616 件掲載中 月間賞発表 毎月10日

2017年11月27日

サブリナ (27歳)
167
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

流れに身を委ねて

BUMP OF CHICKENを綴る

彼らについて一体何を書けばいいのだろう。
これは私がたった今思っていることだ。
おそらく音楽文でとりあげられてきたアーティストの中でも彼らは最も多く話題の中心になってきたバンドのひとつではないだろうか。

私が何を言おうと、多くの人が既にBUMP OF CHICKENのすばらしさを知っている。
それなら私はあえてここで何をしたいのだろう。
彼らの音楽を分析したいのか、それとも彼らの音楽に魅了された私の気持ちを紐解きたいのか。はたまた自分の人生と彼らの音楽がどう交わってきたかについて語りたいのか。

私は普段何かを書くとき、大体着地点を決めてからロイター板をふむ。
そうしないとただ楽しくて、踏み切ったことさえ忘れてしまうからだ。

さぁ本題だ。たまたまこの文を開けてくれた人が
そろそろ戻るボタンを押してしまう前に
決めた。今回は何でもいい。
気の向くままにBUMPの好きなところを
ただ並べてみようと思う。
まず、おそらくBUMPファンなら誰でも共感できることを言おう。
彼らの音楽はやさしい。
その4文字では表しきれない、底知れないやさしさだ。
言わないやさしさ、あえて触れるやさしさ、背中をおすやさしさ、見つけてくれるやさしさ、ひっぱりあげてくれるやさしさ。
色んな種類のやさしさがある中で、わたしが一番好きな、彼らが紡ぎだすやさしさは、見守るやさしさだ。
私がどんな人間であれ、母が無条件にかけてくれた愛のようなものだ。
「あなたを乗せた飛行機が あなたの行きたい場所まで
どうかあまり揺れないで 無事に着きますように」<(please) forgive>

「くれぐれも気を付けて 出来れば笑っていて」<グッドラック>

「手を振ったあなたの無事が 今でも気に掛かる 夜明け前」〈beautiful glider〉
自分が留学のために、実家を離れたときのことを思い出す。
あんなに嫌いだった場所。逃げようとして選んだ海外だ。
去っていくのは私のほうなのに、BUMPが奏でる音楽のような気持ちが背中にひしひしと伝わってくるのを今でも覚えている。
その陽だまりのような思いを背中にうけ、生まれてはじめて海外へむかうひとりぼっちの体。
その時はまだ数年後リリースされるアルバム『RAY』に収録されている<(please) forgive>という曲が当時の自分気持ちを驚くほど見透かしているなんてまだ知らない。
「ただ怖いだけなんだ 不自由じゃなくなるのが
守られていた事を 思い知らされるのが
自分で選んできたのに 選ばされたと思いたい」
人のせいにするのは簡単だ。環境のせいにするのも簡単だ。
どこからか適当な理由を持ってくるのはもっと簡単だった。嫌だけど学生だから、嫌だけどお金がないから、でもその何もかもをふりはらって、誰も自分のことを知らない土地に行くと決めたとき、怖くて仕方がなかった。
もう守ってくれる、都合のいい理由達はいなかったからだ。

BUMPが奏でる音楽が大好きだ。でも藤原(Vo.&G.)が選ぶ言葉は大好きでは測れない。自分の魂が震えるという感覚を教えてくれる。
なんでこんな言葉の置き方ができるのだろう。
どんなにアイディアをしぼっても、私の中からは一生かけても生まれることがない言葉ばかりだ。
よく音楽に救われたという人がいる。
それは出せない言葉の代弁なのか、出口が見えないトンネルではじめて微かに見えた光なのか、仕事におわれる会社員や、繰り返す毎日に疑問を感じる学生の生きがいなのか、さまざまな救いがあると思う。10年前の私にとって彼らの音楽は良き理解者だった。
誰でも一度や二度はあるだろう、もう無理だという時だ。自分の為だけにつくられた歌ではないのに、なぜこの気持ちがわかるのだろう、ここまで心にしみこむのだろうと思っていた。
もうこれ以上出ないという程泣くと、心はすこし強くなった。
そして、しがらみの多い世の中で、今日も死なないという勇断ができたのだ。
生き抜くという強いものではない。
BUMPの表現でいうならば

