616 件掲載中 月間賞発表 毎月10日

2017年11月27日

京 (49歳)
129
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

良縁祈願

30年目のエレカシとの出会いに思うこと

私がエレカシを初めて聴いたのは1997年、次男を出産した産院の個室の有線だった。「今宵の月のように」が流れていた。

エレカシに関して私はそれまでバンド名だけは辛うじて知っているという状態で、音を聴いたことは全くなかった。

これは現在に至るまでままあることなのだが、長いキャリアで活動を続けているバンドであっても、何故か驚くほど縁がなくその音に出会えないことがある。
もしかすると私は音楽を聴くことへの熱量が薄いのかも知れないし、その頃は音楽雑誌をあまり頻繁に読む機会がなかったことも一因かも知れないが、兎にも角にも私はそれまでエレカシと出会っていなかった。「悲しみの果て」さえ聴いたことがなかった。

では「今宵の月のように」を聴いたその時がまさにエレカシとの衝撃的な出会いになったかと言うと、それがまたそうではない。
いい歌だと聴きいった。希望と諦観とがないまぜになっているように感じる歌詞、それを真っ直ぐ伝える歌声に強く惹きつけられた。
しかし私はそこで彼らに近づくべく動かなかった。
それが何故かを考えることに意味はないだろう。タイミングだとしか言いようがないのだから。

そこから20年の時が経ち、次男は今年成人となった。
それを機にふと思いつきYouTubeで聴いた「今宵の月のように」は、やはり記憶どおりの真っ直ぐな歌だった。
違ったのは私だ。
とても切実にとても激烈に「彼らの音楽をもっと聴いてみたい」と思った。
それをまたタイミングと言ってしまって良いならなら許していただきたい。難しい音楽分析も心理分析も私には出来ないのだから。

そこから聴ける限りの曲を聴き、映像を追った。まるで高熱に魘されながら走り続けるような数日間だった。

エレカシのデビューは30年前。
同年代に生まれて生きてきた私は、もしかしたらその頃の彼らに出会い、リアルタイムで彼らの音楽を聴くことができたかも知れない。
20年前に有線で「今宵の月のように」を聴いた時、アルバムを1枚でも聴いていたなら、それなりに色々なことがあったこれまでの日々を、彼らに寄り添ってもらえたかも知れない。
そんな詮無いことを何度も考えた。
それは彼らの音楽に触れないで生きてきたことがあまりに勿体なかったと言う、どうしようもないジレンマに駆られた故にだ。

しかしそんな嵐のような数日が過ぎ、落ち着きを取り戻した時に思ったことはひとつ。
彼らに出会えてよかった。
それに尽きた。それしかなかった。

出会いが過去であったとしても、もしくは今よりもっと未来であったとしても、彼らはいてくれた、そして彼らはいてくれる。
これだけメディアが溢れる世の中で、少しばかりぼんやりし過ぎたのか運が悪いのか、ここまで時間がかかったけれど、私はエレカシと繋がっていた(と信じたい)細く長い縁の糸を、ようやく手元に手繰り寄せることができた。

30年の重みを理解できるとは思わない。それはどうやったって無理だ。
彼らがこうして華やかな30周年イヤーを迎えるまでに積み重ねてきた長い長い日々に、私は寄り添えて来れなかった。
ただ、新しい曲を、新しいアルバムを作る度、ライブを行う度、彼らはデビューからずっと支えてくれているファンの方々と共に「今ここからエレカシに出会う縁を持った人々」を、いつだって手を広げて待ってくれていたのだろうと信じられる。
心に真っ直ぐ届く、真っ直ぐな歌だけを奏でる彼らだから。

リアルではライフスタイルが大きく変化し、仕事や体調の面で壁にぶち当たることも多く、家族関係の悩みは笑ってしまうほど生々しく深刻さを孕んでいく世代に突入している。
しかしながら私は、エレカシに出会えて、しんどいこともとりあえず全部ひっくるめて抱き込んで、今日を精一杯愛し、明日へ向かって元気に生きようと力を出せている。
こんな素敵な縁をもらえた私は、本当はきっと運がいい人間のはずだ。

エレカシには30周年を思いきり派手に華やかに、出来うる限りのメディアと手段を駆使してあらゆる活動を露出してほしい。
彼らと縁が結ばれているのにまだ出会えていない方々のために。
縁の糸が少しでも早くその手元に巻き取られることを切に願っている。

良縁祈願。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい