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Ivy to Fraudulent Gameの圧倒的存在感

音楽を鳴らし続けるということ

Ivy to Fraudulent Game。
アイビーなんとか。
第一印象は、名前が長くて覚えられない、それだけだった。

Ivy to Fraudulent Gameと私の出会いは、2年前に遡る。
2015年夏。当時好きだったバンドのレコ発ツアー。トリを飾るそのバンドのひとつ前が、Ivyの出番だった。
その日のさらに半年前くらいから、バンド好きの友人に「Ivyのボーカル、絶対にあんたのタイプだよ。」と言われていた私は、ミーハーな気持ちだけでIvyのライブを楽しみにしていた。本当のお目当ては最後のバンド。Ivyの持ち時間20分は、その為の休憩ですらあったかもしれない。
だが、私はその時に運命的な出会いを果たした。最初の一音で空気が変わるのを、痛いくらいに肌で感じたことを今でも覚えている。

“かっこいい。”

なんて陳腐な感想だろう。でも、それしかなかった。私の胸は途端に熱くなり、Ivyのステージに夢中になった。心臓に響いて鼓動を早めるようなベースの音と、美しいアルペジオを次々に生み出すギターと、バンド全体を支えながらもギミックに富んだドラム。そして何より、ボーカル寺口氏のライブハウス中を支配してしまうような歌声。あの歌声はなんと表現すればいいのだろう。繊細で粗雑で、冷たくて温かくて、儚くて揺るぎない。どんな言葉でも足りない気がする。とにかく一つだけ言えることは、見る(聴く)者を魅了する唯一無二の歌声だということ。息をのむような低音も、甘美なファルセットも、一音足りとも聴き逃したくないと本気で思った。
その日最後の一曲が「故郷」で、彼らの故郷を歌った穏やかな曲だった。

「もしも始まりが選べたとしたら
この地味な街は選ばなかったろうな
産まれる前から強欲だろうから」

彼らは群馬県出身。私のど真ん中であるback numberと偶然にも同じ出身地だった。back numberにも故郷の歌があるし、私自身もそのルーツを辿るために群馬県に訪れたこともある。だから、どんな場所かはある程度知っていたつもりで、彼らがそう歌うのも頷けた。でも。

「これで良かったんだ
きっときっと…
僕の横で笑う君を見て思う
そっとそっと…」

「これが良かったんだ
そうだそうだ…
僕の前で笑う君を見て思う
そっとそっと…」

この日演奏された曲の中で、明らかに毛色の違う一曲。ベースのリョウタロウ氏も以前、Ivyには無機質な曲が多いがこの曲は感情移入がしやすいと語っていた。
なんと優しい笑顔で歌うのだろう。自分の運命すべてを受け入れて、覚悟を決めて、そしてこの場所にたち、今この時を歌っているということが伝わってきた。ああ、もうだめだ。私はそう感じた。完全にIvyに撃ち抜かれていた。

「故郷」でIvyの持ち時間は終わり、本来のお目当であったはずのバンドの順番がやってきた。そのバンドはIvyの熱量に触発されて、普段よりも熱くいいライブをした。けれど私の心の中はすでに先ほどの余韻でいっぱいで、ライブの全アクトが終わるや否や物販に並び、Ivyの音源を購入した。
時は流れ、2017年夏。
恵比寿リキッドルームにて、Ivyはメジャーデビューを発表した。その日のライブは、私にとって一生忘れられないライブとなった。それまでに小さなライブハウスから東京ドームまで、数々のライブを見てきたが、私の人生史上、ベストアクトといっても過言ではないと感じた。寺口氏は前日から喉に不調をきたしていたようで、開演ギリギリまでライブの中止も検討していたとのちに語っている。

それでも彼らは、演奏することをやめなかった。パンパンのフロアのボルテージが最高潮になった時、4人は現れた。
「!」という曲が演奏される。ゆったりとした美しいイントロと、印象的な歌詞が好きな曲だ。

「苦悩の数の 割には合わない分け前
垂れる雨はやがて石をも穿つのさ
垂れる涙もいつか」

「どんなに憐れでも
その涙は美しい」

寺口氏はもちろんなのだが、彼がこのフレーズを優しい顔で歌っている時の、他のメンバーの表情を見るのが私は好きだ。この恵比寿リキッドルームに辿り着くまでに、本当にたくさんの苦悩があったことと思う。それはバンドとしては当たり前のことで、Ivy to Fraudulent Gameだけが特別だったわけではないだろう。そもそもバンドや音楽に限らず、苦悩のない道などない。けれども、いやだからこそ、このフレーズは多くの人々の経験に当てはまり、彼らの奏でる音とともに胸を打つのだと思う。そして、決してここがゴールではなく、かといって新たなスタートでもなく、一つの通過点でしかないのだということを強く思い知らされる。

