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2017年3月6日

諏訪野緑子 (29歳)

覚醒前夜、夜明けを目指して駆け抜ける

「今」を体感するべきバンド、FIVE NEW OLD

平成29年2月23日、私は走った。
 時間には余裕を持たせていたはずなのに、御堂筋線全面運休のせいで予定が大幅に狂った。迂回路を使って新大阪駅まで辿り着かなければならない。14時50分発の新幹線に飛び込むために。
 スーツ姿でヒールをがつがつコンクリートにたたきつけながらビジネス街を走る、鬼気迫る表情の女はさぞかし滑稽だっただろうが、当然私には自らを省みる余裕などない。笑わば笑え。どれだけみっともなくてもいい、とにかく14時50分の新幹線に乗らなければならないのだ。
 必死のダッシュが効いたのか、何とかぎりぎり5分前にホームに到着した。完全に息は切れているし、酸欠気味でまぶたの裏に星が飛んでいるけれど。足も小鹿のように震えている。明日は間違いなく筋肉痛だ。
 新幹線の狭い座席に腰掛け、ようやく一息ついた。同時に、会社に残してきた、ざっと体裁だけを整えて無理やり片づけた仕事が頭をよぎった。明日、2月24日金曜日はプレミアムフライデーである。もっとも業務の立て込む月末に時間制限まで設けられたことにより、地獄絵図が展開されるだろう。今まで体調不良以外の理由で平日に休みを取ったことのない模範的ビジネスマンである私が、その惨状を予想しながら、架空友人の結婚式まででっちあげて半休及び丸一日分の有給休暇をもぎ取ったのにはもちろん理由がある。
 2月23日、渋谷QLUB QUATTROで、FIVE NEW OLDのツアーファイナルが開催される。私はたとえ同僚に恨まれようとも、無様な全力疾走を披露する羽目になろうとも、なんとしてでもそのライブに行きたかったのだ。

 FIVE NEW OLD、というと、それって有名なバンド?どんな曲出していたっけ?とたいていの人が首をかしげる。確かに、彼らは消して売れっ子バンドではない。ゴールデンタイムの音楽番組に出演するわけでも、CMソングに抜擢されているわけでもない。それどころか、ワンマンライブすら行ったことがない。
 書いていてだんだん憂鬱になってきたが、冷静な第三者的視点で意見を述べるとするなら、「まだ海のものとも山のものともつかないバンド」。現段階において、私はそれを認めざるを得ない。だが、そこに一言付け加えさせてもらいたい。「現状は日の目を見ずに活動するにとどまっているが、これから大きく覚醒するバンドである」と。
 そう言えば、私がFIVE NEW OLDと遭遇したのもしんと静まり返った真夜中のことだった。
 べろべろに酔っぱらって千鳥足で帰宅した深夜二時過ぎ、酔い覚ましのコーヒーを飲みながら、照明代わりに大して興味もないテレビをつけていた。
いつの間にか番組は終わり、エンディング曲が流れだした。それまでだらしない姿勢でぼーっとテレビを眺めていた私は、流れてきた音楽にはっと居住まいを正した。ふいに、周囲がふわっと明るくなるような感覚がしたからだ。小さなワイプ画面、スタッフロールの向こう側で歌う、細身の男性のシルエットに吸い寄せられた。
 時間にして10秒足らず、あっさりとその姿は消えてしまった。しかし、そんな短時間であったにもかかわらず、その歌は私の心の深いところをぐっさりと突き刺し、夜の底に張り付けにした。歌詞の中で唯一聞きとることのできた「ghost in my place」というフレーズがひたすらリフレインしていた。
 翌日、二日酔いでガンガン痛む頭を抱えながらインターネットをさまよい、私はようやく昨夜の音の主を見つけた。彼らの名前はFIVE NEW OLD。神戸出身の4人組バンドだった。
 なるほど、確かに神戸っぽい人たちだな、というのが私の第一印象だ。(関西出身者ならわかっていただけると思うが、大阪、京都、神戸の間には明確な線引きがある。神戸と言えば港町、異国情緒漂うスタイリッシュな街なのだ)
 ボーカルの男性がネイティブと遜色ないほど完璧な発音で滑らかに歌い上げる英語詞に、ロマンチックなメロディ。どこか懐かしい、でも今まで触れたことのない新しい香りのする音楽だった。英語が不得手な私には正直歌詞の意味はつかめなかったが、そんなことは気にならないほど耳に触れる音の感触が心地よかった。全体的に甘いムードを漂わせながらもどこかからりと乾いた、不思議な曲だと思った。
 耳から入ってきた音はキラキラとした粒子をこぼしながらすうっと全身を通過し、少し物足りない、さみしい気持ちだけを残して消えてしまうのだ。その感覚が癖になる。大事なものを忘れてきたような心もとない気持ちになって、気づくとまた再生ボタンを押している。中毒性が高い。
 一も二もなくCDを購入した。歌詞カードを片手に改めて聴き直した。
 FIVE NEW OLDの「Ghost in My Place」に、以下のような歌詞がある。

