616 件掲載中 月間賞発表 毎月10日

2017年11月21日

miki (24歳)
235
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

助けて、と叫ぶ声の主は

私がthe HIATUSの「Insomnia」を聴き続ける理由

the HIATUSのライブに足を運べば、必ずと言っても過言ではないほどセットリストに組み込まれているこの曲がある。その曲に、オーディエンスは雄叫びをあげ、腕を突き上げ、飛び跳ね、地面を揺らす。バンドとオーディエンスの絶唱が起こり、その光景はさながら、惑星が命を燃やす熱量と刹那のようなものを思わせる。

私はその度に、狼狽する。

足は根を張ったようにその場から微動だにしなくなる。口を噤んで、自分の腕で自分を支えるように肩を抱いて、ステージや周りから発せられる熱に打ち負かされないように踏ん張る。そうしなければ、何かに屈服しそうになる。自分の内側から、目に見えない何かに自分を食いつぶされそうになるのだ。
私がthe HIATUSのライブに足を運んだ数は、もはや自分でも把握しきれないほどだ。
1th ALBUM『Trash We’d Love』のリリースツアーから、現在に至るまで全てのツアーに参加し、時には地方へも追いかけ、名の知れた数々のフェスのステージでも、彼らの姿を逃すことはなかった。
繊細なようで図太く、ミニマムなようで荘厳で、冷たいようで燃えている。彼らが始動したそのときから今日にいたるまで、その世界観に落雷を落とされたかのように、私は心を射抜かれ続けている。
彼らが作り出す混乱はいつだって、退屈さに麻痺しかけた脳をかき乱し、繰り返しの日々の生活を営む中擦り減らし消耗する何かを満たし続けている。

『Insomnia』がリリースされたその日のことを、未だによく覚えている。
そっと再生ボタンを押したオーディオから、柏倉の鼓動にも似たドラムが鳴り響き、ストリングスと絡み合う。その美しいイントロに息を呑んだのも束の間、歌い始めた細美の声が掠れていることに驚いた。過酷なレコーディングスケジュールの中収録されたというこの歌声のどこかに、ただ酷使された喉から出ただけ、という理由では決して納得できないほどの、「苦しみ」が伺えたのだ。

“Save me”

“助けて”、と何度も何度も繰り返されるその歌声。鳴らされる楽器たちの轟音に乗せた、悲痛で渇ききって痛々しい目も当てられないようなその歌声に、心の中の誰かがまるで呼応するように声にならない声を上げて泣いて、胸が引き裂かれるような苦しみに襲われた。

わたしはすぐさま気が付いた。
これは絶望の曲だ。

――――――――――――――――――――――――
Just keep up the prayer
Still trying to remember who I was
And how things used to be
〈祈り続けるだけだよ
いまだに僕は誰で
何がどうなっていたのかを
思い出そうとしてる〉
――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――
I’m not the one you want
I’m not the one you know
〈僕は君が求めてる人じゃない
僕は君が知って人じゃない〉
――――――――――――――――――――――――

こんなにも生々しい感情を、なぜ細美武士は歌わなければならなかったんだろう。

自分は誰?なんて自己存在への疑問も、他者が自分に対して抱く像を否定することも、普段私たちは触れてはならないものとして敬遠しているはずだ。
だけど、それでも、音楽という表現の名の下で吐き出さなければ、彼は彼自身の中にある何かに、背負っている十字架に、押しつぶされてしまうところだったのだろうか?
そんな思いがよぎるのと同時に、なぜか私はこの歌詞に強烈に惹かれてしまった。

シンプルで、それ故に言葉の芯がぶれることなく、向けられた矛先へと届いてしまう細美の歌声は、ただひたすらに美しいのだ。その歌声に乗せられた歌詞に、私は自分自身を投影してしまった。
この曲で歌われる絶望は、喪失だけではない。そこから掘り下げて、もっと深くにある憎悪や嫌悪、嫉妬、焦燥。様々な感情をあらわにしてゆくようだった。

どんなライブ会場で、誰と、どう聴こうとも。私にとって『Insomnia』は、常に絶望的だった。ワンマンライブ、対バンライブ、フェス。時と場を変えようとも、それは変わらなかった。
あのイントロが流れだすと、自分の中に潜んでいる最も汚くて、最もピュアなものが、堰を切ったように溢れ出てくるのだ。曲が盛り上がるにつれて、どうしようもないほどに黒く澱んだ自分が、まるで宙に浮いてしまって、その場からポツリと取り残されたよう感覚に陥るのだ。
いつしか自己投影してしまったその曲が生み出す絶望は、楽しいライブの空気をも打ち砕くほど。格闘ゲームのように体力ゲージが目に見えるのであれば、デッドラインぎりぎりのところまでダメージを受けるようなイメージ。
決して楽しくなんてなく、笑顔を見せることもできなくなり、私は何かをひどく消耗したような疲労感に毎度さいなまれた。
だけど、そうまでしても、私はこの曲を聴くことをやめない。
やめるわけにはいかない、と思っている。

その理由は、5th ALUBM『Hands Of Gravity』のリリースツアー、Zepp Nagoyaでの公演で細美が漏らした言葉の中に隠れていた。

ハイエイタスが始動して7年が経過し、より成熟し、バンドとオーディエンスとの絆の深さを改めて確信した自信と、手練れのメンバーが織りなす壮絶なカタルシスに皆が酔いしれたこの夜、細美はこう言った。

「昔は泣いて泣いて苦しんだ曲もある。
それはこれからも演奏していく。」

そう言って演奏された『Insomnia』に私は泣いた。

そうだ。
私だっていまだに、泣いて泣いて苦しんでいるのだ。
誰もが、誰にも理解されずに抱えている闇がある。
人によって形や色は違えども、必ずそれは腹の奥底に積もり積もって、息をひそめている。
誰もが、それに気づかないふりをして、隠して、忘れたふりをしている。

だけどこの『Insomnia』という曲は、細美武士が自身の闇を吐露して作り上げ、the HIATUSが命を懸けて演奏し、私たちオーディエンスが命を燃やす瞬間を与え続けるために鳴らされているのだ。

だから私は、リリースから何年もの年月が流れようとも、この曲と向き合っては自分の中にある深い深い闇に身を沈めるのだ。
周りのオーディエンスが振り絞る大声で合唱しようとも、その声に埋もれながら私は、見ないふりをすれば済む知らないふりをすれば済む、自分の中で「助けて」と泣いて悲鳴を上げ続ける声と戦い続けるのだ。
どれだけ命のゲージを消耗しようとも。
だってそれが、生きている証しだから。
どうかそれが、ステージで命を燃やす彼らのように、いつしか尊いものへと昇華するようにと願って。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい