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2017年10月19日

タケダハルカ (20歳)
28
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

climbgrowと自分を重ねてしまう夜に

あれほどまでに激しい音楽でなぜ涙は溢れるのか

 数ヶ月前
 20の夏の夜に、同い年のclimbgrowというロックバンドに出逢った。

 10月15日、下北沢。スクリーンの向こう側で音出しがなされる。楽器の音に重なって微かにマイクを通さない杉野の歌声が聞こえる。あまりに大きすぎる声に思わず笑みがこぼれた。

 <自分で決めた道を 右往左往する奴らばかり そんな奴らの感性なんか 俺は要らない>
 <枯れ果てた感受性 腐りきったプライド お前らはそんなのを売って 何をヘラヘラしてられる> – 風夜更け

 しまった、と思った。
 私はヘアモデルの仕事を終えてそのまま会場へと足を運んだのだが、スニーカーこと履いてはいたものの、着ていたコートを片手に持ち、膝丈のタイトスカートを穿いて、あろうことかフロアの中央にいたのだ。
 彼らの本気を目の当たりにした私は、こんな中途半端な気持ちで挑んだ自分と邪魔なコートを恨んだ。

 彼らのスタイルの良さからは想像もつかないほどのパワーを感じた。ビリビリと痺れる感覚というのはこれを指すのだと知った。力強く狂気に満ちた谷口のドラムと、身体を断続的に貫く田中のベースと近藤のギターが叫ぶ音、数メートル先の直線上にいる杉野の「彼奴ら」に対する怒りと苦しみに塗れた目に、表情に、がなる声。
 今までに数えきれないほどのバンドの曲を聴いてきたが、これほどまでに一人ひとりが主役になり得るバンドがあっただろうか。
 彼らの音と声を初めて生で聴いた私は、思い切り首を絞められたような感覚に陥った。震える肺と心臓で息を詰まらせて、泣いた。
 

 小学5年、ロックに目覚めた。ずっとずっとロックバンドが好きだった。そして大学1年、突然ロックを忘れた。
 あの頃から今にかけての流行りのバンドの音楽は、楽しそうで前向きだった。「そういう日もあるよ」と世の全てを知り尽くしたとでも言いたげな、底抜けな”大人の”音楽だったように感じる。
 意味のわからない歌詞を書く奴が増えた。意味の無い歌詞を書く奴が増えた。その意味のわからないことを、壊れた玩具のように何度も繰り返す奴が増えた。
 最近のロックはだせえと思っていた。そんなのはロックじゃねえ、そんな全てを受け入れるような、諦めたような曲、でたらめな曲は…いや、楽器が鳴らす音がロックっぽいのならそれを皆はロックと呼ぶのかな…。
 やがてロック自体への興味が薄れていった。

 大学3年、友達が順繰り20歳を過ぎて、21歳を迎える。大学のうちに結婚のあてを見つけたい欲望に駆られ、皆会えば酒を飲み、街コンで会った男がどうだのアプリで会った男がどうだのそればかりで。
 バンドにロックに、飽き飽きしていたはずなのに、空虚この上ない夏休みのせいでYouTubeの履歴はマイナーなロックバンドだらけになっていた。14の頃聴いていた音楽に一生付き纏われるというのはどうやら本当のようで、いつの間にか掌を返すようにロックの世界に舞い戻った。

 <climbgrow「ラスガノ」>
 ギターの一音と、直後、ジャズダンスを思わせる優雅さを秘めたパワフルなベースラインが異彩を放つ。イントロだけで、私の心を掴むには十分過ぎた。それがclimbgrowと私の出逢いだ。
 ライブなんてしばらく行っていなかったが、数日後、TwitterのDMでチケットを1枚取っていた。

 <ぽつねんと輝く外灯を 自分と重ねてしまう夜へ>
 <行き場の無い感情迫り来る不安にさ 瞼の裏側から流れる涙に安心をしたんだよ>
 <この夜は綺麗で 君を見つけた> – 極彩色の夜へ

 「届いてますか」
 と、杉野は私たちに、4人の思いが届いているか何度も何度も確かめる。届いていると伝われば、聞いたりはしないのだろう。ぼんやりと聴いているように見えているのかもしれない。不安なのかもしれない。そんな私たちの行く末を案ずる彼の不器用な優しさなのかもしれない。
 彼らの気持ちを推し量るなんて、私はなんと浅ましく図々しいのだと自分を責めてしまう。彼らの本意を汲み取ろうだなんて無理な話だ。彼らは私の理解の先をいっているに違いないという期待からの自責なのかもしれない。そう期待する私がいるのだ。そんなことを考えつつも、彼らの本意を推察してしまう私の心理は不思議なものだ。

 私より若いと思われる背の低い女の子のファンたちは、顔を崩して恥ずかしげもなく縷々として涙を流す私を、真っ直ぐ先にいる杉野から隠してはくれなかった。
 けれども、自分が恥ずかしいなんてわからなくなるくらいに、最後の一瞬まで止まることなく溢れた。

 彼らから見える私たちの表情がどんなものかはわからないが、climbgrowがより大きな会場で、どれだけたくさんのファンに囲まれてライブをするようになったとしても、杉野は何度も問い続けると私は思うのだ。
 きっと、空虚な日々に薄められてしまった感性では、精一杯表現したところで、彼らに伝わりはしない。伝わっていないから問うのだろう。
 そう、何度でも聞いて確かめてほしい。私たちはその相互のやり取りの中で、自身の存在を確固たるものとして認識するのだから。そして彼らとの相互作用で、私たちの褪せた感性は少しずつ色づいていくのではないだろうか。

 <ロックンロールが似合う 16歳になっていましたか?>
 <叫んだ歌 息をしてるんだって 生きてるんだって そんな歌 歌うんだって息を吐いた> – 叫んだ歌

 21歳だからと舐めないでほしい。
 現代の若者の中で、本物のロックンロールを見せてくれる者は本当にごく僅かなんてことは言うまでもないが、climbgrowの本気に胸を打たれ、「寂しい」と、「虚しい」と、心が泣き叫ぶこれをロックンロールのインパクトと呼ばせてはくれないだろうか。彼らの本気を、ロックンロールと呼ばずして他になんと表現ができようか。

 climbgrowは「彼奴ら」に歌う。
 今日も浅ましい私たちは自分の姿をclimbgrowに投影し、「彼奴ら」を「私たちの彼奴ら」にすり替えて、climbgrowの音楽を聴くのだ。

 日本のバンドシーンに
 かぜよふけ。

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