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毎年叫んだ「今年は何かとはっちゃけたい」に終止符を。

サンボマスターの愛は、私の体に溶けていく。

サンボマスターを初めて聞いたのは電車男の主題歌「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」。
当時わたしは13歳。ドラマの内容も面白かったが、何よりこの歌の歌詞やPVが印象的だったことを覚えている。

しかし、歌を聴いていただけでサンボマスターにどっぷりというほどハマってはいない。

中学3年生の後半、ある些細なこと(その当時では自分が生きていけなくなるほどの大問題)でわたしはうつ病になった。学校がそこまで嫌いではなかったが何もやる気が起きず、学校にも行かなくなった。
無論、高校受験は失敗。
腕には傷を作って、ベッドに寝て上を仰いでは本当に早く死にたいと感じていた。
わたしは病院に連れて行かれ、医者は受験のストレスだと言った。
受験なんてもはやどうでもよかったわたしは、
的外れだなと思いながら適当にはいそうですと言い、親にも嘘をつき、どうとでも理由をつけようとする大人たちを嫌った。
うつは波があるものの大学卒業までわたしを苦しめた。
それから、家から車で1時間半ほどかかる高校に入った。高校生になって、親友と呼べる友達ができた。
その子とカラオケに行くと必ずと言っていいほど「世界をかえさせておくれよ」を歌った。歌詞を交互に歌って、それは私たちにとってド定番と言っていいほど毎回歌い込んだ。
わたしのはっちゃけた時はいつ来るんだろう、と思いながら「今年は何かとはっちゃけたい」と何度も何度も叫び、わたしの人生も「革命を起こしたい」と切願した気持ちで歌っていた。
この時のわたしもサンボマスターの歌を聴いてはいたものの、どっぷりというほどハマってはいない。

大学生になると、私はその親友とは離れ離れになってしまう。私は青森から東京に、親友は大阪に引っ越しをした。
東京に来てからも、他の人とカラオケ行くときは「世界をかえさせておくれよ」を
1人で歌った。
今年は何かとはっちゃけたいと願いを込めながら。
もうそんなはっちゃけるなんてことは私の人生では起こらないんだと心の隅で気付いていながら。

サンボマスターはいつからわたしのヒーローだったんだろう。
これまで、どっぷりというほどハマっていないと思っていた。
私が死にたいと願っていた時、それでもなお夢を諦めきれず向かおうとした時、挫折した時、逃げ出したいほどの壁ができた時。

思い出せば、辛い夜に何かしたいと前を向いた時、頑張ろうと心を決めた時、苦しくても生きたがった時、サンボマスターを聴いていた自分がいた。

大学生になり国家試験を控えていた私は、もう無理だよという時には「できっこないをやらなくちゃ」をよく聴いて自分を奮起させていた。
青森にある実家から東京へ戻る時は、帰りの新幹線で「想い出は夜汽車にのって」を聴いては東京で頑張って生きようとしていた。
東京での一人暮らし、辛い夜もたくさんあった。
けれど、いつもサンボマスターは『あきらめないでどんな時も 君なら出来るんだどんな事も』【できっこないをやらなくちゃ】と私を応援してくれていたのだ。
去年の夏、大学の友人とライジング・サン・ロックフェスティバルに行った。
サンボマスターは絶対見ようと決めていたものの他のアーティストと同じぐらいの気持ちだった。
北海道に行き、初めて生でサンボマスターを見た。最前列をとった私は、初めて見るサンボマスターのライブの熱気に、一瞬で心をつかまされた。
最初から「アンコール」を叫び、笑顔で踊っているお客さんが「ミラクル」を呼んだ。
こんな熱い空間があるのだと思った。
こんな熱い人間がいるのだと思った。
山口さんの優しい言葉に、私は泣いた。
フェスに来てまさか泣くことになろうとは。周りにも泣いている人が多くいた。けれど、その人たちを置いても行かず、ただ笑顔になるのを待って、サンボマスターは私たちに向けて歌を歌い演奏をした。あの瞬間、「愛」が見えた。あの場に意地悪な言葉も、死にたいなんていう気持ちも無かった。ただただ「愛と平和」しか無かった。
こんな奇跡的な景色があるんだと、衝撃だった。全てが輝いて見えた。あの時の人も空気も時間も何もかも。知らない歌があっても踊り続けた。私は完全にサンボハイになっており、膝に出来た真紫色の痣に気付いたのは随分経ってからだった。

