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感情は計算の外で

PRIMAL CURVE、4人最後のワンマンライヴに寄せて

それはある一つの終わりであり、同時に、まだ見ぬ第2章の扉絵を飾るにふさわしい一夜だった。
2017年12月8日、大阪RUIDO。シングル「ReleaseMe?」のリリースツアー、「#言葉は死角か視覚化可能か?」のファイナルであり、PRIMAL CURVEの1年5ヶ月ぶりのワンマン公演。そして、Dr. HATA KEISUKEのPRIMAL CURVEとしてのラストライヴでもあった。彼の脱退後のバンドの活動に関しては未だ確定していない。続くとも続かないとも明言していないが故に、昨晩のワンマンは言わば一つの終焉だったわけである。
それを意識させないように、あるいは意識しないように、あくまでもいつも通りでライヴは進んでいったのだが、彼らの言葉の端々や、一つ一つの仕草、表情、セットリストの構成にはこれまでの、前身バンドも含めた7年間の思いが織り込まれているように思われた。2時間という時間の中で、一瞬の空気に、過去に対する餞別のような光が走るたびに、いつにも増して綺麗に重ね合わされた4人の音は深みを増し、鮮やかに色濃くフロアを満たした。

「アンテナ」や「ベクトル」、「タンジェント」といった熱量の高いロックチューンを次々と投下し、彼らが描いてきたロックを結晶化させたようなステージを見せたかと思えば、「Lyla」や「U&I」のようなバラード〜ミドルバラードを並べて、彼らの世界へぐっと引き込み、終盤では「24/7」、「Ray」、「C.O.C.」で最後まで燃え尽きるような、燃やし尽くすような演奏を披露した。この計算されたような構成はあざとくもあるが、同時に全体の流れや、歌われる言葉と込められた想いやメッセージを大事にする彼ららしいとも言えるだろう。最後の曲に「ハローグッバイ」を据えたことで、見事に、決定的に、この日のライヴは完成された。ただし、アンコールは別として。

この日、アンコールで彼らが演奏したのは「泡になって消えても」。最後まで残しておいたのではない。本編ですでに披露しているのだから。アンコールでさえ、フロアからのあの切実な手拍子がなければ、あるいは途中で諦めてしまって鳴り止んでいれば、彼らは再びステージには上がらなかっただろう。
3年近く前のある時、Vo. KASAIは「30分なら30分、どんなに記念の日でも持ち時間で出しきるのがバンドでしょ?」とこぼした。2回目の「泡になって消えても」は彼のその信念がまさしく体現されたアンコールの1曲だった。歌詞を直接書いていないからこそ、その歌詞そのものを大事にしている彼の「もう一度この曲をここで歌いたい」という意思と共に4人で最後に鳴らされた1曲は、完成された本編を超えてエモーショナルに響いていた。
PRIMAL CURVEはどこか冷静沈着で、落ち着いた印象を与えるバンドだ。しかし4人それぞれの持つ顔は達観しているわけでもなければ、何かに対して冷めているわけでもない。“4者4様”の自由で躍動的で鮮烈な音と歌がそれを証明している。この日も、確かに彼らは4人で作り上げる最後の一夜を美しくロジカルに組み立てたが、それは決してすべての終焉を思わせるような、綺麗にまとめられたものではなかった。これまでの自分たちに対する一つのけじめ。異なる道を歩みだすメンバーに対する餞別。区切りとなるライヴには違いなかったが、そこには未来があった。本を閉じるようなライヴではなく、ページをめくるような、あるいは次の章の伏線にもなるような、そういう、途中の終わり。この先もきっとまたこのバンドは進み続けてくれると確信できるような、晴れやかなライヴだった。
誠実かつひたむきに、勝てなくても決して負けないように、時間と音を重ね紡いでいく彼らは、少し立ち止まって、きっとまたすぐに戻ってくるだろう。形も何もまだ決まっていないとは言うが、少なくともそこに湛える光は、いまのPRIMAL CURVEが持つものときっと変わらないはずだ。

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