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2017年10月12日

知らない男 島崎ひろき (25歳)
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別の世界への旅行にようこそ。

吉澤嘉代子 2ndシングル『残ってる』& 3rdフルアルバム『屋根裏獣』

2017年10月4日リリースの吉澤嘉代子の2ndシングル『残ってる』。朝帰りをした主人公の夜から朝にかけての心境の変化と、夏から秋へと変わっていく季節の変化が、歌詞の中で丁寧に重ねられていく。例えば「造花の向日葵は私みたい」というラインだけでも「あっ、道にあるひまわりが造花ってことは、もう秋がやってくるんだな~」という季節の変化と「あっ、もしかしたら昨日の夜、彼女は明るい自分を演じて強がっていたのでは…」という主人公の気持ちの変化、この2つを想像出来る歌詞になっていて、他のラインももれなくそういう作りになっている。

そこから浮かび上がるのは主人公が好きな相手と過ごしていた「昨日」と「夏」に取り残されてしまったという事実。その逡巡を爆発させるように、サビでは「まだ あなたが残ってる からだの奥に残ってる」「いかないで いかないで いかないで いかないで」という非常に感傷的かつ、同時に「からだの奥に残ってる」という身体的な感覚に訴えかける言葉選びで、まるで昭和の歌謡曲のような生々しさを演出している。この生々しさは他の楽曲同様に、嘉代子さんが「女性」というものを批評的に捉えて表現することに長けているから生まれるもので、毎回、そのセンスには脱帽するしかない。

ひとつひとつのラインと、それらを踏まえた全体の流れが、聴き手が行間を読み、想像を膨らますことが出来る豊かな余白に溢れた歌詞になっており、そこにさらに嘉代子さんの歌声が加わることで、歌詞に表情がついていく。この生々しく誠実な歌詞を艶かしく、この曲の主人公同様に危うく歌い上げる技術、表現力はシンガーとして文句なしに一流で、曲の主人公に成りきってるという点では、もはや役者としても一流なのでは?と言いたくなるほどだ。

さて、ここまで歌詞と歌声で日本語の魅力を味わうことができるなら、その時点で日本のポップスとして大名曲と断言していい“残ってる”と、むしろ、この楽曲の真価がより伝わるのでは?という仕上がりで破壊力抜群の“残ってる -ピアノと歌-”Ver。さらにさらに資生堂のWeb CMの曲として提供され、同じ資生堂のCM繋がりで「女の子は誰でも魔法使いに向いてる」という椎名林檎の歌声とも共鳴しそうな“怪盗メタモルフォーゼ -CM Version- ”。そんな3曲が収録されている最強シングルの発売を記念して、前述した嘉代子さんの役者的な側面と「物語」というテーマが強力に合致した2017年3月15日発売の3rdフルアルバム『屋根裏獣』について書いていきたいと思う。というのも、このアルバムは初期三部作の集大成と本人が位置付けているように、インディー時代の1stミニアルバム『魔女図鑑』からのキャリアを総括するような名盤に仕上がっていて、この『屋根裏獣』と『残ってる』を合わせて聴くことにより、2017年の嘉代子さんが、どれだけアーティストとして脂がテリッテリなのかわかっていただけると思う。
 
 

屋根裏獣の曲には主人公がいます。
性別があり、年齢があり、人格がありますが、肉体だけがありません。
ぜひ、皆さんのからだをお貸しください。
別の世界への旅行を楽しんでもらえたら嬉しいです。

吉澤嘉代子

(『屋根裏獣』のギター弾き語りブックの序文 抜粋)
 
 

嘉代子さんのアルバムはどれもコンセプトアルバムとしての側面が強く、フルアルバムだけで言っても1stの『箒星図鑑』では「少女時代」、2ndの『東京絶景』では「日常の絶景」をテーマに製作されていて、その三部作の最後を飾る本作ではそのものズバリ「物語」をテーマに、嘉代子さんにとって「物語とはなにか?」という本質的なことを紐解くアルバムに仕上がっている。

1曲目の“ユートピア”。開始早々、理想郷というタイトルとは程遠く、弦楽器が悲鳴をあげてのたうちまわるようなおどろおどろしい音が鳴り響き、現実の世界が歪み始め、主人公は市民プールから物語の世界に落ちていく。この曲をプロローグとして、2曲目からはその物語の世界を中心に、市民プールから人魚へ、海が見えるカフェテリア、喫茶店に集まる中学生、屋根裏の居候に恋心を抱く少女、家族を殺して家出を実行する子供たち、夫を殺してタクシーに乗り込む妻、そして辿り着いてしまう辛すぎる地獄…と、それぞれの物語が連想ゲーム的に次から次へと展開していくのだが、曲間の編集によって、曲から曲への切れ目が曖昧になり、全ての物語がシームレスに繋がっているような構成になっている。まるで自分がいつページをめくったかわからないように…まるで現実と物語の境目が曖昧になっていくように…この「シームレスに繋がってる」というのを一番端的に描いている楽曲が、MVも製作されている“地獄タクシー”である。