「We used to call it “Love”
Now it’s just a “Blank”
I wish to stay but
There’s ghost in my place」
(前は「愛」と呼んでいたけど
 今はただ「空っぽ」なだけ
 まだここに居られたらと思うけど
 もう俺の居場所には亡霊がいるんだ」

 愛を失った、それに気づいてしまった。悲しいのにもう元には戻れなくて、否応なしに時間は進み、恋人は過去になっていく。
 悲劇を湿っぽくならずに歌い、しかし、歌詞の意味がわからない人間にも音で伝えることのできるバンド。これはすごい、ものすごくいいバンドを見つけてしまった、と一人感動し、その場でライブのチケットを確保した。その時はお気に入りのバンドがひと組増えた、程度にしか考えていなかった。
 しかし、いざライブに足を運んで、私は自分自身の認識が甘かったことを思い知らされることとなった。

「どんなジャンルでも〈ライヴで楽しんでもらいたい〉って気持ちは一緒だと思うし、ライヴは自分たちの武器だと思っているので、そこは突き詰めてやっていきたいです」(Wataru、ギター)(「bounce 399」インタビューより)

「LIVEでしかできない事、音源にはないリアルなLIVEをできたらと思います」(Yoshiaki、ベース)、(平成29年1月10日、Twitterより)

 と、メンバーが語るように、FIVE NEW OLDの真価はライブで発揮されるのだ。
 電子媒体を通して聴く彼らの音楽は、とにかく洗練されていて美しい。レビュー等を見ても「キラキラしている」、「都会的でカッコイイ」といった評価が目立つ。もちろんそれもFIVE NEW OLDの魅力の一つであるのだが、その側面だけをとらえてライブに行くと、大きく裏切られることになる。
 薄暗いライブハウス、その狭いステージの上で、彼らは豹変する。
 その場に立っただけで空気ががらりと変わる。ピリピリした緊張感と圧倒的な存在感で胸が詰まる。ギュッと空気が圧縮され、はじけそうだ。
 そして、ひとたび音が鳴り響くと同時に、一気に爆発する。ソウルフルにかき鳴らされるベース、激しいのにどこか甘く繊細な音を紡ぐギター、びっくりするくらいロマンチックなピアノ、背後ではドラムが心臓の音に似た力強いビートを刻む。
ひときわ存在感を放つのはボーカル/ギター、Hiroshiさんの歌声だ。骨太ではない、特徴のある声質ではない、それなのに演奏に押し負けることがない。柔らかくしなやかで、まっすぐに響く強い声だ。
 それらが混然一体となった音の奔流がフロアへとなだれ込むと、観客はあっという間にその渦に飲み込まれてしまう。自然と体が動き、音に翻弄される。
 ステージの上をところ狭しと駆け回る彼らは輝いていた。それは、スイッチ一つで点灯するイルミネーションの輝きではない。自らの魂、信念、想いを投入して、内部から燃える激しい炎の輝きだ。
 恰好つけた大人の余裕ではなく、がむしゃらに前へと突き進むエネルギーをたたきつけるさまは、さながら野生動物のようで、まったく目がそらせない。激しく動いているのに一瞬一瞬があまりにも切羽詰まって際立つから、静止画と錯覚を起こすことすらあるほどだ。
 ぜひ、一度その目で確かめてほしい。

