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2017年11月27日

シグナル (50歳)
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エレファントカシマシとの再会

私がライブで観たもの

彼等の音楽に出会ったのは20年前。テレビから流れた曲をシンプルにいいなぁと思った。アルバムを聴いてさらに好きになった。
そしてライブに足を運んだ。
福岡のさほど大きくはないライブハウスだったことは憶えているが、正直それ以外の記憶が殆どない。
強く印象に残っているのは、怒ったような顔で歌う宮本を見て「この人全然楽しそうじゃない」と思ったこと。笑顔なんて一つもなかった。もちろんそれまでに観たアーティストも終始ニコニコ笑いながら歌っていたわけではないが、観客と一緒に盛り上げようとする姿勢があった。
宮本にはそれが感じられなかった。前を見て立ってはいるが、背中を向けられている気がした。
なんだか寂しかった。
その後エレカシのライブに行くことはなかった。曲も聴かなかったし情報も追わなかった。

20年後の今年3月。
偶然テレビに彼等が出演することを知った。リアルタイムで観れなかったから予約録画をした。
なぜだろう。ファンでもないのになぜわざわざ録画したんだろう。
自分でもわからないが久しぶりに彼等を観たくなったのだ。あの音楽を聴きたいと思った。
そして番組を観て感じたこと。やっぱりいい曲だなぁ。宮本の歌いいよなぁ。しみじみ思った。20年前と同じように感動していた。
4月から始まる30周年記念の47都道府県ツアーが告知された。
またライブに行ってみようか。
佐賀・宮崎連日公演のチケットを取った。でもまだこの時は、もし佐賀を楽しめなければ宮崎へは行かないつもりだった。

6月10日。佐賀公演当日。
期待と不安が交錯していた。
最後列からの眺めだった。
メンバーが静かに登場した。
(なんかステージが黒いぞ。へぇ、みんな衣装は黒なのか。)
演奏が始まった。
いきなり会場を包んだベース音に全身がゾクゾクした。
宮本の力強い声が響いた。
歌ってる顔は気迫に満ちていた。魂がこもっていた。20年前と同じように笑顔は無い。笑顔は無いが確かに今宮本は観客と向き合っていると思った。曲に対する熱い熱い情熱とそれを届けたいという想いを感じた。
まあ正確には「かっこいいぜ。よく見えないけど。」だったが。しょうがない。最後列だもん。
そしてMCで宮本が表情を崩した。
(わ、笑ってるよ〜)
トークもできるようになったんだね。私も笑った。
オーディエンスは初っぱなから総立ちだった。
懐かしい曲も新しい曲も心を打ち続けた。全力のパフォーマンスは圧巻だった。
一曲目で20年前のトラウマを吹き飛ばされた私は拳を上げていた。跳ねていた。
始めは棒立ちで観ていた右隣の男性も、いつしか拳を上げ笑っていた。左隣のカップルは何度もメンバーの名前を呼んでいた。
会場が一体感で包まれていた。
私は心の中で叫んだ。
(うわぁ!楽しいーー!!)
私も感動と感謝を伝えたかった。
終演後、ちぎれんばかりにメンバーに手を振っていた。

翌日、はやる気持ちを抑えて宮崎まで車を走らせた。
佐賀と違い、宮崎のお客さんは開演後も着席している方が多かった。
土地柄というのもあるかもしれないし、私の主観ではライブ慣れしていないのかなという印象だった。
実際、宮崎でのエレカシ公演はバンド史上初だったらしい。それでも好きな曲が紹介されると遠慮がちに叫んだり立ち上がったりする姿を見て、エレカシが来るのを心待ちにしていたことは側にいた私には凄く伝わってきた。
それは宮本にも最初から届いていたと思う。
オープニングのMCで「沢山の人が来てくれて嬉しいです。」と言った後に続けた言葉は
「なんだっていいんだよ。」
照れ隠しの滲んだややぶっきらぼうな一言。
それは「立とうが座っていようが楽しみ方は自由。なんだっていいんだよ。」の「なんだっていいんだよ。」だった。それぞれ表現は違ってていい。
20年前目の前にいながら距離を感じた宮本が、今観客を肯定している。そして肯定していることを伝えようとしている。
驚きと共になんだか嬉しかった。
とても温かいライブだった。
はけていくメンバーに向かって近くにいた男性が懸命に声を飛ばした。
「また来てよー。絶対また来てよーー!」
福岡から宮崎まで往復600km。自走日帰り。
ハードといえばハードだが、エレカシを聴きながらのドライブは最高だった。ライブの余韻に頭の先まで浸りながら帰った。そこには前日まで参戦を迷っていた私はもういなかった。
そして当初は予定になかった沖縄公演のチケットを慌てて手に入れた。

7月22日。ツアー中唯一のスタンディングライブ。
手を伸ばせば届きそうな距離で宮本が歌っている。
ホールでは味わえない醍醐味。熱気。
血が躍った。体も躍っていた。
自然に顔がほころぶ。私はずっと笑っていた。
『奴隷天国』が始まった時、さすがにこの曲でこんなヘラヘラしてたら宮本に怒られるんじゃないかと心配になった。必死に表情を元に戻そうとしたが、あまりの楽しさに顔が勝手に笑ってしまって自分で自分の顔をコントロールできなかった。
ヤバイ。焦った。心なしか宮本がこっちを睨みつけてるように見えた。ひーーっ。
心の中ではヤバイヤバイと冷汗をかきながら、結局最後までヘラヘラしていた。
宮本が目をひんむいてガナる。
『何笑ってんだよ 』
『 そこの 』
『おめえだよ』
ひーーーっ。

そして奇跡の当選を果たした野音。
抽選の結果を知った日から毎日、無事に当日を迎えられることだけをひたすら願った。ずっと応援してきたファンが多数落選していることへの申し訳なさと嬉しい気持ちが混在する中で。
願いは届いた。
9月18日。
素晴らしかった。ただ、ただ、素晴らしかった。
全身全霊を込めた宮本の歌に心が震えた。長年苦楽を共にしてきたメンバーとの間に生まれるグルーヴが熱くて温かかった。ステージを包む景色とそこに溶け込んでいく音がとても美しかった。野音の空気がこの上なく心地よかった。
また明日から頑張ろうと思った。
今でもあの日の音を収めた「野音セレクション」を聴くと熱い塊が込み上げてくる。
もしもこの先どんな理不尽なことが身の上に降りかかろうとも、あの野音を観れたのだから人生捨てたもんじゃないよなぁと思うことができる。そう確信している。それくらい価値のあるものだった。
一片の記憶が私の宝になった。

こうしてわずか半年で私はエレカシの沼に見事にはまってしまった。いや、しまった。と書いたが、むしろ自分でその沼の底を掘り下げたいくらいだ。

エレカシの歴史に寄り添って来なかった私が語ることを許してもらえるならー
宮本は自分が過去に作った曲でさえ、その詞が今の心情にそぐわないと歌えなくなってしまう人だ。
その正直さと一途さゆえに誤った解釈をされたことも多かったに違いない。自ら壁を作ることもあっただろう。
その想いが強すぎるあまり無意識に自身の自由を奪っていたのかもしれない。
雑誌のインタビュー記事にもある通り、そんな宮本にとって観客は時に敵として映っていたのだろう。
いつかの悪態は戸惑いと焦燥の表れだったのかもしれない。
『パラドックスまみれ ハートは破れし』宮本の声なき叫びだったのか。
その感情の爆発は全てが肯定されるものではないだろう。不快に思う人もいるはずだ。でも理解できる部分もある。
きっと今も昔も宮本の本質と音楽への情熱は変わらない。あの頃はその情熱の届け方を必死に模索していたのだ。
だが当時の私はそこに想いが及ばなかった。
目の前にある宮本の不機嫌な顔しか見えていなかった。

でも、それでも音楽は届いていた。
宮本もラジオのインタビューで答えている。
「30周年のベスト盤を出してみて、各方面からの反応があって。みんなの心に曲がちゃんと届いていたのがわかって、、熱いファンだけじゃなくて興味のない人も知っていて、、あ〜俺たちの音楽ってこんなに届いてたのかっていうことを実感できています。」
(※ご承知のこととは思いますけれども、実際はこんな流暢には喋っていません)
そう。届いていたよ。
あの頃彼等の曲を聴いて抱きしめた感動を憶えていたからこそ、またエレカシの音楽に会いたいと思った。そして再会できた。

紅白出場、心からおめでとう。
エレファントカシマシの夢が叶った年に、またあなた達の音楽に触れそこに立ち会えて本当によかった。
そしてかつて敵だと思っていた観客に祝福され「俺たち、幸せです。」と言えたこと、なによりです。

あとは紅白本番で宮本が渾身の歌を歌えること、メンバー全員最高のパフォーマンスができることを願うばかりだ。それが実現した時、本当の意味で夢を叶えたことになるのではないだろうか。
大晦日の夜、私はテレビの前で祈るような気持ちでその姿を見守るのだろう。あー胃がキリキリする。

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