2曲目、3曲目とライブが進むにつれて、寺口氏の声はどんどん様子を違えてゆく。ライブ後半、寺口氏の歌声一本で始まる「error」。私の大好きな、彼のファルセット。もう、ほとんど出ていなかった。限界なのではないだろうか。聴いているこちらが涙が出そうになるくらい、苦しい声だった。寺口氏も苦しそうに顔を歪めている。もうやめたっていい、ここまで聞けただけで満足だ。そう思ったが、寺口氏は言った。

「ごめん、今日だけ力を貸してください」

ああ、どうしてこの人たちは。
私は胸がいっぱいになった。衝動的に拳を突き上げた。寺口氏がマイクを会場に向ける。たくさんの拳が上がっている。私と同じようにきっと胸をいっぱいにした観客の、美しいシンガロング。どうしたってこの人たちは、音楽を鳴らすことをやめないのだ。

「あの青に満たされて
これでいいと思った
あの青に乱されて
描けない」

こんなにもエモーショナルな衝動を、私は知らなかった。

Ivy to Fraudulent Gameの楽曲は、すべてドラムの福島氏が作っている。高校を辞め、音楽に逃げたという寺口氏は、そんな自分が曲を書いていないことに悩み、思うように歌えず、バンドを辞めようと考えていた時期があったそうだ。しかしそのことにはメンバー全員が気づいていたようで、「ノブ(寺口氏)がやめるなら、俺もやめるよ。」という福島氏の言葉によって、バンドは繋ぎとめられた。「こんなに才能のある奴を、天才を、やめさせるわけにはいかなかった」と、寺口氏は語っていた。

音楽に逃げてきた。
音楽しかなかった。
やるしかなかった。

だから、ここまできた。
そして、これからも進んでゆく。

Ivyを見ている時にだけこみ上げる衝動の正体は、彼らのそんな気持ちによるものなのかもしれない。音楽に逃げて、音楽しかないから続けてきた、けれども、今はそうではない。いつからかきっと、音楽がやりたいという気持ちが、彼らの真ん中になったのではないだろうか。

その日のIvyは確かに、お世辞にも完璧なステージとは言えなかった。いつも通りには歌えず、観客に力を借り、謝り、感謝し、そして強がり、情けなかった。けれどもその全ての姿こそが、Ivy to Fraudulent Gameの嘘偽りのない姿だったと思う。

「喉を枯らしても 叫んでいくんだよ
あの日と変わらぬ絶望の”望”を」

ラストの「青二才」は、圧巻の一言だった。歌詞の通りに、本当に喉を枯らして歌っていた。最後の最後まで力を振り絞り、出し尽くしていた。

本調子ではない喉でさぞ悔しかったことだろう、寺口氏はリベンジを誓った。だが、リベンジなど必要ないように思えた。鳴り止まない拍手に、そこにいる人たちが私と同じ気持ちでいるということを実感した。

(リベンジは必要ないとは思ったが、そのすぐ次のライブにも行った。初の野外フェス、暗いライブハウスではなく青空の下で音楽をするIvyは新鮮だった。寺口氏の伸びやかな歌声が高い空に吸い込まれていくようで、とても気持ちがよかった。本当はあの日にやるはずだったけれどできなかったという故郷は、嬉しそうな表情に涙が出た。)
先日、ついにメジャーデビューを果たした彼らの最初のライブにも足を運んだ。週の真ん中であるにもかかわらず会場はたくさんの人で溢れかえっていた。

彼らは「変わり映えは求めないでくれ」と言った。けれども、「変わりたくないとこもあるけど、俺達はもっとかっこよくなりたい。」とも言った。

私はそれを、とても誇らしいと思った。メジャーデビューをすることへの不安を私たちに曝け出してくれた彼らは、それだけではなく、その不安に打ち勝つということをも表現してくれたと感じたからだ。メジャーデビューをしたからといって、彼ら以外の誰かが彼らを変えることはないのだろう。けれども、彼ら自身は常に変わり続け、進化を遂げ続け、私たちを魅了し続けてくれるのだろう。
彼らはいつも、「福島由也の音楽を日本のスタンダードにしたい」と言っている。ならば、と私は思っている。いつかその日が来るまでIvyが音楽を鳴らすことをやめないと言うのなら、私も彼らを応援することをやめない。俺たちについてきたことを後悔させないと誓ってくれた彼らになら、私だって誓えるのだ。

そう遠くない未来に、Ivy to Fraudulent Gameの音楽が日本のスタンダードになることを信じて。

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