 平成29年1月11日、FIVE NEW OLDは新しいCDを発売した。「WIDE AWAKE」と銘打たれたそのCDには、4人が思う「夜」をモチーフにした4曲が収録されている。
 切なく繊細なラブソングである「Stay(Want You Mine)」に、SNSへの依存をテーマにした「Hush Hush Hush」、ポップな印象の「P.O.M」、じっくりとした低音に引き込まれる「Burned in The Fire」。いずれ劣らぬ名曲ぞろいで、ぞくぞくした。真っ暗な夜の中でも確かな存在感でもって光を放っている。近づくとドキドキする。同時に堅く凝り固まった心がふわっとやわらいだ。不特定多数の人に向けて発信された曲なのに、私の夜に寄り添ってくれているような幸せな錯覚に陥った。
 まだこんな音楽が生まれるのか。まだ発展途中なのか。ならば、この先には一体何があるのだろう。
 4曲の歌詞に共通して含まれている「WIDE AWAKE」、「覚醒」という言葉が強く頭に焼きついた。
 当然、私は心斎橋に年明け一発目から開催されたライブへと駆けつけ、魂を根こそぎ引き抜かれた。交通費や仕事のことなどあっという間に頭から吹き飛び、FIVE NEW OLDをとにかくもっと見たい、もっと聴きたいという飢餓感に突き動かされてこのたび東京行きを即決した。
 友人にはあきれ顔で言われた。
「いい加減自分の年齢を考えなよ。29だよ。後1年で30歳だよ。キャリア積むにしても結婚に向けて動き出すにしても正念場なのに、バンドを追っかけて東京まで行くって、時間の無駄でしょう」
 まったくもって正論である。
 だが、だがしかし、だ。「今」のFIVE NEW OLDは、この瞬間を逃したら二度と見ることができないのだ。
 FIVE NEW OLDはこれから日本のバンドシーンの中心に躍り出て、ますます飛躍していくだろう。スポットライトの数は増え、より大きな舞台にたてばたつほど彼らの輝きは増し、その音楽は多くの人の心をとらえて離さないはずだ。しかし、当然のことながらそれは「今」のFIVE NEW OLDではない。もちろん本質は変わらないだろうし、今後ブラッシュアップされてより素晴らしいバンドとなっていくのは想像に難くないのだが、「今」、「夜明け前」は一度しか巡ってこない。「WIDE AWAKE」=「覚醒」の時は目前に迫り、その時を今か今かと待ちかまえているのだ。
 こんなときに脇見をしていたら、私は将来絶対に後悔する。たとえ玉の輿に乗って悠々自適の生活を送ることができたとしても、「なぜあの時のライブに行かなかったのか」と悶々とした思いを抱えることになるだろう。
 それならば、「20代最後の1年に素晴らしいライブに立ち会えた」と胸を張るほうがいいではないか。FIVE NEW OLDにはそう言いきれるだけ価値がある、と私は断言する。
 FIVE NEW OLDの夜明け前の目撃者として、“覚醒”の証言者として、私は今日も彼らのライブに足を運ぶ。必要があれば、走る。

 平成29年2月23日、相変わらずの、いや、全国を巡って各段に進化した圧巻のライブの後、アンコールでFIVE NEW OLDのメジャーデビューが発表された。
 まだ、これからだ。
 きっとこの先、楽しいこと、わくわくすること、心の琴線に触れて涙すること、息をのむ景色が待っているはずだ。
 薄暗い夜明け前の空に太陽が顔を出し、闇を押し上げて圧倒的な朝を迎えるFIVE NEW OLDの覚醒の瞬間に立ち会えることを、私はとても幸せだと思う。

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