妻が夫を殺害し、その生首をカバンにつめてタクシーに乗り込む。すると運転手から「貴方、もう地獄に落ちてますよ」と宣告されてしまう。場面は変わり、女の事件はすでに二ュースになっているが、そんな事件などどうでもいい様子の一人の男がタクシーに乗り込み、ふと今朝の記憶がないことに気がつく。男は運転手から「貴方、もう地獄に落ちてますよ」と告げられる。その男こそが妻に殺害されてしまった旦那だったのだ…と、ストーリーテリングが秀逸な曲だが、一番では妻、二番では夫と、登場人物が切り替わるのを曲の展開や歌の変化で演出していて、とくに歌に関しては声色を変えているのもそうだが、一番ではライミングが多めでリズミカルなのに対し、二番ではライミングをほとんどしておらず、リズムの違いで変化を見せているのも面白い。この部分に限らず全体を通して、今まで以上にリズムアプローチが多彩になっているのは、本作の前にリリースされた様々なアーティストとのコラボミニアルバム『吉澤嘉代子とうつくしい人たち』での岡崎体育とのコラボを経た、順当な進化と言えるだろう。

ところで、男女の登場人物を1曲の中で歌い分けている曲というと、最近で真っ先に浮かぶのは宇多田ヒカルの2016年の傑作アルバム『Fantôme』に収録されている“俺の彼女”。ちなみにこのアルバムには『屋根裏獣』と同じく“人魚”というタイトルの曲が収録されていたり、同性愛をテーマにした“ともだち”という曲も収録されているのだが、嘉代子さんも以前、2ndミニアルバム『幻倶楽部』の中で、同性愛をテーマに平仮名四文字の“うそつき”という曲を発表している。スキルや方向性は違えど、おなじ日本語ポップスのシンガーとして一流の2人が、水面下で共鳴している部分(と、していない部分)については、深く考察してみたいところだが……それはまたの機会に(たぶんそんな機会はこない)。

話を戻そう。そんな登場人物の描き分けの上に繰り広げられているドラマは血みどろの殺人事件だが、肝心な事件の真相については少なくともこの楽曲の中でははっきり明言されていない。本作のツアーである『獣ツアー2017』(なんと『残ってる』の初回限定盤にはこのライブの模様がほぼ全編収録されているDVDがついてくる!買いだねっ!!)の中で披露されていた寸劇や、本人談によれば「愛するあまり殺害してしまった」という説明がされているが、この曲だけ聴いて判断するなら、夫の方も運転手から地獄行きを宣告されているため、なんらかの過失があったのでは?と想像できる…いずれにしろ、楽曲だけで判断しようとするなら、この事件には聴き手があれやこれやと想像を膨らます余白があり、それはそれとして楽しめるのだが、この曲で重要なのは「なぜ2人が地獄タクシーに乗る羽目になってしまったか?」という点ではなく「いつから乗っていたか?」ということだろう。

この曲の夫婦は運転手に言われるまで、自分たちが地獄タクシーに乗っているということには気付かない。現実と地獄、その境目は限りなくシームレスで、誰もその違いに気づくことは出来ない。それと同様に、1曲目の“ユートピア”で、主人公がなんの変哲もない市民プールから物語の世界に落ちていくように、現実とフィクションの境目もまた曖昧である。そして、厄介なことに、現実の世界では自分がどこへ向かっていて、どこにいるのか、教えてくれる運転手はいない。われわれはいつだって、現実からフィクションへ、フィクションから現実へ、知らない間に行ったり来たりを繰り返すのだ。そう、まるで、ぶらんこ乗りのように。
 
 

「わたしたちはずっと手をにぎってることはできませんのね」
「ぶらんこのりだからな」
だんなさんはからだをしならせながらいった。
「ずっとゆれているのがうんめいさ。けどどうだい、すこしだけでもこうして」
と手をにぎり、またはなれながら、
「おたがいにいのちがけで手をつなげるのは、ほかでもない、すてなきなこととおもうんだよ」

(『ぶらんこ乗り』いしいしんじ著より抜粋)
 
 

このアルバムの物語の登場人物たちはそれぞれ人に言えない秘密や罪を背負っていて、もしかしたら、現実世界では非難されてしまうような人たちかもしれない。ただ、物語はいつだってそういう人たちに優しい。彼らの姿を見ながら、現実の私たちはいつも安堵する。あまり大きな声では言えないが、物語の彼らも、私たちも、本当はぜんぜん変わらないからだ。登場人物たちの罪を受け止めるように“ぶらんこ乗り”が歌われ、そのぶらんこに乗って、物語の世界に落ちていた少女は現実の世界に帰ってくる。

物語やフィクションは「ここではないどこか」に逃避させてくれる装置だ。しかし、逃避のためだけの物語やフィクションは、ひどく味気ないものに思えてしまう。物語やフィクション、つまり芸術が美しいのは、違う世界に行き、違う世界の視点から現実世界を眺めることで、現実世界を変容させることが出来るかもしれない武器だからだ。このアルバムのエピローグ“一角獣”で、物語から帰ってきた少女は言葉を武器に現実と闘うことを決意する。その決意は現実とフィクションの間を行き来して、その2つの世界の架け橋になる、優れたぶらんこ乗りになるということではないだろうか?そう考えると、この“一角獣”の舞台が、あちら側でもこちら側でもなく、その中央で宙吊りになっている「橋」なのはとても象徴的だ。橋の下からは一角獣の鳴き声が聴こえてくる。これはフィクションだろうか?時にフィクションは現実の真実では太刀打ち出来ない本当の真実を教えてくれる。一角獣の鳴き声、そのふるえを言葉にして、あなたに会いに行かなければならない。このアルバムは命がけで手を伸ばしている。その手を掴んでみてほしい。きっと、別の世界への旅行はそこから始まる。

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