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2017年10月25日

マーガレット安井 (32歳)
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変化は進化を生む

bonobos『FOLK CITY FOLK .ep』が最高傑作な理由。

 2010年代に入って以降、ジャズの扱われ方が変化している。簡単に箇条書きで説明すると

 1.2000年にディアンジェロの『ヴー・ドゥー』でJディラが行った酩酊感のあるヨレたビートをロバート・グラスパーが『ブラック・レディオ』で顕現化した。

 2.そしてこの『ブラック・レディオ』でロバート・グラスパーはヒップ・ホップやネオ・ソウルを使うことでジャズを拡張しはじめた。

 3.またネオ・ソウルを生み出したディアンジェロが14年ぶりに新作『ブラックメ・サイア』で復活を果たす。

 4.さらにはヒップ・ホップ側からケンドリック・ラマーがロバート・グラスパーの盟友であるテラス・マーティンをプロデューサーにして大々的にジャズがフィーチャーされたアルバム『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』を完成させた。

 5.そしてロバート・グラスパーから端を発した“拡張されたジャズ”がムーンチャイルド、ハイエイタス・カイヨーテ、ceroといった人種や国籍を飛び越えて世界中のバンドへ波及している。

 6.また日本ではceroだけでなくWONKやNulbarich、LUCKY TAPES、iriといった多くのバンド、アーティストがこの流れに感化されて自らの音楽に“拡張されたジャズ”を取り入れている。

 というのが今のポップ・ミュージックにおける非常にざっくりとした一つの流れである。こうした中でbonobosは去年『23区』という作品を発表した。前作『HYPER FOLK』はbonobosが試行錯誤してきたサウンドへの到達点を見せてくれた作品であったのだが、この『23区』では『HYPER FOLK』で到達した流れを組みながらも、ロバート・グラスパーからスタートした“拡張したジャズ”を取り入れた。結果、『23区』はそれまでにはないbonobosの新しい可能性を提示した作品となった。

 こう聞けば誰もが次の作品を期待してしまいそうなものだが、私は違っていた。なぜなら『HYPER FOLK』『23区』と非常に高水準なアルバムを提示したbonobosに「この2作品と肩を並べるような傑作を作ることが出来るのか?」と次作に対しての懸念を抱いており、更には後述する“ある理由”で『23区』という作品に対して不満があり「それが解消しているのか?」と不安であったからだ。しかし1年経ち彼らの新作を聴いた今、この懸念と不安は単なる取り越し苦労であったと思う。

 断言しよう。bonobosの『FOLK CITY FOLK .ep』は彼らの活動を包括するという意味で集大成であり、最高傑作と呼ばれるべき作品だ。
 
 

 まず『FOLK CITY FOLK .ep』の事を話す前にbonobosというバンドについて軽く触れておきたい。彼らが日本のポップ・ミュージックでやろうとしたのはレゲエやダブといった音楽であり、それをひも解けば影響を受けたバンドのひとつであるフィッシュマンズに当たる。ところがbonobosの場合は影響を受けたと同時に“フィッシュマンズの亡霊”からいかに逃れるかというのが活動当初の課題でもあった。2008年ごろのCDJournalのインタビューで、当時のメンバーであった佐々木康之がこんなことを語っていた。

 「フィッシュマンズのことは好きでしたけど、フォロワーって言われたことがものすごいイヤだったんですよ。それに対する反発心が原動力になって、打ち込みを取り入れてみたり、変化を求めていったし、今後も変えていきたいなと思います」

 普通に考えて、日本でダブやレゲエに根差してポップ・ミュージックをやろうとした場合、必ずと言っていいほどフィッシュマンズという偉大過ぎる先輩が音楽ファンの頭をかすめるわけであり、bonobosの場合もフィッシュマンズに無い独自性を獲得するために試行錯誤を行ってきた。その結果、レゲエ、ダブの根本を残しながらも、編成にブラスやストリングスなどを取り入れてみたり、打ち込みを加えたり、エンジニアやプロデューサーを毎回変えたり、と“変化を恐れない姿勢”を彼らは貫いていった。
 
 

 では、“変化を恐れない姿勢”と現時点でのbonobosを語る上で大事なターニングポイントとなる作品が何か。2作品ある。『ULTRA』と『23区』だ。

 『ULTRA』と言えば2011年に発売されたbonobosの5枚目となるフル・アルバムだ。この作品でbonobosはブラスやストリングスを取り入れた事でシンフォニックで優雅なチェンバーポップスに仕上がっている。そしてここから“管弦楽とポップス”というのが一つの課題となり、いかにしてホーンやストリングスをポップ・ミュージックへ落とし込む事が出来るのか、というのが作品作りのポイントとなった。

 確かこの当時のインタビューでボーカルである蔡忠浩が筒美京平との共演を熱望していた事を記憶している。筒美京平と言えば歌謡曲にストリングスやブラスを持ち込んだ第一人者であり、蔡忠浩としては筒美京平の持つエッセンスを肌身をもって受け止めたいと感じたのではないだろうか。その事を踏まえると、『ULTRA』の次作にあたる『HYPER FOLK』や『23区』の「東京気象組曲」や「葡萄の森」といった楽曲たちはbonobosが“管弦楽とポップス”というのに向き合った結論だったのかもしれない。

