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2017年12月6日

あれんすみっしー (22歳)
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心の灯

Halo at 四畳半 ワンマンツアー「ぼくらの設計図の描き方」FINAL 参戦記

12月2日。僕は手袋を忘れてしまった。
これは比喩表現などではない。持って行こうとして、本当にうっかりして忘れてしまったのだ。
冬が本格的に始まろうとしていた。ひんやりと張り詰めた空気の中を、急いでいた僕は、家に引き返すのを諦め、素手で我慢することを選んだ。
パーカーのポッケに両手を突っ込んで、少し猫背になりながら急ぎ足で歩いていると、やがて渋谷のTSUTAYA O-Eastにたどり着いた。そこがその日の目的地だ。
その日の夜、Halo at 四畳半のワンマンツアー「ぼくらの設計図の描き方」のファイナル公演がここで行われた。僕はそれを見に来たのだ。

そこには、寒さとは無縁な空間が広がっていた。

Haloの楽曲の温かみは、CD音源からも十分伝わってくる。でも、ライブに至っては格別だと思った。僕は出不精な人間で、Haloのワンマンに来るのもその日が初めて。「普段からよく聴いているけれどライブで演奏を聴いたがない」という曲も多かった。ただ、そのことも相まって、彼らのライブの熱量を存分に感じることができたと思う。
メンバーの楽曲への、ライブハウスへの、スタッフへの、ファンへの感謝と愛が、ダイレクトに浴びせられる。感動しない訳がなかった。
あの広いライブハウスを埋め尽くす程の観客が集まっていた。そして、僕の周りには、演奏を聴きながら涙をすすったり、目を擦ったりしている人が沢山いた。だから、この感動は僕だけじゃなく、多くの人に伝わったのではないかと思う。

このライブを見て、Halo at 四畳半というバンドがどうしてこれだけの大きな感動を生むことができるのか、何となくわかったような気がする。

Haloの曲をじっくり味わって聴いて見ると、その明るい曲調とは裏腹に、歌詞の内容が結構シビアだということに気づく。

「あらかじめ僕らに与えられたものは
片手で数え切れるほどの希望だけだった
それさえ気付かずに敗れ去った幾つもの
才能が足元で嗚咽を漏らしている」(『リバース・デイ』)

「コントロールを失った機械の間を
掻き分け向こうへと進んでいく
この街の誰も胸に大きな
穴が空いてること 気付かないままで
どうか、もう これ以上 出会わぬように
さよならの意味を知らずにいたい
どうか、もう これ以上 悲しまぬように
この胸に大きな穴を空けて欲しい」(『ペイパームーン』)

「夜行性の人々の群れを
泥だらけの手で掻き分けて呼吸をする 苦しいな
禁断の実 頬張って 楽園を捜してたんだ
追放されたような憶えはないが
恥じらいを知ってしまった
どこか帰るべき場所がさ あるはずだ」(『クレイマンズ・ロア』)

「誰もが皆 呼吸を求め泳いだ
次第に高鳴る鼓動
いずれ誰かが水面に顔を出すだろう
誰かの背に足を乗せて」(水槽)

夢や希望はかき消され、後悔をして、誰もが傷ついては、気づいた頃には心を失ってしまう。そんな世界観を描いた曲が多い。
でも実際、こういう世界観は非常にリアルなものなのではないだろうか。人間生きていれば、何もかもが上手くいくわけではないし、傷つくことだっていっぱいある。そんな一筋縄ではいかない世界で、心が疲れてしまっている人もいっぱいいるだろう。
僕も例外ではない。不器用さ故に上手くできなくて苦しんだことも沢山あるし、「ここには自分の居場所がない」と思うような場所に放り込まれたこともあった。
Haloの楽曲は、そんな現実世界とよく反映していると思う。
彼らはそんな現実の厳しさを無視して、夢想にふけったりはしない。
誰よりも、痛いほど現実を見つめている。

でも、Haloはそんな容赦のない世界にいながらも、本当に大切なものを失くさないように戦っているのだ。

「愛するものが殺されて
願いは遠く叶いやしないとしても
起死回生を願うだろう
僅かでも見える希望
何処までも 飛べるだろう
再会を果たすその日まで
離れた思いの軌道上で
巡った時間の答え合わせをしよう
残された生命を君と歌っている
リバース・デイ」(『リバース・デイ』)

「救世主のいない物語で
なあ 君を救い出せるだろうか
今もこの手はずっと震えている
守り抜けない約束があったな
それでもまだ息は続いている」(『ペイパームーン』)

「クレイマン さあ 始めようか反撃を
選んだ武器と 受け取った心で
暗がりを掻き分け行くんだ
美しい光が 未来永劫 照らすように
聳え立つ後悔の向こう側へ 振り払って行け」(『クレイマンズ・ロア』)

「生きるってことはつまりそう
悲しみの上に立って 笑う様なものだろう
あの少年が笑ったように 生きて見せろよ
たとえ呼吸が出来ずとも
水を裂いて君の元へ行こう
僕らきっと水槽の外へ
君の手をぎゅっと握りしめて」(『水槽』)

彼らの歌は、まるで傷だらけの人たちに手を差し伸べているようだ。擦り傷に包帯を巻いてくれているようだ。明かりを灯してくれているようだ。一緒に立ち上がってくれているようだ。
そして、メンバーが「心を失くした人が心を取り戻して欲しい」と思いながら演奏をしてくれているのも伝わってくる。渡井さん(Vo.&Gt.)の歌詞や熱いMCが、それを何よりも物語っている。Halo at 四畳半というバンドは、そんな熱い想いを、希望に満ち溢れた言葉とメロディーとサウンドで存分に示して来た。だからこそ、多くの人の中にこれほどの説得力と感動が生まれるのではないだろうか。

僕はこの日、初めて笑顔で涙を流した。
このライブを見に来て、本当に良かったと思った。

すっかり夜も更けた渋谷の街は、行きの時の倍くらい寒くなっていた。
僕は背筋を伸ばして駅に向かった。
手袋は要らなかった。

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