誰かというのがわかることは一生ないのだけれど、感謝してもしきれなくて、取れたときからずっとありがとうございますと繰り返している。

あの日、あの時、ぴったりクリックのタイミングが重なったあの瞬間、どう考えても奇跡でしかなくて、今でもその感動で泣きそうになる。

チケット取れたことに対する喜びは多分、今までのどのライブよりも、どの抽選よりも大きかった。
 

本当に最高のライブだった。
 

席は最上階の後ろの方、銀テープなんてもちろん取れなければステージ上で歌う彼もほんの数ミリ程度にしか見えない、だけど、それでも、十分すぎるほど幸せで、最高のライブだった。

演出、セットリスト、楽器陣、ダンサー、MC、またグッズや写真スポットなど、全てが“HYPE”であり、何よりもその空間にたくさんの“米津玄師”が詰め込まれているという感覚があった。
 

幸せすぎた。誰よりも幸せだった。
 

2020年2月16日。

私はこの日を、一生忘れないだろう。
 
 

今まで、色々なことがあった。それまでも、それからも。
 
 

私は、これからの公演に行く予定だった友人に「セットリストも演出も最高だから、楽しみにしててほしい」と、さも自分のことのように話していた。

全く同じではないかもしれないのだが、しかし私はどちらも最高だと感じるだろう。
きっとその友人も同じであったと思う。
 

途中でセットリストを変える予定だったかもしれない。

どこの会場でどんなMCをするか考えて、練習していたかもしれない。

今までの公演の中で反省点が出ていたかもしれない。

だけどもう、このセットリストでライブをすることはきっとないのだろう。
 

悔しい。
 

久しぶりに再会するはずだった友達がいたかもしれない。

誕生日の日にライブに行く予定だった人がいたかもしれない。

初めてライブに参加する人がいたかもしれない。

少ないバイト代やお小遣いを握りしめながらライブに行く予定だった人がいたかもしれない。

やっとの思いでチケットを手に入れた人がいたかもしれない。

毎日毎日、あと何週間、あと何日と数えながらライブまでの日を過ごしていた人がいるかもしれない。

あの感動を味わえるはずだった人が何人も、何万人もいる。

それはきっと、全ての人にとって特別な日になったことに違いない。
 

悔しい。
 

それらが叶わなくなってしまったことが、ものすごく悔しい。

未曾有の事態を前にして音楽はあまりにも無力だと彼は言っていたが、そんなことはないと私は思う。
申し訳ないと言う彼とスタッフさんのコメントを見て、涙が出る。
誰も悪くないのに、と何度も思う。

何万人という人と共有出来るはずだった時間がウイルスによって壊されてしまったことが、ただひたすらに悔しい。
 
 

しかしこの自粛期間中も米津玄師は止まっていなかったし、音楽は終わっていなかった。
 

彼の5枚目のアルバム「STRAY SHEEP」のジャケットにはHYPEという文字が入っている。

7月31日、彼のインスタグラムで今後の公演全ての中止の発表とともに挙げられた画像が、それだった。
その投稿のキャプションには、彼の言葉で今回のツアーに対する思いが綴られていた。
 

「未完となったHYPEのことを想う。来てくれた人たちに、来ることが叶わなかった人たちに、どうかこのツアーが確かにあったと憶えておいてほしい。」
 

その2つに分類されるなら、私は“来てくれた人”だ。

このツアーを、私は絶対に忘れない。忘れたくない。忘れられない。
行けたからどうの、じゃない。
私だって、前日の夜までは行けない人だった。
だからなんだと思うかもしれない。
結果的に行けたのだからいいだろう、と思う人は必ずいると思う。

確かにそうだ。

しかし、行けたからいいや、なんて私は思えない。

行けなくなってしまった友人を想う。ツアーでまだまだ各地を回る予定だった米津玄師、サポートメンバー、スタッフの皆さんを想う。

彼らの気持ちは私にはわからないかもしれない。そんなの綺麗事だと言われるかもしれない。
しかし、確かに私も悔しいという思いが心にある。

だからこそ、このツアーが確かにあったと憶えておかなければならないと、強く思う。
 

そして話は彼のインスタグラムに戻るのだが――書かれていたのは、それだけではなかった。
 

「そしていつかまた何処かで集まりましょうね。元のようには戻らないとしても、以前よりちょっとだけ成長した姿で、なくしたものを偲びながら楽しみあえたらいいな。」
 

また会おう、という彼と私たちの約束。それだけで、少し強くなれたような気がした。
この期間、私たちは確実に何かを失っているし、それが返ってくることはない。しかしそれと同じように、確実に何かを得ていて、成長しているだろう。

米津玄師のWOODEN DOLLの歌詞に、

《失くしたものにしか目を向けてないけど 誰かがくれたもの数えたことある? 忘れてしまったなら 無理にでも思い出して じゃないと僕は悲しいや》

という部分がある。
この曲は、HYPEでも歌われた曲だ。
彼の弾き語りだった。

今までもう何回も、何十回も聞いたWOODEN DOLLという曲。
いつにも増して歌詞が心に響いてくる。

マイナスの方向ばっかり向いていてもいいことはない、前を向いて、自分の持っているものを数えて、そこに関わってくれた誰かのことを思い出して、強く生きていかなければならない。
目の前で歌ってくれた米津玄師の姿が思い出される。

しかしインスタグラムには、なくしたものを偲びながら楽しみたいとある。

普段、後ろなんて向いていられないかもしれない。
早く忘れたい、もう見ていたくないと思うかもしれない。
もしくは、後ろを向いて立ち止まってしまうかもしれない。

しかし、それでいいのだと、彼は言ってくれているような気がする。

無理して前ばかり向かなくていい、時には少し後ろを向いてもいい、そして今度また会えたときには明るい未来からそれらを眺めて懐かしいと笑い合おう、そうやって言ってくれているような気がした。

いくつもの幸せをくれ、大切なことを教えてくれた人。
誰よりも何よりも心に響く言葉を綴る人で、本当に尊敬できる人。
彼を好きになって良かったと心から思うし、きっと一生好きでいるんなろうなと思う。
 
 

HYPEは確かに途中から中止になってしまった、その事実は変わらない。
行けた人も、行けなかった人もいる。

しかしそんなことがあっても米津玄師はたくさんのものをくれた。

STRAY SHEEPというアルバム。
新曲。
タイアップ曲。
コラボ曲。
ライブDVD。
アートブック。
おまもり。
今はまだ未定のシリアルコード。
ミュージックビデオ。
ラジオのパーソナリティや、ゲスト出演。
雑誌、テレビ番組のインタビュー。
対談や鼎談。
フォートナイト内のライブイベント。

コロナウイルスによって自粛させられる期間がなければ、生まれなかった名曲たちが確かにあって、彼から発せられる言葉は違うものであったかもしれない。

STRAY SHEEP発売直後のインタビューで「不要不急といえば音楽が真っ先に切られるもの」とよく述べていた彼だったが、私には絶対に必要なものだった。
久しぶりに彼の新曲を聴いて、姿を見て、画面の中で言葉を紡いでいく彼を見て、そう確信した。

音楽がなければ生きられない。
 
 

HYPEのアンコール最後の曲は、ホープランドだった。

2015年にリリースされた3rdアルバム、Bremenに収録されている曲である。
それからもう5年経っているのかという事実と、それでも今なお輝き続ける名曲が胸に刺さる感覚が、そこには確かにあった。

《ソングフォーユー 聴こえている? いつでもここにおいでよね そんな歌 届いたら あとは君次第
ソングフォーユー 憶えている? 僕らは初めましてじゃない 同じものを持って 遠く繋がってる》

米津玄師はそう歌って、ライブの幕を閉じた。

一人一人に投げかけているかのようだった。

君のための歌が、ちゃんと届くように。
聴こえているなら、憶えているなら、いつまでも繋がっている、だからまた必ず会えると約束してくれたみたいだった。

涙が止まらなかった。

今まで何回も何回も聴いてきた曲が、こうやってライブで歌われて私の奥の奥にある扉をノックしてきている、それは何よりも力強く、そして希望を持っていた。
 

またそうやって彼の音楽が、ライブという唯一無二の空間で届けられる日が来ることを、切に願う。
 
 
 

HYPEという船は沈んでいないし、誰一人として落とされていない。
名前を変え、また新たな目的地を作り、米津玄師の手で船は走らされている。
 
 

2019.10.12

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