私はこの日、正真正銘、サンボマスターにどっぷりとハマった。ここからサンボマスターの知らなかった歌をたくさん聴いた。
2017年、サンボマスターのライブに仕事を休んでせっせと足を運んだ。日比谷野外やフェス、収録現場、仙台・大阪のワンマン。運良くチケットが取れて、サンボマスター運が強い1年となった。
大阪公演の時には、高校の時の親友と一緒に行った。
まさか高校卒業から8年を経て、親友と一緒にサンボマスターに会えて、世界をかえさせておくれよと叫ぶことになるとは思っていなかった。夢のような日だった。
そして、2017年12月3日。
サンボマスター武道館ワンマンライブ。
伝説的な夜だった。
8000人もの人が、一体になった事なんて初めての体験だった。周りにいる人もみんな笑顔で「愛と平和」を叫び、踊って、最高の夜だった。

あの夜から、1週間経った。

そして今。この文章を書いている。
12年前、聴いていた「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」をゆっくりと歌詞を見ながら25歳になった私が聴いた。
12年間聴いて何度も歌詞を見てきたはずだった。だが、今ここで自身の過去を思い出しながら聴いたことで、気付いたことがある。
サンボマスターはこの時からずっと、言っていることが変わらない。もちろんサンボマスターは進化し続けていると思う。
だけれど、私が13歳だった頃から、こんなにも「愛」を叫んでいたのかと改めて驚愕した。

暗い夜でも、朝まで一緒に歌ってくれようとする、一緒に乗り越えようとしてくれる。一歩踏み出した新しい日々を「愛」と呼んでくれる。悲しみは要らないと叫んでくれる。

私は安堵した。適当な事を言う大人に嫌気がさしていた13歳のわたしに伝えたい。こんなにも、真っ直ぐな大人がいる事に。12年前から、サンボマスターは変わらずに、世界に「愛と平和」を叫んでくれていたのだ。

サンボマスターに出会って、私の世界は変わった。前のわたしはいつも死にたがっていて、自分が大嫌いだった。
けれど誰かに厳しいことを言われても、サンボマスターを聴くと私は自分を好きだと言えるようになった。
それは、サンボマスターがこんなクズな自分でも肯定してくれる歌を歌ってくれているから。
サンボマスターが叫ぶ愛は、私の体に溶けて、私に生きる力をくれていた。

2017年、サンボマスターがおこなった全国計33箇所をまわる対バンツアータイトルは 「今年は何かとはっちゃけたい!~2017全国ツアー~」であった。
そのタイトル通り、わたしは「くだらない毎日を変えて、今年は何かとはっちゃけられた!」と言いきれる自分自身に二重丸をあげたい。
やっと、やっと、毎年叫んで来た「今年は何かとはっちゃけたい!」に、終止符を打てるような気がしている。
そして13歳の自分にも、今まで生きてこれた事にハナ丸をあげたい。
生きなければ、こんな気持ちにもなれなかっただろうに。
ありがとうサンボマスター。
ずっと私のヒーローだったあなたたち。
これからもかっこいい大人たちでいてくれるかな。

日に日に、世界の情勢は厳しいものとなって行く。
悲しいことも多くて、打ちのめされて、泣きたくなる夜もある。
でもさ、でもさ。サンボマスターの歌を聞いた人はみんなこう願うと思うんだ。
愛と平和。
世界をかえさせておくれよ、そしたら君と夢が見たい。

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