398 件掲載中 月間賞発表 毎月10日

2017年3月3日

しずく (19歳)

答えは風の中

─ボブ・ディランの言葉から考えるplenty─

ニュースを見ていると連日、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したことが取り上げられている。ノーベル文学賞を、ミュージシャンが受賞することは異例のことらしい。私は名前しか知らないボブ・ディランに興味が湧き、すぐにスマホで調べた。へぇ、こんな人なのか、難しいことが書いてあるなぁと思っていると私の中に残る言葉があった。それは「風に吹かれて」のインタビューだ。
 

『ただ答えは風の中で吹かれているということだ。答えは本にも載ってないし、映画やテレビや討論会を見ても分からない。風の中にあるんだ、しかも風に吹かれちまってる。』

…何のこっちゃ、よくわからん…『答えは風の中』ってどういうことだ?と頭を悩ませていると、あるバンドが思い浮かんだ。大好きで尊敬しているplentyだった。

私がplentyに出会ったのは4年前、16歳の時だった。私は地元の高校に進学したが、それは暗黒期の幕開けだった。何をしても八方塞がりで、毎日毎日見えない何かに押し潰されそうだった。この世で自分は独りなんじゃないかとさえ思った。私は家族にも友人にも恵まれているのに、何故か孤独感は日を追うごとに膨らんでいった。真っ暗闇で光も届かない、海の底に沈んだ様な気分だった。そんなときに私は突然、plentyに出会った。まるで仲間を見付けたようだった。私がずっと探していたのはこの人たちだと思った。plentyの音楽の歌詞は、どの言葉も痛いほど私の心に刺さった。今まで自分の心の中で生まれてはいけないと思っていた感情を、言葉にすることが出来なかった感情を表現してくれたのはplentyだった。綺麗事ではなく、本当の感情がありのまま、そのままのエネルギーで歌われていると思った。私はplentyに出会った日から、狂ったように聴き続けた。
蒼き日々にはじまり、枠、明日から王様、ボクのために歌う吟、少年、からっぽ、劣勢…この辺りの曲は毎日聴いていた。暇さえあればもうずっと。死ぬほど聴いて、死ぬほど泣いた。しばらくすると、私はplentyの音楽を生で聴いてみたいと思った。こんなことを感じたのは人生で初めてだった。

2014年3月23日。
私は初めてplentyのライブに行った。一人で心細かったのを今でも覚えている。人生初ライブだった。
初めてのライブということを抜きにしても、バンドの迫力と江沼の歌声に感動し圧巻したのは事実だ。どんなドラマや映画を見ても泣くことのなかった私が、ライブで号泣してしまうほどであった。息を吸うのも忘れるくらい、動くことが出来なくなるくらいplentyのライブからは神聖と言ったら変かもしれないが、今までに味わったことのない感覚に襲われた。
しかし私は苦しかった。江沼の歌う姿があまりに胸に痛んだからだ。あまりにも儚げで、苦しそうだった。この人、今にも消えてなくなるんじゃないかと思った。そのくらい苦しそうに見えた。私の人生初ライブは、楽しいというよりか苦しかった。けれど私はこのライブで完全にplentyの虜になっていた。plentyの音楽は暗闇の中を共に生きてくれるかけがえのないものとなった。

plentyに変化が起きたのは2014年の夏だった。ドラム中村一太の加入である。中村が以前、活動をしていたバンドThe Cabsでは手数が多いことが特徴的で、あだ名は「爆撃機」だった。plentyと爆撃機こと中村一太…どうなるのだろう、大丈夫なのか?と不安に思っていたが杞憂に終わった。
「空から降る一億の星」というアルバムは、確実にplentyの変化を感じるものだった。それは歌詞にも表れている。

<空から降る一億の星にひとつだけ願いごとをして/僕がいつか星になったときも、君の隣にいられるかな>
 

江沼の書く歌詞のなかに自分以外の「君」が明確に現れたのだ。しかしそれは私に恐怖を与えた。変わってしまうことに対する恐怖だ。どの曲も素晴らしいし、好きだと思えた。一方で、「plentyは昔のような歌はもう歌わないのかな…もう孤独じゃ無くなってしまったのかな。一緒に暗闇の中を歩いてると思っていたのに、いつからこんなに遠くなったのだろう。」と感じた。こんな考えは私の勝手すぎる解釈だ。きっと、自分が何も成長できなかった間にplentyがやり遂げて遠くへ行ってしまったことに甘んじて生まれた気持ちなのだろう。しかしどうしても気が進まず、このアルバムをあまり聴けなかった。
そんなこんなしているうちに、2014年冬ワンマンツアーがやって来た。私はまだこのアルバムを聴き込むことが出来ないままでいた。ちゃんと音楽を受け止めたいのに。こんなに大好きで尊敬しているplentyなのに。何だか後ろめたい気持ちでライブへ向かった。
私は衝撃を受けた。たった8ヶ月でまるで別のバンドになっていた。あんなに苦しそうだった江沼が笑っている。それにつられて新田も笑っている。中村も加入後初のツアーだったが、完全にplentyの一人として機能している。私は嬉しくなった。今にも消えてなくなりそうだった江沼が、こんなにも楽しそうに歌っている。音楽を楽しんでいる。あぁ、よかった。なにかを捻り潰すように、怒りや悲しみが溢れていたplentyがこんな風にライブをするようになった。単純に、笑うことはいいな、楽しいっていいことだと思えた。そんな変化の中で事件が起きた。いや、他のバンドであったら普通のことであろう。このツアーの浜松公演で江沼が客にマイクを向けたのだ。蒼き日々の「ラーララーララー」を一緒に歌おうとしたのだ。今までそんなことがなかったから、驚きすぎて声なんか少しも出なかったが、初めてplentyと心を通わした気がした。前のplentyのライブも凄くよかったが、スリーピースバンドに戻ったplentyのライブはひと味違ってこれもいいなと受け入れられるようになってきた。

2015年、私は大学受験のためライブや音楽から遠ざかった。受験で挫けそうになったときはplentyの初期の曲を聴いてやり過ごしていた。二学期になり、受験も本格化するなかでストレスと不安で私は精神をすり減らしていた。丁度その時に「いのちのかたち」がリリースされた。まさかあの江沼が愛を歌う日が来るだなんて…と思いながら聴いたら、私はまた衝撃を受けた。

<人の心ってなんだ/人の正体はなんだ/孤独ないきものなのか/それだけじゃないはずだ/僕だけ独りのようで、/みんなが独りのようだ/とどのつまりそうなんだ/夜の雨はもうあがった>

江沼はあの頃のことを忘れたのではない。孤独という痛みを知り、抱えることが出来るようになったのだ。そして愛というテーマから「生きる」という人間の根源をより、スケールを増して歌うようになった。今思えば、plentyはいつだって私たちを暗闇の中で照らしてくれた。暗いバンドなんかじゃない。真っ暗な海の中でも船の帰りを待つ灯台のように、いつだって進むべき道を照らしてくれたのはplentyだ。

2016年春、私は無事に大学へ進学した。大学での生活は、自由で楽しくてようやくあの頃の自分から解放されたんだと思えるようになった。そうしたら自然と少しずつ、「空から降る一億の星」も「いのちのかたち」も受け入れられるようになり、私にとって大切な曲たちの仲間入りを果たしていった。
10月、「life」が発売された。
私はまた衝撃を受けた。違うバンドのアルバムを聴いているのかと錯覚するくらいにplentyはサウンド面で変化していた。それでもplentyはplentyだ。江沼は以前と変わらず、芯のあることを歌う。だから私はここまでplentyを信じて付いてこれた。勝手に付いていっただけだが。絶対に江沼はぶれないから、信じられる。しかし変わったところもあった。

<僕の中の/ちいさなあいを/育てるのさ/欲望のまま/君は君で/ちいさなあいを/みつけてみて/ねぇ/ワンルームダンサー>

この言葉を聴いて涙が出た。初めて江沼が私たちに言葉を投げ掛けてくれたように思える。別に言葉がほしくて聴き続けてきた訳ではない。plentyの生きざまに、音楽に惚れ込んだだけだ。けれども、言葉を交わせたようで嬉しかったのも事実だ。
そして私は気づいた。私は今まで、辛いときや苦しいときにすがるような思いでplentyを聴いていた。私の求める答えが、彼らの中にあるんじゃないかと。でもそれは間違っていた。自分の問題は、自分で解いて答えを見つけるしかないのだ。
plentyには本当にたくさんのものを貰った。物事の考え方から、他人と感情を分かりあう難しさ、言葉の怖さ、人と関わることで得られる喜び…本当にたくさんある。今は未だ考えられないが、いつか私がplentyを聴かなくなったとしても、私の根底として残るものばかりだ。かけがえのないものを貰ってしまった。plentyとの出会いに心から感謝している。

ボブ・ディランの言葉『答えは風の中にある』。本当にその通りだと思う。答えは何かに頼って得られるほど簡単ではない。まして一生のうちに見つけられるようなものではないかもしれない。かと思えば、ふっと答えを得ることも出来るかもしれない。命は有限で、誰にでも平等に終わりが来る。懸命に生きて、たたかって得られるものがあるはずだ。自分で感じて、考えて、悩んで手に入れるしかない。

強く吹く風の中に繰り出すのは怖い。
立ち直れないような傷を負うかもしれない。
苦しいことばかりかもしれない。
でも私にはplentyの音楽がある。
一緒に今まで生きてきた。きっとこれからもそうだ。どれだけ辛くても、生きることを辞めないで居られたのはplentyのおかげだ。
plentyはどんどん変化し、進化し続けている。
だからこそ私も前に進める。早くplentyに追い付いてやりたい。
どれだけplentyが先に行っても、私はどこまでも付いていこう。
plentyがこの道の先に居ると思えば、どんな強風だって怖くはない。

さぁ進もう、風をめざして。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
音楽について書きたい、読みたい