 そしてもう一つのポイントとなるのが去年発売された『23区』だ。先にも語ったが『23区』以降は2010年代以降の“拡張されたジャズ”の流れを組んだ作品である。ではなぜbonobosがこの音楽性に進んだのであろうか。その要因はドラムであった辻凡人が脱退し、新しいメンバーとしてドラムに梅本浩亘、キーボードに田中佑司が加入した事が大きいように感じる。

 辻凡人と言えばザ・バンドのリヴォン・ヘルムから多大な影響を受けており、普段から70年代の音楽を愛聴していた人物であった。それに対して梅本浩亘は元々、大阪のスカ・バンドであったスカポンタスのドラマーでありソウル・ミュージックやファンクからの影響を受けたドラム・プレイを行っている。そして田中佑司もキーボードでの加入ではあるものの、元々はくるりに参加していた事もあるドラマーであり、近年のクエストラヴやクリス・デイヴといったミュージシャンに興味があり彼らのドラムについて研究をしていた。

 つまりブラック・ミュージックのビートにシンパシーを受けた2人が新たに加入したことにより『23区』における「Cruisin’ Cruisin’」「グッドナイト」といった楽曲でみせるヨレたビートとレイドバックの強いグルーヴが可能になり、現行のジャズシーンと呼応した新しいbonobosを開花させたのだ。ところが私にとっては、この新しい一面こそが『23区』に対しての唯一の不満でもあった。

 『23区』は新しいbonobosの形を切り開いたマイルストーンと言うべき作品なのは間違いない。しかし『ULTRA』以降行ってきた“管弦楽とポップス”と『23区』から始めた“拡張されたジャズ”の2つのポイントがそれぞれ力強く魅力を放った事で楽曲ごとで“魅力の乖離”が起こり、アルバムの統一性という点において個人的には納得がいかなかったのだ。だからこそ、二つの魅力が融合した時にbonobosはさらなる進化を遂げると期待した。そしてその期待が現実のものとなったのが『FOLK CITY FOLK .ep』である。
 
 
 
 都市の民謡をイメージとして制作された『FOLK CITY FOLK .ep』はbonobosがやってきた管楽器へのアプローチやジャズへの取り組みといった事を昇華させた形で詰め込まれた集大成的な作品だ。音楽をスタートさせると耳に飛び込むインプロビゼーション的なサクソフォンのサウンド、緻密に設計されたポリリズム、そしてレイドバックされたホーン・セクションの豊かなメロディー、オン・タイムではないヨレたドラム・ビート、そして蔡忠浩のしなやかな歌声。そのすべてが乖離することなく一つにまとまり、作品全体を貫通する柱となって巨大な都市を描き出している。

 ただこのように書けばbonobosの根本にあったレゲエは捨てたのかと思われそうなのだが、楽曲の下地にはレゲエのワンドロップがあるのもわかるし、ベース、ギターの弾き方もレゲエのマナーに踏襲している事もわかる。そもそもbonobosはレゲエやダブを解体して日本人になじみのあるポップスとして再構成をしてきたバンドであるので、“過去を捨てた”ではなく“時代に合わせて形を変える”というのが適切だろう。そしてその証明こそ代表曲「THANK YOU FOR THE MUSIC」のリアレンジバージョン「THANK YOU FOR THE MUSIC (Nui!)」である。
 
 ライヴでも既に披露されているこのナンバーも「THANK YOU FOR THE MUSIC」の軸となる部分は崩さず、ゆったりとしたドラム・ビートやマーヴィン・ゲイの「レッツ・ゲット・イット・オン」を思い起こすようなワウの効いたギター・サウンドなどブラック・ミュージックからの影響を多大に受けている。しかしこの曲で重要なポイントはこのブラック・ミュージックからのリファレンスではなく、冒頭のドラム1音がダブ・サウンドである点だと私は感じる。

 「THANK YOU FOR THE MUSIC」と言えばbonobosを象徴するアンセム的な役割を果たす楽曲であった。ところが先ほども語ったが彼らは常に変化をするバンドでもあるため、この「THANK YOU FOR THE MUSIC」がフィッシュマンズ同様に亡霊的な存在になってしまった。そこで新メンバーを入れたタイミングで完成させたのがこの「THANK YOU FOR THE MUSIC (Nui!)」である。インタビュー等でも語られているが、実はbonobosが5人組になって初めて出来たのがこの曲であり、これ以降、彼らはブラック・ミュージックを探求。『23区』や『FOLK CITY FOLK .ep』が生まれたのだ。

 そのような経緯を見ていくと「THANK YOU FOR THE MUSIC (Nui!)」に“過去と未来”というキーワードが浮かび上がってくる。つまり冒頭のダブ・エフェクトがかかった1音は“過去”、すなわち今までダブ、レゲエをやってきた自分たちの姿。そしてそこから始まる「THANK YOU FOR THE MUSIC (Nui!)」の音楽は”未来”、すなわちbonobosがこれから以降やるべき音楽。だと読み解けなくはない。過去にすがるのでなく未来を新しい形で進んでいく、決意のようなものを落とし込んだ楽曲こそ「THANK YOU FOR THE MUSIC (Nui!)」はではないだろうか。

 と、さすがに今のは行き過ぎた妄想だったかもしれない。しかしbonobosの今の姿を見てもフィッシュマンズと比べられた過去の姿はない。常に自らの姿を変え進化していった結果、いまbonobosは日本の、いや世界のどのバンドも到達しない姿で私たちの前に現れている。戒厳令下のポップ・ミュージックが鳴り響くこの時代に、変化、進化を続けたbonobos。今の彼らを誰も止めることは出来ない。

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