『息を繋ぐ』〈Hello, world!〉

『呼吸を繋ぐ』<ファイター>

ということだ。首の皮一枚で繋がっていた感覚だ。
今やもうそれから10年の歳月をかさね、前のように誰かの作った音楽に、生きる意味を見出すなんてことは出来ない冷めた大人になってしまった。至って普通なのかもしれない。仕事に追われ、空いた時間に友人と会い、寝る。
こんなことを言ったら10年前の日記から小さな自分がとびだしてきて怒られそうだが、あんなに苦しかった10代でも、好きな音楽を1日中かけて、自分だけの世界に浸れる時間があったなんて贅沢だったとさえ今は思う。
そうまさにここ5年くらいは転がるように生きてきた。
2年間くらいBUMPの歌をきかない時もあった。洋楽ばかり適当にながし、行った先々で耳にした音楽をプレイリストに加えた。
そんな私を今日ここまでひっぱりだしてきたのは、先日妹と行った5年ぶりのBUMPのライブだ。

今までで行ったどのライブよりも遠い席だった。米なんてもんじゃないセサミサイズだ。セサミメンバーがみえたのはおそらく2時間半のライブで2回くらいだ。そこにいるとは信じがたい、でも確かにおなじ空間にいる感覚だ。
セサミサイズが吉と転じて、私は終始バンプが織りなす音に全細胞をかたむけた。目で見える必要なんてなかった。
そこで覚えた感動は、ここでは書かない。自分だけのものにしておきたいからだ。
冷えきったように思えた10年後の自分。前とはちがった音楽の楽しみ方ができるようになっただけかもしれない。
いいものはいいと素直におもえるようになった。強いこだわりもなくなった。情熱をもってのめりこめなくても、素直に感動できる心をまだ自分はもっていた。そんな大事なことに気が付いたライブだった。
BUMPの音楽は過去から現在、そして未来へ時間軸を意識させるようなものが多い。
全ての道のりが今の私を造っているということを考えさせられる。
色んな経験をして、前よりは強くなった心。鈍いほうが楽に生きられる世の中。きっとあらゆる手を使って27年間自分自身を守ってきたのだ。
どんな道をあるいてきても、わたしが今息をしている限り、ふりむけば足跡がある。
「ここまで繋いだ足跡が 後ろから声を揃えて歌う」 〈GO〉
忘れたいこともある。もう思い出せないこともある。
もしかしたら私の靴は泥だらけかもしれないし、すり減ってもう使い物にならないかもしれない。
でも確かにここまで、今日までこの足で歩いてきたのだ。
10歳の自分、14歳の自分、17歳の自分。
どんな自分も必死に呼吸をつないできたのだと思う。
今すこし大きくなってその意味がわかる。
BUMPの曲をきくと、忘れかけていた必死に足掻いていた頃の自分を思い出す。
そして10歳も14歳も17歳も超えて歩いてきた自分を力いっぱい抱きしめたくなるのだ。
彼らは変わったという人もいる。
私は変わったということを決してネガティブには感じない。
彼らが彼らであることに変わりはないし、届けてくれる音楽はさらに強く、やさしくなったと感じているからだ。
皆がそうであるように、私がそうであるように、きっと音楽もいろんな経験をして、かたちを変えていく。それは目で見える・見えない、耳できこえる・きこえないという表面的なものだけではないように思える。
今まで20年以上、多くの人の心をつかんできたBUMP OF CHICKEN。最近ファンになった人の中にはエンブレムより若い人たちもいるだろう。そしてこの先きっともっと多くの人の人生にかかわっていくのだろう。
冒頭で決めたように好き勝手に書くと、やはり着地点を見失った私がここにいる。
最後にこんな話をさせてもらいたい。
文章が最終段階にさしかかり、読み直しているときだ。
ふと開いた、音楽文11月最優秀賞をよんで怖気づいたのだ。
なんて豊富なボキャブラリーとウィットに富んだ言い回し。
こんな16歳がどこかにいると思うと驚きだ。
わたしはというと、27歳になっても前のめりになった気持ちに言葉がおいつかない状態だ。
情けなさからくるのであろう、そもそもミュージシャンは誰かに論じてほしくて音楽をつくっているわけではないのではないか、ただ音楽が好きで、リスナーがいて、それで十分なのではないか、なんて都合のいい理屈がもっともらしい顔をして私とパソコンの間にあらわれた。投稿を押そうとしている指が震える。
全力をそそぎこんだ渾身の一発だったはずの文字たちが、手をあげた手前おろせなくなって出す一発のように思えてきたのだ。

それでも私はこの投稿ボタンを押すだろう。
どうしても書くと、こんな文でも人によんでほしいと願ってしまうからだ。
そしてこれはまさに臆病者の一撃なのだから。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい